第47話 ダンジョンディフェンス
おかしな騒ぎになっておるので、ルルたちには我が出たら店の鍵を閉めて中におるように告げた。
アーニーも一緒に飛び出てきてしまったので、引き留めようとしたのだが言うことなど聞きはせぬ。
「アーニーよ。危険かもしれぬぞ」
「何言ってんだ。俺だって冒険者だぞ。今はドーグにもらった魔法だってあるから大丈夫」
「あれは初歩魔法でだな……む?」
異世界道具屋レーベルの位置は、ここダンジョンモールという円状の中間部である。
そして、店を出て右手側がダンジョン、左手側に進めば中央塔へ繋がる道となっている。
異変があるのは右手側、ダンジョンへ向かう道。
薄く黒いモヤがそちら側から湧き出ており、人々は逃げ惑っている。
モヤは店の前までは達しておらぬようだ。
「これは魔力の源か? どす黒いな」
「なぁ、これってダンジョンから漏れ出してる?」
「どうであろうな……どうやら奥からはモンスターが迫って来るようである」
「モンスター!? モンスターは門から先に入れないんじゃ」
「見よ……といっても見えぬか。門が開いておる」
我の目には見える。
モンスターの中にいる者。道化の恰好をしたあのスカアハが。
『地下三階の解放おめでとう。説明をしてあげる。地下二階までとは違い、定期的にね……カーニバルが開かれるのさ。門が開きブラックミストが流れると同時に、モンスターが侵入してくるのがこの階層の特徴。放置すれば当然モンスターの住処へ早変わり。倒せば……報酬が手に入るかもね? ふふふ……ダンジョンに入らなければ安全。ダンジョンから戻れば安全。それじゃつまらない。ダンジョンディフェンスを楽しみましょう? ふふふ……」
あやつ、やはり見えておらぬしこちらの音は聞こえておらぬな。
そしてスカハは姿をかき消し追った。
ダンジョンディフェンスなどと申しておったな……一体何のつもりだ。
しかし参ったぞ。
モンスターが次々とダンジョン側から出て来おる。
「あれはバトルライナーだ! 俺の世界にいた狂暴なサイ型モンスターだよ」
「ふむ、イービルアイ、ディアボリックカイザー、エビルプラントにフレイムトータス、レッグホーニードルにデュラハン……なかなかに凶悪なモンスターがおるようだな」
「のんきなこと言ってないでここから離れよう!」
「アーニーよ。我は魔王である。勇者相手ならいざ知らず、相手はたかがモンスターであるぞ」
「でも、数が多いよ」
「数より問題なのは、ここがダンジョンではなくモールということであろう。その辺のものを破壊されでもして外観を損ねたら、我らの店にも響いてしまうかもしれぬであろう?」
「そんなこと言ってる場合かぁ!」
「まぁ見ておれ。あちらはゆっくり進軍しておる。道はそれなりの広さだが、進行方向が分かっており、通り抜けるのに一本道である場合は容易いのだ。下がっていろ……マテリアルオイルエナジゲーター!」
これぞ潤滑油である。
我が道具を生み出すのによく使う単純な魔法であり、大量の潤滑油を床面に放出してやった。
「なにこれ。油!? こんなにどこから……ってマントからだぁー……」
「足元に気を付けるのだぞ、アーニーよ」
まずこれで地上を歩く方は問題ない。
そして次に飛行タイプであるが、こちらは単純である。
「アーニーよ。この網を天井に引っ掛けられるか?」
「えっ? 出来ると思うけど。こっち見るなよ!」
「うむ、早くするのだ」
アーニーは我が素材をまとめて縛っておくために作った網を手に取り、跳躍して天井に引っかける。
三度もジャンプすると、見事な網バリケードが完成である。
「あんなので本当にいいの?」
「あの網は普通の網ではないからな。我の魔力が流しやすいよい網である。それでな、この一本縛り紐の部分を持ち……こう我の魔力を流すとな」
「流すと?」
「正面に一斉に電撃がほとばしるのだ。名付けてワイヤーライトニングガッシュ!」
「うわ、電撃が網の隙間から真正面に。捕縛用じゃないんだ」
ボトボトと最速で近づいて来た飛行型は落下。そしてゆっくりと歩行していたモンスター共は、落ちて来る飛行タイプを薙ぎ払いながら前進を続け……「むう。バレッタもびっくりのひっくり返るである」
「頭ぶつけた。痛そう……また転んだ。あーあもう何もかもぬるぬるだよ。デュラハンなんて頭どこか転がってっちゃったよ? たったこれだけでモンスターを無力化出来るちゃうなんて。ちょっと見てて可哀そう」
「ブオオオオオオオオオオ!」
「うわ、悔しそうに吠えたけどぬるぬるで何も出来てない……なぁ、上に電撃が走ってたら下の油にも電撃が通って危ないんじゃないのか?」
「いや、油は電気を通さぬぞ、アーニーよ」
「それも計算してやってたんだ……俺、全然勉強不足なのかも」
『ブオオオオオオオオオオ!』
「ええいやかましい。しかしスカアハの奴め、一体何を考えておるのだ」
「ダンジョンを楽しめ……そんなこと言ってたよ。あいつにとってはお遊びなんじゃないかな」
「ふむ……そうか。アーニーよ、あながち間違ってはおらぬかもしれぬ。絵娘にしろお主のレイスにしろ、最初から殺すつもりの罠は設置しておらぬ。奴の目的は定かではないが、あくまでダンジョンを自慢したい。そんな奴なのかもしれんな」
そうである。それは我も同じであった。
我の道具を認めてもらいたい。
そのために売り込んだ。
しかし最初は相手にもされず苦労した。
我はそのたび傷付いた。
なぜ良い道具を作っても売れぬのか。
なぜ誰も見てくれさえしないのかを。
そして気付いた。
売るためには実際、その作ったものの効果がいかに素晴らしいか。
それを体験してもらう他ない。
その体験させる方法にはいくつかあるが……「これは少々、強要が過ぎるやり方である」
「うん。だって俺たちを異世界からここへ連れて来たのもあいつなんでしょ?」
「……それはどうかな。我には答えられぬ。そしてアーニーよ。我であればお主だけを一足早く元の世界に戻せるかもしれぬ」
「……えっ?」
アーニーはまだ子供であろう。
親が心配しているかもしれぬしな。
こちらに身寄りもいなければ、レイスさえどうにかして返してやる方がよかろう。
「いや、だ……」
「む? モンスター共が消えたか。時間によるものか、はたまた戦意喪失によるものか……」
「俺は帰らないからな! 一人だけでなんて、帰らないから……」
『第一ウェーブ終了。第二ウェーブが進行します』
……なんだと!? 我が放出した油が消え、網まで無くなっておる!
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