第41話 地下三階層の店へ

 ジュピターはこちらに気付くとカツカツと音を立てながら我に近づいてくる。

 きりっとした目つきに鋭く尖ったような短めのツンとした耳。

 エルフの特徴は耳長と大きく異なる。

 さらにハイエルフの特徴は、この小さめの尖った耳である。

 品性があり、エルフの中でも貴族位置にあるものがこのような小さい尖った耳であると、我は認識している。

 そしてこの世界でもそれは同一のようである。

 しかしジュピターにはそのハイエルフらしさが欠けておるように思えてならぬ。


「ルピチッタさん。皆さんすでに集まっていますから早くお入りになって下さい」

「ん? おいらなんも聞いてないよ?」

「あら? バレッタさんへ本日早い時間に地下二階へ集まる旨をナレッジさんが伝えたと……まぁ、バレッタさん大丈夫ですか!? あなた、バレッタさんに一体何をしたんですか」

「その姉ちゃんは気絶してんのが標準なんじゃねーかな」

「そうなのですか? しっかりしてそうですのに意外ですわね」

「ジュピターよ。バレッタはこのような個性はおるが、しっかりしておるのだぞ。奥で休ませてやってもらえるか」

「なぜわたくしが……でも放ってもおけません。分かりましたわ、もう」


 我からバレッタを預かるジュピターは、ブツブツと文句を言いながらもバレッタを心配しておるようである。

 やはり女子というのは男と違い、言葉とは裏をいく生物である。

 男であるなら完全に無視をする者か、何も言わず手助けをしてくれる者かであるが、女子は仲間内に優しいものである。

 さて……改めて地下二階で働くものを思い浮かべると……ナレッジというモール側派遣員、ハイエルフのジュピター、そしてラールフット族のルピなんちゃら、そしてイーナである。

 バレッタは地下一階担当であるので、今日は我らを案内したら地下一階へ向かう予定であった。

 そのバレッタを地下二階の店へ預けたジュピターが、再びこちらへ戻って来る。

 少々ご立腹のようだが……その様子を見てルピなんちゃらがぼそりと「なんかあいつ母ちゃんみたいだな」とこぼしたせいで、耳に届いたジュピターは恐ろしいほどの魔力を放出し始めおった! 

 やはりこの娘、なかなかな魔力量である。 


「誰が母ちゃんですって……わたくしはまだ二十二よ! 私は……私はそんなに老けているとでも!」

「エルフで二十二つったら子供……やべ、なんか地雷踏んだ! 助けてくれ!」


 自業自得であるが、本当に魔法をぶっ放しそうなので助け船を出さねばならぬか。

 ううむ……こんな時ルルならなんと言うか。


「落ち着くのだジュピターよ。それは誉め言葉である。まるでルピなんちゃらの母君のように優しい。そして頼りがいのあるという意味である」

「……そうやってごまかそうとしても無駄です」

「ご、ごまかしてねーって。本当だよ本当! 俺の母ちゃんすっげー美人でさ。それでつい思わずこぼれちゃったんだって」


 しかし怒りは鎮めきれぬ。

 美人だのと言った台詞はきっとジュピターにとっては聞き飽きた言葉であろう。

 それほど端正な顔立ち、傷一つない白く透き通る肌をしておる。

 ルルいわく「モデルさん? なんやのその足!」とほめちぎりながら嫉妬しておるほどである。

 通りを歩けばそれは目立ち、男共をくぎ付けにする。

 絵娘とは違う男の惹きつけ方が出来る娘であるのだが、絵娘はサキュバスに近いような気がしてならぬ。

 ジュピターはその真逆である。

 そんなジュピターの背後からちょうどよいタイミングでナレッジが来ていた。

 よし……「ナレッジよ、後は任せたぞ。ルピなんちゃらと上手くやるのだ。我は先行して地下三階に向かったアーニーが待っておるのでな。さらばだ。ぐわーっはっはっはっはっは!」

「……ええと?」


 よし、今である。

 地下三階へは中央塔へ向かえばよいのであろう。

 一度戻って……うむ。まだファイティングモールストリートは賑やかであるな。

 ここは一気に突っ切るぞ! 


「絶滅・魔動拳! っておおいあんた、またそこ通るのかーー!」

「ぬ?」


 ……ぬおお、なんであるか!? 我が走って突っ切ろうとしたら我の三倍ほど大きな魔弾が飛んでくるではないか! 

 ええい、仕方あるまい。


「我が魔道其の九。全てを飲み込む闇の手。引きずり込め! アキュレートレクイエムハンズ!」


 地面から魔の手を伸ばし対象を正確に引きずり込み無力化する魔法である。

 無数に出て来る魔の手により、大型の魔弾を魔の手中心に円を描くように広がる魔の塊へ引きずり込んでやったわ。

 

「……なんてすごい技だ。俺の技を無効化するとは」

『これは驚きです! 本日二度目の通行人に観客が湧いたのもつかの間。なんと最初の通行人と同一人物でした! そしてロン選手の必殺技をいとも容易く切り抜けたー! これはもう、エントリーするしかありませんよ、通行人さん!』

「いや我は急ぐのでな。さらばである! ぐわーっはっはっはっはっは!」

『走り去っちゃいましたね。ロン選手、ぼう然としてないで試合続行して下さいーー!』


 やれやれ、ここを通るたびに巻き込まれるのはご免である。

 何か違う方法で店まで行く手段を持てぬかマーク殿に相談するとしよう。

 さて……中央ホールまで戻ってきたのはよいが、どこから降りればよいのだ? 

 我はいまいちこの建物の構造を把握しておらぬ。

 どれ、一つスケルトンでも出して調べさせる……「あれ、ドーグ殿ではないですか」

「む? アギト殿か。このような場所で会うとは。ちょうど良いところであった。バレッタが気絶してしまってな。我を地下三階へ案内してはもらえぬだろうか?」

「構いませんが後ろにいるエルフの方もご一緒に?」

「……むう?」

「ぜぇ、ぜぇ……ちょっと待ちなさいと何度も言っているのにどうして止まらないのですか」

「ジュピターか。なぜついてきたのだ?」

「ジュピターさんと仰るのですか。お知り合いで?」

「うむ、我が店の新たな店員である。先日雇用したてのホヤホヤ、ハイエルフ族であるぞ」

「ふう、ふう……少々体がなまってますわね。こほん。ナレッジさんから言伝ことづてがあるんです」

「ジュピターよ。我は忙しいのだ。歩きながらで構わぬな?」

「ちょ、ちょっと……」


 時間が惜しいのである。

 早く地下三階へ向かい、武器を並べ必要な道具を作り……いや待て、まずは部屋の配置確認からであるな。

 それにアーニーに何を手伝わせるかも考えねばならん。

 

「もう! 分かりました行きますから。もう少しゆっくり歩いて下さい」

「はっはっは。どうやらエルフのお嬢さんはドーグ殿に振り回されているようですね」

「全くです。ところであなたも……魔族ですのね」

「これは申し遅れました。私はアリアドルの旅団、団長のアギトと申します」

「あら、あなたがそうだったのですか。地下二階層を踏破した有名な方ですね。解放して頂いたことに感謝を述べます」


 エルフなりの敬意を表す挨拶か。

 ……む。こっちを見るでないアギトよ。

 我が階層踏破主であることは、モール側の人間とアギトたち以外は知らぬ事実である。

 ナレッジたちにくれぐれも口外せぬようくぎを刺しておかねばな。


「……ははは。それにしてもハイエルフ族とは珍しいですね」

「ハイエルフとエルフの違いなんて……」

「失礼。あなたが店員ということは何かこのモールに思い入れが?」

「別に。それに本当はもう、ここから離れようと思っていたのですけれど。どうせ見つからないものね……」


 ふうむ、アギトは歩きながらでも巧みに相手から話を聞きだすな。

 元来エルフというのは他種族と関わりを持つのが嫌いである。

 特にハイエルフはその兆候が強いのだが。

 まぁ我は口出しすまい。

 先導するアギトについていくだけである。

 これ以上の面倒ごとはご免なのだ。


「探し物あるいは探し人ですか。それでしたらドーグ殿を頼ればいい」


 ……おいアギトよ! なぜ我に話を振ったのだ! 

 今、我はただお主の後をついていくだけの背後霊のようなものであったのに! 


「あなたが? 探し物を? ただの魔族ではないと思っていましたが、あの押しの強さ……そうだったんですのね。あなた、探偵をやっていたんですのね!」

「……探偵? であるか? 我が?」

「以前そう名乗る人族にしつこくされたことがありますから。そのときと似た雰囲気がありましたわ!」


 ……エルフというのはやはり珍妙な生物である。

 話がおかしな方向に逸れておるのを知ってか、アギトめ。

 笑いを必死にこらえておるではないか! 


「くっ……そうですね。ドーグ殿ならそういったことも出来るでしょう。それにしてもエルフ賊とこうやって会話出来たのは久しぶりです。またお話に伺ってもよろしいですか?」

「お店のお客人として来て頂ければ構いません。売上、必要ですから」

「担当は地下二階でしょうか? 必ず伺いましょう。ドーグ殿。この先を下ったところが地下三階です。まだ一般人の往来は禁止されていますから私は下には降りられません。そちらにも必ず顔を出しますよ。ここからはどうぞお二人で進んで下さい」

「はっ!? わたくし、ナレッジさんの言葉を伝えたら直ぐ戻ろうと思っていましたのに」

「ふふふ。そちらへは私が言伝を。ではお二人とも、また会いましょう」


 我もその話をいつするのかと待っておったのだがな。

 ジュピターにアギトか。面白い組み合わせである。

 なればこのままジュピターと地下三階を見ておくとするか。


「それでジュピターよ。ナレッジ殿の言伝とは?」

「武器を作るにあたり、あなたが製作可能な格闘用武器の一覧が欲しいとのことです。それからモール側に地下一階から三階までの渡り階段を設置出来ないかマークさんに交渉してもよいか? と」

「うむ、どちらも了承した。特に後者は我も考えておったところだ」

「それともう一つ。こちらはルルさんから要望があったそうです。お風呂入りたいー! と。お風呂というのは湯あみ場のことだそうで、ナレッジさんが悩んでいました」

「ふうむ……水浴びを湯で行う場所であるか。それならどこでも出来るであろう?」

「出来るわけないでしょう。あなたはわたくしたち女性をなんだと思っているのですか!」

「う、うむ。どこでもは出来ぬな、すまなかった。ではそちらは……バレッタに一任すると伝えてくれ」

「まさかバレッタさんに丸投げするおつもり?」

「丸投げではないぞ。必要な道具は我が作る。それでよかろう?」

「はい、確かにそのようにお伝えします。ふう、これでわたくしが気にしていたことも解決……いえなんでもありませんわ。それで……」

 

 ふうむこやつは話始めると止まらないエルフであるな。

 まぁ話を聞きながら地下三階を観察しておるのだが。

 地下二階ダンジョン攻略と共にこの場所が解放されたようだが……これは時を凍結させるような魔法の類かもしれぬ。

 この地下三階が封じられてどの程度時が経過したのかは分からぬが、単純に魔力による封印ならば、まだ解けたばかりであればその魔力の痕跡……断片が多少なりとも感じ取れるはずである。

 しかしここにはそれが無い。

 やはり只者の仕業ではあるまい。


「お話聞いてますの? 壁に手を当てて一体何を?」

「ジュピターよ。お主、魔力探知は出来るか?」

「ええ、まぁ。あまり得意な方ではありませんけれど」

「この場所、キレイ過ぎるとは思わぬか。封印が解けたばかりだというに」

「……確かに。魔力封印されていたわけではないのでしょうか?」

「うむ。これは違うな。そもそも魔力封印であるならこの場所に残された者共は強い魔の影響を受けることになる。ジュピターよ。お主もここに取り残されていたのであろう?」

「ええ。わたくしは……いえ、なんでもありません」


 そういえば我は採用こそしたが、ジュピターやルピなんちゃらたちのことは詳しく知らんな。

 いずれは話を聞いてみる必要があるが今は避けておこう。


「この場所の魔力痕跡より、アーニーさんはどこに? お伝えしておきたいことがあるのですが」

「アーニーは先に地下三階へ行くと言ってな。レイスと、それからルルも心配だからついていくと言って先に向かったのだ」

「あら、ルルさんもそちらに。それでしたらわたくしもお店へ顔を出します」


 ふむ。位置は中央塔地下三階を出て同じあたりであろうが……ここ地下三階も地下一階と少々異なる造りである。

 地下二階にあったファイティングモールストリートとはまた異なる、面白い形をしておる。


「ここは何かを行う場所のようですわね。この感じ……丸形のカウンター内に人を配置して何かをする? でも冒険者ギルドとは違うみたいです。何かしらね」

「おや? あんたらはお店の関係者さん?」


 ふむ、近くに少々小太りの人族がおるな。


「ここは地下二階と同様に何か催し物もよおしものをやっておるのか?」

「ああ。ここはオークションが可能な場所さ。珍しい武具なんかが出たときに、このカウンター内でその武器を掲げ、カウンター越しにセリが始まるんだよ……でもそれは、ここがちゃんと開いていたころの話だ。オークション開始はずっと先になるだろうな」


 ほう、セリであるか。

 それは興味深い。我が造り上げた武具を……いやいや待つのだベリドーグよ。

 我の傑作品は危険である。

 危険であるが……実にそそられるではないか。


「ほら、ぼーっとしてないでお店に行きますわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る