第33話 アギトこそ……我の知る勇者であろう

「いや全く驚いた。生きた心地がしなかったぜ……」


 そうぼやくのは、リッチーとクピピロイドに連れて来られたヤザクである。

 そのすぐそばで剣を確かめるアギトもおる。

 二人はダンジョン内部中央付近におった。

 現在地は北西方面のようで、二人とは随分と引き離された位置であった。

 しかしエンシェントリッチーに掛かればこの階層のモンスター共など全く相手にはならぬ。

 クピピロイドの魔力紐をリッチーから預かり、こやつのお役目はこれで終了である。


「よし、よくやったぞクピピロイドよ。また会おう。滅してよいぞ」

「クピィー」

「本当不思議な能力だな、それ。ドーグの旦那ってのは生物そのものを作っちまうのかい?」


 そんなヤザクの言葉に笑みをこぼすリッチー。


「実に人の子らしい考えよのう。生物とは何か、その根源を理解しておらぬ」

「見下すような発言は控えるのだリッチーよ。お主も役目大儀であった。滅してよい」

「ふむ。我は滅しているわけではないのだがな……対価はいつも通りに頂いておくぞ」


 ふう。こやつとの対話は骨が折れる。

 まぁ奴自身は骨のような存在であるのだが。


 リッチーも去り、少々険しい顔をしているのはアギト。

 念入りに武器の手入れをしておるのをみると、こやつの繊細せんさいな性格がうかがえる。 


「アールの様子はいかがですか、ドーグ殿」

「意識が戻らぬ。今閉じた瞳を確認したのだが、エンシェントスペルが解除されておらぬのだ……やられたわ。アーニーを使って一体何をさせるつもりだったのか」

「……アーニー?」

「ああ、アールの呼び名である。アールと呼ぶと怒るのでな」

「ふふっ。どうやらあなたに懐いたようですね。それなら我々が心配することはありませんか。あなたに一任するとしましょう」

「む? どういうことであるか?」


 アギトを鋭い目えにらみながらも、ヤザクが口を開く。

 アーニーとこやつらとの関係は気になるところではあるが。


「そいつ転移者だろ? ずっと一人だったんだよ。それでアギトが放っておくのは危険だっつってな。うちの旅団にずっと誘ってたんだ」

「その話はアーニーからも聞いておった。今後もずっと一人だと」

「アールはわざと人を遠ざけているように見えました。それと強い魔の反応に敏感です。それは彼女が持つ魔力感知の高さからでしょう。そして恐らく、強大な魔力にトラウマがある」

「ま、俺には分からないけどよ。ドーグの旦那ならそいつも言うことを聞くんじゃねーかな」

「ふうむ……我としては客でいて欲しいのだが」

「あの呪い装備が無くなった以上、アールが一人でダンジョンに入るのは危険です。そしてお金を稼ぐ手段はずっとダンジョン頼りだったはず。ですから私にドーグ殿へお願いがあります」

「ほう。それはお主から我に対する取引であるか」

「ええ、そうなります。どうかアールを雇ってやってはもらえませんか?」

「……それは我の一存だけでは決められぬ。アギトよ、一つ尋ねよう。なぜお主はこやつを助けようとする。見ず知らずの異世界者であろう?」

「メルミルとドータがアリアドルの旅団にいるのはご存知でしょう? 彼らが心配して……」

「嘘を付くでない。正直にお主がなぜそうしたいと思っているのか答えよ」


 我の目はごまかせるものではない。

 こやつは明らかにはぐらかしておる。

 

「どういうことだドーグの旦那。アギトの奴が嘘ってのは」

「自らの意思を他者の意思のように語るのは、嘘をつくと同義である。我にも、そしてアーニーにも失礼であろう」

「ふう。分かりました。あまり話したいことじゃないんですが……私には妹がいました。ちょうど背格好はメルミルやドータ、それにアールと同じくらいです」

「ほう。妹の姿に重ねておったのか?」

「……重ねたというよりいましめですね。そんな年の妹に、私は助ける手を差し伸べられなかった。だから……いや、私はアールの、メルミルの、ドータの兄ではない。必要以上に手をかけてやるべきではないとも思うのです」

「それはお主が魔族の血を引くからか」

「はい。ドーグ殿の世界にいるかは分かりませんが、私の四分のいちは魔族……しかも人食い種の魔族です」


 ほう。それはかなり凶悪としてしられる種族だな。

 我の世界にもいるにはいたが、極めて奥底の世界に住む者たちだ。

 たまに人をさらっては食らい、討伐される種である。

 つまりヤザクとアギトのいがみ合いはそこが原因か。

 ヤザクもしんらつな顔をしておる。


「だが、お主自身は人を食らったりはせぬのだろう?」

「はい。そういった衝動はありません。ですが、それに気付かれれば敵は増えますし、恐怖も与えますから。知っているのはアリアドルの旅団員とドーグ殿くらいです。どうかご内密に」

「無論である。我は余計なことをぺらぺらとしゃべるような者ではない。安心するがよい。そうか……お主自身は自分が恐れられる存在であるのを隠しつつも、救えなかった妹にこやつらの影を重ねておったのか……よかろう。その商談、乗ってやるぞ。アーニーのことは任せよ。悪いようにはすまい」


 ……最初に感じた大きな違和感。

 我はこのアギトこそ勇者だと思っておった。

 思想、行動、強さ。

 まさに勇者の資質を持っておる。

 持っておるが……その資質。

 我を襲いに来た、名ばかり勇者のものとはわけが違う。

 真の勇者……どの魔王をも恐れる真の勇者の資質である。

 にもかかわらず、こやつには魔族の血が入っておる。

 ふふっ……運命とは数奇なものであるな。

 我はこやつを少々気に入ったようだ。


「ありがとうございます、ドーグ殿。聞き入れて頂けるなら、対価として我らアリアドルの旅団は異世界道具屋レーベルの手伝いを喜んでしましょう。いいな、ヤザク」

「俺はもとよりドーグの旦那とは親しくするつもりだったからな。別にお前のためじゃねえ。ところで旦那……俺とアギトをここに呼んだのは? 帰り道ならこっちじゃないぜ」

「おっと。ついつい話ておったが……うむ、ギガスケルトンソルジャーが邪魔であったな。ギガスケルトンソルジャーよ。我の横に来るのだ。二人とも、地面を見るがよい」

「これは……まさか地下三階層への扉!?」

「まじかよ。いくら探してもナイトメアも地下への道も見つからなかったのにか?」

「……ここで我とアーニーは宝箱の裏に張り付いておった罠に掛かった。アーニーは意識を失い一時的に操られた。宝箱を破壊して罠を防いだが、そこで地面に異変を感じ取った。出てきたのはスカアハと名乗る抜け殻の道化だ。そやつを倒したところ、この扉が残ったというわけだ」

「……俺には全然分からねーけどアギト、分かったか?」

「ええ、大体は。つまりナイトメアがその道化……いえ、抜け殻ならば違いますね。ナイトメアはあくまで仕掛け。地下一階層もウィール・オー・ウィスプを倒すことで扉が開いたわけじゃないとすれば? ……つまり霊体のような存在であり、仕掛けをクリアすると地下通路へ通ずる? やはり一度、勇者と思われる人物に話を伺う必要が出てきました」

「勇者への話聞きはアギトに任せるとして……おおよそ筋書きは同意である。このダンジョンは単純に強烈凶悪なモンスターが待ち構えて倒すと次の階層に向かえるようなありきたりのダンジョンでは無い。何かしらの仕掛けを解かねば先に進めぬダンジョンで間違いあるまい。そして仕掛けを解いた以上、次の階層に向かえるのであろう?」

「ええ、そのはずです。そしてこれも間違いなく共通することのはずです。我々が最初の突破者であるなら、階層攻略報酬が手に入るはずなんです。それはドーグ殿、あなたが受け取るべきだ。さぁこの扉を一番にくぐって下さい」

「ふむ。それより我は道具屋に戻りたいのだが……」

「話が確かであれば、扉を抜けた先はダンジョン入口前のはずです。そして地下三階経路が解放され、地下三階層の人々が解放されるはず。マーク殿にも知らせましょう」


 ふむ……階層攻略報酬か。

 いかなるものか確かに気になるが……「我はアーニーを担いでいく。こやつと二人で突破したのだからな。では先に行くぞ。二人とも、直ぐについてくるのだ。そして相談がある」

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