2.

 男は家に帰ると、謎の缶をローテーブルに置いて胡座をかく。

「さて、どんな味がするのかな?

 期待を込めながら、プルタブを引き上げる。次の瞬間、プシュっと炭酸の抜ける音が発せられる。

「お、俺の好きな炭酸飲料系か。いいねぇ」

 男は笑みを浮かべると、躊躇い《ためら》なく一口含んだ。

「…うまっ」

 そう呟くと、表情を一気に明るくする。弾ける炭酸と共に舌を刺激する程よい甘さと風味。自分好みの味に興奮しながら、二口目に移る。

「うん、美味い。味はコーラっぽいけど、こっちの方がすっきりしてていい…、ん?」

 男は異変を感じ、言葉を詰まらせる。その直後、脳内に一つの光景が浮かび上がってきた。


 最寄り駅のホームに立つ自分。乗車口に並びながらスマホをいじっていると、右肩に誰かがぶつかった。それによりスマホが離れ、地面に落ちてしまった。

 拾い上げると、画面に大きなヒビが入っていることに気づく。それにショックを受けた自分は、遠ざかっていく男の背中を睨み続ける…。


 脳内の映像が終わり、男の意識は現実に引き戻される。

「何だったんだ、今の。デジャヴみたいだったけど、これは違うな」

 男は半笑いで呟くと、さらに一口含んだ。ジュースの美味さで困惑は薄れ、幸福感は濃くなっていくのだった。


 翌日の朝、男は最寄り駅のホームで電車を待っていた。乗車口にある人の列に並びながら、スマホで時間を潰そうとする…、その時だった。

--あれ?今の状況って…。

 男は違和感を覚えると、操作を止めた。そして、顔を右に向けた途端、驚きで目を見開いた。

--あのおっさん、昨日の映像に出てきたやつだ。

 男は唖然としながら、こちらに向かってくるスーツ姿の中年男を見つめる。

--あの映像の通りなら…。

 疑問を抱きながらも、後ろに半歩引いてみる。すると、中年男は彼の前を通り過ぎて行った。

「…」

--昨日の映像はまさか、未来の光景だっていうのか?

 男は、遠ざかっていく中年男の背中を呆然と見つめる。


————————

※修正箇所(2024.9.1)

「俺」→「男」

 一人称視点から、三人称視点に変更しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る