第48話 我の父上

 第二ウェーブとやらを告げられしばらく経ったが、状況はかなり悪い。

 我もアーニーも戦っておるが、他にも多くの者が近くに来ておる。


「……まさかこれほどの数が来るとは。他の冒険者がおらねば店側に進行されておったやもしれぬ」

「はぁ……はぁ。せっかく手に入れたんだ。俺の大事な場所なんだ。ドーグと一緒に、ここにいるんだぁー!」

「アーニー! 突っ込むでない!」


 多くのモンスターを油と電撃網で撃退した第一ウェーブとは比較にならぬ。

 次々にモンスター共がダンジョン側から進行してくる。

 モールでは警報が鳴らされ、冒険者が一斉に地下三階へ降りて来た。

 異世界道具屋レーベルの店員たちも一度はこちらへ来たのだが、直ぐに店へと戻らせ、ナレッジに戦えぬ者は店の中におるよう指示した。

 ハイエルフ族のジュピターやリザードマン、アビネアも戦おうとしていたが、我は店を守るのを優先させた。

 みなアーニーを心配したが、止めてもまるで聞かぬので、我に任せるよう告げておいた。


 第二ウェーブは大型のモンスターが中心である。

 サイクロプス、そしてオーガなど、巨体を売りにするものたちがおる。

 油でひっくり返すにも、他の冒険者が多く来たのでそういった手段は使えぬ。

 サクリファイス能力も同様、他の者が混乱するので使えぬ。

 我の攻撃はどれも殺傷力が高く、うかつに放つとそこいらの奴らまで皆殺しにしてしまう。

 つまり、我はこの状況でどう戦えばよいのか分からぬ。

 だからこそ我は……我は一人を好んでいた。

 アーニー、それにヤザク、アギト、メルミルにドータ―といったアリアドルの旅団も駆けつけておる。

 顔馴染みに攻撃が当たれば殺してしまう。

 そう考えると我は……弱い。

 父上よ、我はやはり一人で生きる方が良かったのではないか。

 この光景が、父との語らいを思い出させる。


 ――――「父上。どうして人は父上を見ると怖がるのですか」

「我々がどれほど力を抑え、彼らと親しく接しようとも、ひとたび力を振るえば大地は震え、天は轟き、多くの生物が死ぬ。人は怖いのだ。我ら魔族に流れる血は、簡単に人を滅ぼし尽くすことが出来る。そして魔が強まれば勇者が召喚され、力を振るわなかった魔王も滅ぼされる」

「どうして何もしていないのに殺されるんですか?」

「宿命。いや運命さだめだ。我々は近くに住む人々に対し、この魔王は悪い魔王では無かったと、そう伝えてもらうのだ。さすればためらいも出来よう」

「でも、父上は立派で強いです。勇者にだって負けません。それに、人々のために道具を作り、力を振るわず統治しています。怖がってはいるけど、付近の人々は協力的ではありませんか」

「違うのだ。俺はお前ほど魔力を抑えきれん。そしてそれは恐怖を生む。恐怖は人を支配する。我々がそのつもりがなくとも勝手にそう思わせてしまうのが力だ。だからこそドーグよ。お前には考えて欲しい。俺の生き方が正しいとは思わん。お前はお前の生き方で生きろ。ここを捨てても構わんからな」

「父上なら勇者にだって勝てるはずです。ずっと父上と一緒にいたいです。母上が亡くなってから、父上はずっと寂しそうで」

「ふっふっふ。勇者がいかに魔王を殺す存在であっても、簡単には殺られぬぞ? 俺は大魔王だ。寂しいなどといったことはない。俺の楽しみはドーグよ、お前の面白い発想と成長を見届けること。そして我々を、怯えながらも頼る者に便利な道具を造ってやることだ……」


 ――父上、我は、我は。

 誰にも怯えられたくない。

 ただ父上のように素晴らしい道具を作り、それを……認めて欲しい。使って欲しい。そう思うだけだ。


「ぐあっ! 数が多すぎるぜ。このデカブツがぁー!」

「ヤザク、下がるんだ。ドーグ殿、どうか援護を!」

「我は……我は……」

「ドーグの旦那、一体どうしちまったんだ! 戦ってくれ! 今こそあんたの力が必要なんだ!」


 ヤザク、アギト。違うのだ。

 我は、力を振るえばここの者をみな……だが、我は動いていた。


「うわあーーーー!」


 遠くでアーニーの声が聞こえた。

 片足をサイクロプスにつかまれ……その声を聞いて我は。

 サイクロプスの片腕をもぎ取り、アーニーを助けていた。


「汚い手で我の従業員に触れるな!」

「グオオオオオオオオ!」

「滅せよ……我が魔道其の四十四、クルエルハデス!」


 我が使用を封印している魔法の一つ。

 死を司る者のような輩が、我の攻撃対象を斬刻みながらちりと化す恐ろしい力。

 我はこれで父の遺体を塵にした。

 ……父の願いによって。

 

 ――我は父上に買い付けを命じられて、父上の下を離れていた。

 父上は勇者の手により殺された。

 勇者を呼び込んだのは、近隣の人々のうちの誰かだったという。

 我が見たときにはもう、父上は助からなかった。

 父は最後に「ドーグよ。世界を恨むな。勇者を避けろ、人を恨むな、いつくしめ。お前はこの俺と違う道を歩め。俺の遺体は残すな。そしてドーグよ、俺も、お前の母も、お前にすまないと思っている。お前の力はきっと、この世界で最大級。放っておいても狙われることになる。だが、お前なら……その力を制御し、魔王として末永く生きることが出来よう。お前を……お前の母とともに、見守っている。愛しておるぞ、ドーグよ」


 そう言い残し、父は帰らぬ者となった。

 我には理解出来なかった。

 なぜ勇者を付近の人々は呼び込んだのか。

 父上は自ら死ぬことになった原因をいつくしめという。

 

 付近に住む人々は、その後父上を殺した勇者を追放した。

 そして我に、父上の墓前に花をと懇願こんがんしてきた。

 父上が遺体をちりにせよと告げたことを話すと、人々は深く頭を下げ「それでも花は添え、偉大なる魔王の墓を建てましょう」

 そう告げた。

 我には理解出来なかった。

 亡くなった者の墓を建てるとどうなるのか。

 花を添えるとどうなるのか。

 父上は既にちりとなり、無くなった。

 恐れていた人々の中には、涙を流しながら父上に何かの祈りを捧げている者もいる。

 我は理解出来なかった。

 腹の中に渦巻く、こやつらのせいで父上が死ぬことになったという考えをぬぐえず……それでも父上の告げたことを守るため、その場から逃げた。

 そんな父上の言いつけを守り暮らしていくうちに、我の魔力に惹かれるモンスター共が増えた。

 我は気付いたら魔王になっていた。

 いつか父上が言っていたことが分かる。

 人々が涙を流し懇願したことも分かる。

 我には足りない何かがある。

 それを探していたのかもしれない。

 

 ――我は……。

「アーニーよ……無事で、よかった」

「ドーグ、ごめんよ……泣いてるのか?」

「む? なんだこれは。勝手に流れてきおる」

「ドーグ……」

「ドーグ殿!」


 我としたことが油断を。派手に背中を切り刻まれたか。

 ……助けに入ったのはヤザクとアギト。

 別のサイクロプスが振るう巨大な剣により、潜血が飛ぶ。

 ヤザクとアギトによりそのサイクロプスは撃退された。

 やれやれ、借りが出来てしまったな。


「ドーグ、血がいっぱいだよ!」

「心配いらぬ。なにせ我は……ドーグさんだからな? ぐわーっはっはっはっは!」

「旦那! そんな血流しながら笑ってる場合か!」

「全くです。心配しましたよ。それにしても見事な攻撃、アールを守ってくれたこと、感謝します」


 ふむ……人、か。


「ああ、でもよ。すげー攻撃だったけど、一匹にしか使えないんじゃこの数は対処しきれねえぜ、ドーグの旦那」

「ええ。我々の力も必要でしょう? しかし一番厄介な……いうなればナイトメア級を倒せました。さぁ前線を押し上げますよ!」


 協力か。

 与えるばかりであった父上のやり方を真似はすまい。

 我は我の造る道具に恐れるがあまり、それらを使用する人々を恐れた。

 ……だが、アーニーやヤザク、アギトのように信じられるものならばどうだ。

 今一度振るってみてもよいのではないか。

 こやつらなら……きっと。


『まもなく第三ウェーブを開始します』

「だ、第三だと!? これで終わりじゃねえのかよ!」

「いけません。全員かなり疲弊している。このままでは」

「ヤザク、アギトよ。アーニーを連れ下がれ。足をつかまれた時に骨折しておる」

「……分かりました。しかしお一人では!」

「我は……魔王ベリドーグ。勇者相手ならともかく、モンスター相手に後れをとったりはせぬ。さぁ行け!」

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