第46話 パフォーマンスは大事である

 アーニーと武具を作り始めて数日。

 ついに我らが地下三階の店舗が完成した。

 そして……「はぁ。もう可愛い。見てこの絵。ほんますごいわぁ……」

「俺、恥ずかしくて顔出せないよ」

「ええやんそのために仮面をベリやんに作ってもろたんやし。それにしてもこのお化け、ほんまアーニーちゃんの後付け回すだけやな」

「そのお化けの絵まで描くなんて……しかもなんでモンスターたちも全部可愛い絵なのさ!」


 地下三階、異世界道具屋レーベル武器屋支店とでもいうべきか。

 店内に入るとまるで草原にでも立ち入ったかのような絵が広がり、そこではモンスターを剣で叩くような仕草をとるアーニーの絵がデカデカと描かれている。

 やられたモンスターはなぜか涙目で逃げていく可愛い仕草をとっておる。

 ……ううむ、屈強な武器を売る店が一変して和むような場所に早変わりである。

 まさかこのような絵を描いてしまうとは思わなんだ。

 ちなみにこの絵を描いたのは赤色娘、サレニアである。

「私、絵描くの得意よー」などといいながらさらさらと書き始め、止まった頃にはこの通りであった。内容を指示したのは誰かなどと言うまい。


 現在のアーニーの恰好は黒色に染め上げた鉄仮面で顔を隠して前掛けを身に着け、耳はぴんと立ち、横にレイスをはべらせる怪しい女獣人店員となっていた。

 腰には商品のうちの一つで今回少々演技で使う予定のレイピアという剣を一本差している。

 これはアーニーがエンハンスした武具であり、属性はなんとエビル……邪と呼ばれる属性である。

 アーニーはどうやら、邪という変わった属性が強いようである。


「アーニーちゃんこっち向いてぇ。はぁ……たまらんわ。もー絶対うちのお嫁にしたる!」

「何言ってんだよ。ルルは女だろ。なぁドーグ。俺の恰好変じゃないか?」

「む? 似合っておるのではないか。しいて言うならお主にはレイピアが少しに合わんな。お主にはそうだな。案外鎌のようなものが似合うかもしれぬな」

「鎌? 鎌ってどうやって使うんだ?」

「ちょっとベリやん。あんまり物騒なもの、アーニーちゃんに持たせんといて。今日は地下三階の初日なんやし、ボチボチやってくれればええからね。イーナちゃんも何か言うてやってよ」

「あはは……ルルさんて本当にアーニーさんが好きなんですね。私、しばらく忙しかったからあんまりアーニーさんと話せてなくて。ごめんなさいね」

「うん、俺も……あの、雇ってくれて、有難う」

「あら。お礼は私じゃなくてドーグさんに。私はドーグさんに人の雇用を頼っちゃってますから。うちの目利きさんは人を見る目も一流ですよ」

「ぐわーっはっはっはっはっは! 当然である。何せ我は……ドーグさんだからな?」


 さて、本日は地下三階のみの開店であり、地下一階、二階は共に休みである。

 そのため地下一階からルルが、地下二階からはイーナがこちらの手助けに来ておる。

 他の者は休みだったり仕入れだったりと別行動である。

 つまりこの店には現在、我とイーナ、ルル、アーニーの四名がおるわけだ。


「ところでアーニーさんってなんという種族なんですか? こっちの世界に同じ種族は見当たらないんですけど」

「それ、うちもすっごく気になってたんよ。聞いても全然分からんと思うけど」


 ふむ、アーニーは確かに珍しい種族である。

 耳の形や尻尾の膨らみ具合、目つき、そして頬にもうっすらとヒゲのようなものも見える。

 背丈が低い、細身の種族であるな。

 

「我も気になるところではあるが……言い辛いのであれば言わなくても構わぬ」

「俺の種族ってさ。俺自身もよく知らないんだ。苗字だって本当の苗字じゃないみたい。番号? で呼ばれる風習があるところから来てるとかなんとか。エーとかビーとかでさ。でも一番近い種族が狐猫きつねこ族っていうんだって」

「狐猫族? なにそれ。名前からして可愛い確定やん……ううん、そんなん聞かなくてもアーニーちゃんは可愛いんやけど」

「我も聞いたことが無い種族であるな。ふうむ、可愛い種族であるか。我の世界でいうなら熊レナガルゴロウ族やホニョペラーンガガ族といったところか」

「なんやその可愛さの欠片もない名前。一体誰が付けたん……」

「うふふ、ドーグさんの世界って本当に面白そうな世界ですよね」


 むう。我の世界においては彼らこそ可愛いの代表格であるというに。

 まぁどちらも狂暴な種族なので人などを食い殺してしまうかもしれぬが。


「悠長に話してる時間無かったわ。ほな店、開けるで! 新装開店、異世界道具屋レーベル。地下三階武具支店のオープンやでー!}


 と、与太話をしておったら、イーナがにっこりした瞬間を見計らってルルが店を開いた。

 イーナとアーニーが慌てる仕草を取るのを見つつ、片目をつぶって笑うルル。

 いかにもルルらしい緊張を与える隙も無いやり方である。。

 そして……「ちょっとぉ! 押さないでよ! この店には絶対レア装備があるんだから! 昨日から並んでるのよ!」

「列を乱すな。こっちも商品数少ないんだろ! 後ろの奴ら来ても無駄だぞ!」

「ここにも美女がおるんじゃあ! わしゃ死んでも拝むぞい!」

「ちょっと爺さんどこ触ってんのよ! このっ、この! って抜かすなぁー!」


 ……大騒動であった。

 どうやら異世界道具屋レーベルは大変な人気店になったようである。

 地下三階は武具売り場であり、商品の金額は全て高めである。

 しかしこれは……ざっと見て百人はおるな。


「はいはいー。押さんといて。昨日から並んでるそっちのお姉さん。はいこれ購入絶対出来る券な。先着十名に限りこの券を渡しますー。様子見に来たお客さんも多い思うけど、順番守らんと何も買えんからな? 券を受け取ったら店長、イーナちゃんのとこに行ってな! 黄色い前掛け付けてる可愛い子のとこやで。今日は新装開店特別イベント! その十名は無料で武器の適性が受けられるんよ。それ以外の人は一回百レギオンで出来るから、良かったら見に来てな?」

「適性検査? 購入絶対出来る券? ええっと? 私は買うかどうかまだ決めてないんだけど」

「買わんなら買わんでもええけど、前もって並んでくれた熱烈なお客さんにサービスせんと、また来たく無くなってまうやろ? せやから購入したいなら絶対買える権利があんねん。最初の十人が誰も何も要らんいうなら他の人が自由に買えるってことやけど」

「ふーん。それで適性検査って?」

「ほらほら、イーナちゃんのとこ行った行った」


 百人以上いる中で誰も騒がずルルの話を聞いておる。

 そして十名が絶対購入券を手にしてイーナの前に立つと、今度はイーナが説明をする。

 手はず通りである。


「はい皆さんよく聞いて下さい。本日は異世界道具屋レーベルへお越しいただき有難うございます。こちらのお店では、我が店が誇る名工、ベリドーグさんによる武具を販売しております。それではまず……その武具をご覧いただく前に適性検査について説明いたしましょう。皆さま、お店の左手奥をご覧下さい。可愛い尻尾のある子が立っている場所です」

「こ、こっち……です」


 ガチガチに緊張しておるアーニー。

 無理もあるまい。人前に出るのは大の苦手である。

 しかしこれは本人の意思でもあるのだ。

 客の反応は良いようだ。

 

「可愛い声……でも仮面付けてて顔が分からない」

「隣に立っているのって何? 少し透明だけど。魔法?」

「例のお供カードの新作じゃないの? いいなぁ……」

「お静かに願います。さ、アーニーさん。かけてある布を」

「もういいの? ……はい」


 適性検査用の武具。

 これらは全てピカピカと光を発する武具である。

 我から言えばなまくらであるが、十分なパフォーマンスとやらになるらしい。

 被せてあった布を外すと、陳列された武具が初めて披露されて、客から声が上がる。


「え? 売り物じゃないのこれ?」

「全部マジックウェポンで間違いないぞ」

「あれで適性検査ってのをするのか?」


 と一気にざわめきが上がる。

 これらは売り物ではない。


「お静かにー! それでは先頭にいた女性の方。ぜひ適性検査を試してみて下さい」

「え? う、うん。やってみようかな。私は中衛で槍使いなの。今日は槍を買いに来たから槍を試してみてもいい?」

「はい。槍をお持ちになり、あの子に向けて離れたところから振って下さい」

『ええーー!?』

「おいおい、離れてるっていっても危ないんじゃないか?」

「何が起こるの?」

「ちょっと押さないでよ、よく見えないじゃない!」


 よく見えない人がおるというのまでルルの計算である。

 店には既に人が入りきらぬほど押しかけておる。

 ルルを見ると、我に向けて片目をつぶり、ニカッと笑っておる。

 少しきょろきょろとしながらアーニーが客に合図を出そうとしていた。


「第一回目のみ、パフォーマンスをやるで! うちの看板娘、アーニーちゃんが持つ武具は魔法武具でな。ロットンアブソープションていう斬撃を吸収してそのまま放出するっていう固有能力? というのがエンハンスされとんねんて。今からお姉さんが撃つ斬撃を見事吸収して放出させたら、拍手やで!」


 とルルが力説しておるが、言われたアーニーはガチガチである。


「どう、ぞ……」

「これだけ離れてれば当たらないし平気かな。いくわよ。えい!」


 ふむ……あの娘は水使いの戦士といったところか。

 しかし槍を振るうにしてもそれはあるまい。

 その振り方は剣である。


「何コレ? これが私の斬撃? 面白……私こんなこと出来ないのに」

「……ロットンアブソープション!」


 アーニーが所持しているレイピアで、剣先を白い斬撃に合わせる。

 そして剣先が大きく開くと、槍から飛び出た白い斬撃を吸収してみせた。

 客から一斉に感嘆の声が上がると、アーニーは少し照れたような仕草をし、それから吸収したレイピアを華麗に振るい、あらかじめアーニーの上部付近に貼られていた魔法紙に向け剣先を振るう。

 すると同一色の白い物体が放出され、魔法紙に当たる。

 天井からひらひらとその魔法紙が落ちて来た。

 練習しただけはある。よくやったぞアーニーよ。

 客からは拍手喝采かっさいである。


「え? え? 一体何が起こったの? 飛んだの何? ていうかあなた大丈夫だった? あの斬撃が私の適性を示すもの?」

「はい、これが適性。槍適性十七って書いてあるよ。次はこっちの剣で試してみて」

「槍適性十七ってそれは高いのかしら? それじゃその短剣でもう一度やればいいのね……あら、これは強化付与型ね……えいっ! っとさっきとは色が違うみたい。青色? この武器の特性なの?」


 ふむ、今度は適性三十二でなかなかである。

 ちなみに数字は百まで表示される簡易物で、写し出された魔法紙は本人が持ち帰ってよい。

 この紙に記された文字色が、斬撃と同様の文字色となる。

 つまり、最初に振るった槍は全く適しておらぬということだ。

 その後振るった短剣は、自ら持つ魔力を補強可能なカタールという短剣であるな。

 本来カタールは格闘武器にも分類されるが、高魔力を付与すると、非力な魔術師にも適した扱いやすく軽い武器となる。

 この娘は魔術寄りの中衛なのであろう。


「やだこれ面白い。全部試したいかも……」

「おっと、今のはパフォーマンス用やからな。アーニーちゃんに弾き返してもらうのはおしまいや。それぞれの検査用武具に用意された紙に向けて一人ずつ撃ってってな」


 この魔法紙自体は大したものではないが、紙代金が一枚十レギオンである。

 武器適性は一種類の検査につき百レギオン。

 そしてここから先は説明時間である。

 まず武器を振るうとそれぞれ色合いのある斬撃が飛ぶ。

 これ自体に殺傷能力は無い。

 色は白、青、黄、虹、紫の順に適性の高さを示され、それぞれが二十刻みで数値化され紙に写し出される。

 金であればすでに一流、いやその上は行く武具適性がある。

 紫はまさにその武具に愛された天賦てんぷの才。

 修練を積めば右に出る者などおらぬほどの実力者となるだろう。

 つまり、数ある武具の中でどれが自分に合うかを探すより、ここで適性を見極めてから購入し修練を積めば無駄がないのだ。


「私、短剣を買うことにします。仲間にも説明して槍は卒業かな。元々中衛から槍で攻撃が出来なくていい武器探しに来たんだもの」


 と、先頭にいた少し眠そうな娘は槍ではなく短剣を所望した。

 商品への案内はイーナとルルの仕事である。

 我はというと、その商品に対する説明役兼、危険な武具をしまっておくためのしまい方や手入れの仕方などを教える場所を設置し、そこで待機しておる。

 先頭の娘が槍を買わなかったので、後ろの客が首を傾げている。

 ふむ。この男は武具を扱う者には見えぬな。


「おいおい、槍一本しか売ってないけど本当にいいのか? へへ、んじゃ俺は残りの商品全部……」

「せやった! お客さん大事なこと告げるからよー聞いて? この店の売り物、基本はお一人一点まで。それに転売すると爆発する魔法が掛かってるから気をつけてな!」

『えっ?』

「うむ。そのように我の魔力を込めて作った。くっくっく。我の武具を使用目的以外で自らの商売に使うなど、死んで当然であるからな? 覚悟して買うがよい。なに、転売などせねばよいだけの話である」


 これを聞いて先頭の次にいた客は帰った。

 不届きものめ。あえて告げたルルの優しさに感謝するがよい。

 まぁ今回の武具は大したものではないので、そのような魔力は込めておらぬのだが。

 結局この後閉店まで延々と適性検査による長蛇の列。

 この検査だけで武具数本分の利益が上がったやもしれぬ。

 そして魔法紙は十分足りるほど用意したのだが、全て無くなってしまった。


「あー、疲れた。働くのって大変だ……でも、楽しかった」

「アーニーちゃんよう頑張ったな。お客さんメロメロやったやん。地下三階の看板娘として、もうばっちりやね」

「うんうん。うちの店員さんはキレイな人が多いって評判みたいですからね。でも警備は増やさないと。人気店は変なお客さんも増えるっていいますし」

「その辺はマークさんと話し合いやね……さ、売り上げ売り上げ」


 さて、肝心の売り上げであるが……「すごい。分かっとったけど、今日の売り上げ三十二万レギオン越えとるわ……」

「三……ええ?」

「当然であろう。武具類は素材代金も掛かるからな」

「一度にこれだけ稼げれば、しばらくは大丈夫そうですね。お金の心配がないのはいいことですけど、商品の仕入れがおっつかないです」


 イーナの言うことは最もである。

 どの階層も商品の売れ行きは良いが、閉まっておる日が多い。

 もっと手軽に買える商品も作らねばならぬが、うーむ。

 そこで手を挙げたのはルルである。


「あんな、ここ異世界道具屋やろ? せやからうちの世界のものも作って売ってもええんかなて思って。でもな、うちの世界のものって魔法とか無いんよ。せやからパッとしたもの作られへんかなーって思うて」

「ルルよ。お主の世界には実に興味がある。発想次第では手軽に作れて売りに出せる目玉商品があるやもしれぬぞ。より多くの異世界道具を我々は手掛けて……む?」


 と話していたら外が騒がしい。

 一体何であるか? 


『ダンジョン側から変な奴が!』


 む、ダンジョンに変な奴だと!? 

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