第42話 地下三階層は改修が必要である

 オークションとやらの説明を聞き終わり、早く行くぞと催促するジュピターの後を追い、我の店にたどり着いた。

 着いたのだが……「ここがそうらしいですけど、これはどうなんでしょうね……」

「一言でいうなればぼろい。地下一階層と二階層のように整備されておらぬということは、ダンジョンと一体化される前も空き店舗であったのだな。我もマーク殿も多忙により、あまり話は出来ておらなんだが、これならば契約料金などは安いのであろう」

「そうですね。外観から作り直しが必要そうですが、そのための資金は?」

「うむ、資金繰りに関しては今のところこちらへ回す余裕はなかろう。お主らには後々話すつもりであったが……」


 これまでの稼ぎやルルの発案による予約の件について説明すると、ジュピターの眉間には深いシワが走る。

 

「あまり関心出来ない商売ですわね。見えないものにお金を払うなんて」

「ジュピターよ、それは違うぞ。そもそもカネとは見えないものであろう?」

「え? お金は見えるものじゃありませんの?」

「違うぞ。カネとはただの引換券。つまりルルの発案したものと同等である」

「引換券ですか? お金が? そう考えたことはありませんでした」

「住みたい場所、食べたいもの、そして我の道具が欲しいから、それらを交換するために引換券が必要なのだ。そしてカネという引換券があるからこそ、お主らを雇い入れ、そしてお主らもまた欲しいものを買うのであろう。この流れはどの世界でも共通するものだと我は考えている。それが例え、魔王同士の取引であってもだ」

「エルフにもお金は必要です。ですがお金をまた別のものに変えてそれと商品を交換するなんて……わたくしには怖いです」

「そう考える者もおるだろうな。しかしここはダンジョンモール。モールという様々な店が並び立つ場所であるがゆえ、信頼というのが成り立っておるのだろう……と、店の前で話し込んでおる場合ではないな」

「わたくしとしたことがつい。いいえ、少しあなたを恐れていたのですけれど。幾分か払しょくされました」


 ううむ、というよりもジュピターよ。お主はめっぽう話好きなエルフであろうに。


「そうか。しかし中にアーニーとルルがおるはずだが静かであるな。む、扉の建付けが悪い。ええい、開かぬか!」


 勢いよく開けると目の前にはうっすら半透明な零体が浮いておる。

 思わず悲鳴を上げるジュピター。

 しかし我は見慣れておる。

 こやつはアーニーのレイスである。


「なんだよ、ドーグはちっとも驚かないじゃんか」

もくちゃんだけめっちゃびっくりしとったけどな。そんないたずらをしようとするアーニーちゃんもまた可愛いらしい……」


 ルルが言うところの木ちゃんとはジュピターのことである。

 なんでもルルの世界ではジュピターのことを木星という場所を示す言葉であるらしい。

 そしてエルフとは森林、木と深く結びつく種族である。

 本人もそう説明を聞いてから、そのように呼ばれることを嬉しく思っておるようだ。 

 呼称の付け方一つみても、ルルはそういった才覚に恵まれておる。


「アーニーよ、少し目鼻立ちがはっきりして元気そうであるな」


 我の目にもアーニーは元気になったように思える。

 初めて会ったときは我の背後を取り噛みつきそうであったアーニーも、ルルの手にかかり完全に女衣装の獣人である。

 しかしジュピターがいるのに気付いてさっと奥の方へ行ってしまった。


「ドーグだけじゃないのか。俺、あっちの部屋にいるから」

「アーニーちゃんちょっと待ったってぇ! ……木ちゃんとなんかあったん?」

「わたくし、嫌われているようですわね……」

「ジュピターよ、それは違う。アーニーはな、照れ隠しという個性をもっておるのだ。あれはただ照れておるだけである」

「そう、ですか……そうだわルルさん。提案されたお風呂の件は問題なさそうです。それと明日から売り出すものを本格的に準備するため忙しくなると、こちらはイーナさんからの言伝です」

「そうやな。いつまでも遊んでたらお金無くなってまうし。なぁベリやん。うちちょっとだけ心細いわ。ほんま女子だけで大丈夫やと思う?」

「地下三階層から地下一階層まで通ずる階段を設立予定なのだ。それが完成するまでの辛抱である。しばらくはヤザクたちが店に顔を出すであろう。我としては地下二階層の方が心配であるがな」


 なにせ地下二階層は直ぐ近くが闘技を行う場である。

 荒くれものも多かろうて。

 ナレッジが上手く対処してくれるとよいが。


「困ったことあったら相談に行くかもしれへんけど、頑張ってみるわ。はぁ……アーニーちゃん欲しい……」

「俺は絶対行かないからな! ここでそいつの手伝いするんだ!」

「なんでやのぉ、うちの手伝いしてぇな。ベリやんより可愛がってあげるからぁ……」


 ううむ、ルルはアーニーにべったりである。

 よほど獣人種族が気に入ったようであるな。

 

「さて、わたくしそろそろ地下二階へ戻ります。わたくしの担当はしばらく、ルピチッタさんと靴売りになると思いますが、わたくしも相談に来るかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「ふむ、エルフが魔族にお願いをするか。やはりジュピターよ、お主は変わっておるな」

「わたくしは自身の能力をわきまえていますから。それでは」


 くるりと背を向け振り返らずに出ていくジュピター。

 雇われたこと自体に不満は無いようだが、まだまだ慣れてはおらぬな。


「行ってもうた。木ちゃん、なんや元気無いな?」

「あの娘はあの娘で複雑な事情があるようだな」

「ふーん……そうなんや。なぁアーニーちゃん、もう一撫でだけでもさせてぇー!」

「いやだーー!」


 ううむ……これは確かにアーニーとルルは離しておいた方がよいな。

 扉の前で膝から崩れ落ち、泣いてるフリをしているルルもいい加減諦めたようである。

 我に口をぷくっと膨らませながらも、渋々諦めてアーニーに聞こえるよう別れの挨拶をし出て行った。

 さて、随分と後回しになってしまったが、今後の話をアーニーとせねばな。


「アーニーよ、我と話をしよう。今後のことについてだ」

「……もうルルは帰った?」


 ゆっくりとしめていた扉を開くと、獣人特有の耳がピョコピョコと動いておる。


「ああ。残念そうにしながら帰ったぞ。別に撫でさせるくらい構わぬであろうに」

「俺は人形じゃないんだ。あいつ、俺を抱きかかえて放さないんだぞ」

「よほど気に入られたのではないか? さてアーニーよ。改めてお主に問うぞ。お主を助けるためとはいえ、レイスがお主のそばから離れず消せぬ以上、我はお主に何かが起こらぬよう見守らねばならぬ。しばらく共に暮らすことになるが、構わぬか?」

「別に俺は一緒に暮らしたいわけじゃないけど。仕方ないからそうするってだけだ。でもさ……本当にこれ、消せるのか?」

「分からぬ。我もこのような状態は初めてである。商売をしながら消す方法を探らねばならぬが、我は今忙しい。引換券用の魔道の小瓶を大量製作し、魔法付与のない格闘武器や剣などを量産する必要がある。まずはここまでを一気に行う予定だが、我は今まで助手役を全てスケルトンなどに頼っておった」

「スケルトンってあのでかいやつか」

「いや、あれよりはもっと器用な種であるな。それに必要となる素材などもサクリファイス能力で取りに行かせることがほとんどであった。しかしこれを改める必要があると認識した」

「……それってこのレイスのせいか?」

「左様。この世界はあくまで我の知らない異世界である。このような不足事態が起こるならば、必要な時以外は使用を避けるべきであろう。それにアーニーには特筆すべき才能がある。我より優れた魔力探知を持つ者を見たのは生まれて初めてである。お主の協力が我には必要不可欠だ」


 む、急にそっぽを向いてしまった。

 あまり協力したくはないのか。


「……別にいいけど。俺だって異世界の者だぞ。信用なんて出来ない、だろ」

「うむ? 我は異世界の魔王であるが、お主の異世界にも興味がある。そうであるな……互いに信用を得るためにも、我の異世界とお主の異世界について話し合うのはどうであろう?」

「ドーグの世界と俺の世界? そうだ! このもらった道具。これ、多分俺の世界の道具だよ。ゲンドールっていう世界だったんだけど」

「ほう、ゲンドールとな。今日はゆっくり話し合おうではないか」

「うん、分かった。それじゃまずはさ……」


 少し嬉しそうな表情となったな。

 アーニーは我にはなついておるようである。

 このような顔はルルたちに見せておらぬ。

 よい顔をするようになったではないか……と感心しておったらあっという間にそっぽを向きおった。

 ううむ、やはりまだまだであるな……。

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