第32話 ここは一つ……更なるサクリファイスである

 我の能力、サクリファイス。これは何を変化させるかにより結果が異なる。

 そして我はレギオンでサクリファイスをしたのだが……「ううむ、どうしてこうなったのだ」

「でかいスケルトン! これもドーグが作ったのか?」


 そうであると言いたいところであるが、これは失敗作である。

 スケルトンソルジャーではなくスケルトンアーマーナイト以上をサクリファイス可能な硬貨であったようだ。


「少々でか過ぎである。頭を外すのだ、スケルトン……ギガソルジャーとでも名付けるか」

「こんな化け物まで作り出すなんて、お前の魔法はどうなってるんだよ……」

「うむ、このような巨大スケルトンソルジャーは初めてであるが、これだけ大きければ力もそれなりだろう。よし、宝箱を動かすのだ」

「……」


 カタカタと骨を鳴らしながら命令をこなすギガソルジャー。

 相変わらず無口な奴よ。

 宝箱を軽々と持ち上げると……やはり宝箱へと我の魔力が留まっている感じである。


「どうだアーニーよ。宝箱を動かしてみたが、変わったところはあるか」

「地面に何かあると思ったけど何もない。あれ? 宝箱の裏側に何か書いてあ……」

「む! ギガソルジャーよ! その宝箱を投げつけ破壊せよ!」


 アーニーの様子がおかしいのである。

 アーニーの目に浮かんだ文字。

 エンシェントスペル……つまり文字型の呪文である。

 視界に入ると作動する遅発性ちはつせい魔術で間違いあるまい。

 アーニーに確認させた我のせいであるな……。

 アーニーがゆっくりと立ち上がり、我のマントを外して浮かび上がりおった。


「……ふふっ。ふふふ……」

「おい、しっかりするのだアーニーよ!」

「この娘はあなたの大切な者ですか? それとも不必要な道具?」

「くっ……乗っ取られたか」

「いいね。若いって。奴隷かな? ふう、それにしても……よく見破ったねえ。この階層、これを見破られるのはずーっと先だと思ってた。あなたはこの世界の人? それとも異世界からの招集者? それとも……」

「ええい、アーニーを解放しろ! そやつはだな、我のお客さんである!」


 むう……目から伝わった文字が体を支配しておる。

 これは地下一階層にいたというウィール・オー・ウィスプより上位の存在による仕業であろう。

 だが妙である。肉体を手に入れたにしては襲って来ぬ。

 そればかりかはっきりとしゃべりおるな。

 レイス……の類か。あるいはもっと高次元の者か。


「お主はなんであるか。このダンジョンを構築した者の配下か?」

「ねえ。何をしゃべってるのか分からないのよぉ。言葉がね。通じないの。あなたたちはいいよねぇ。言葉が通じて分かり合えるんだもの。不公平よねえ。仲良くしてるのって。でも、この娘がいる場所。変だわ。嫌な感じがする」

「そうか……ええい、頼むぞクピピロイドよ!」

「クピィー……」


 魔力を流して情報を集める絶好の機会。

 アーニーには悪いがむしろ好都合である! 

 よいなクピピロイドよ。アーニーの情報ではない。

 アーニーに憑りついた何者かの情報を探るのだ。

 

 ――アール・ヴェニータの状況を確認。  

 年齢 十九歳(獣人年齢想定不能該当資料無し)

 性別 雌

 種族該当資料無し

 血液型該当資料無し

 内包魔力値……高

 固有能力……有

 状態確認……支配。テンプテーションに酷似。

 非暗示型術式の内部侵食を確認。

 エンシェントスペルによる束縛を確認。

 攻撃対象の残魂など一切無し。

  

 ……これだけであるか。

 だが、そうか。分かったかもしれぬ。


「ギガソルジャーよ……投げつけた宝箱を破壊せよ!」

「さて、この娘をもらってしまおうかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「よし。後は……我が魔道其の八。カオティックエンシェントフレイム」


 見事粉砕した宝箱を焼き尽くす。

 がくりと崩れ落ちるアーニーを見るに、こやつの本体は……この刻まれた文字そのものに宿る残留思念のみでここにはおらぬのであろうな。

 発動させたエンシェントスペルにより対象を操り誘導し、本体へ運ぶ……か。

 厄介な方法だが、ひとまずこれでよい。

 

「この階層を守護するものよ。お主は少々我の機嫌を損ねることをしたのだ。我にミスをさせたのだからな……クピピロイドよ。アーニーに憑りついた者の情報から居場所をあぶり出せ」

「クピィー」


 ……なるほど、そういうからくりであったか。

 宝箱のおいてあった真下より宝箱に術式を付与し、そちらへ注意を引く。

 我の散布型魔力を把握し、なおかつアーニーの魔力探知能力も見抜いていなければ出来ぬことだ。

 

「この階層に降り立った時から我らを監視しておったのだな」

「あーあ、ばれちゃったよ。すごいね、異世界の人って」

「お主は何者か」


 宝箱がおいてあった地面。その形が大きく変化して白い扉となり、そこから道化のような恰好をした者が出てきおった。

 先ほどの女のような声であるが、見た限り男にも見える。

 不思議な奴よ。


「初めまして。悠久の時を越えるダンジョンに長らく住まうスカアハと言うの」

「つまり貴様がナイトメアか? なればいくつか聞きたいことがある」


 む、首を振っておる。答えるつもりはないということか。


「言葉が分からないのって不都合だよね。君たちは言葉が通じ合える。でもこちら側は通じ合えない。それってすごく不公平」

「む……それは確かアーニーを乗っ取りおった時にも同じことを言うておったな。なれば仕方あるまい……このレギオン全てで……サクリファイスエンシェントリッチーよ。我が前に来い!」

「……これはこれは。そちら側の方だったんですか。どうりで恐ろしいほどの魔力持ちかと」


 呼び出したのは最低最悪を誇るといってもいいスケルトンの中でも最上位。エンシェントリッチーである。

 こやつをサクリファイスするには極めて注意せねばならぬことがある。

 まず一つ。こやつが気に入りそうなものが近くに無いこと。

 一つ。十分な魔力対価を支払うこと。

 そして最後に……使用後しばらくはサクリファイスしないこと。

 まぁ二つ目に関しては我の方が上位。

 十分対応出来よう。


「……ほう。久しいな魔王ベリドーグよ」

「お主はしゃべるからあまり呼び出したくないのだ。願いは単純。今、我の正面におる者は敵対者かどうかも分からぬ。対話が出来ぬのだが言葉は分かるか」

「このわしを通訳するために呼び出しおったのか」

「……間違いなくアンデッドの上位だね。ダンジョンにこそ相応しいけど、随分特殊な能力があるリッチーだねえ……ああ、素敵だ。観察していたい」


 ……こちらには奴の言葉が分かる。

 だが、なぜ奴にこちらの言葉が通じないのかが分からぬ。

 しかしリッチーのやつはどうやら分かったようである。


「単純な話だったな、ベリドーグよ。こやつはここにおらぬ。実態があるが魂が無い。視界のみを共有し、声はこの壁より反射して聞かせておるだけだ。傀儡くぐつにしてもなげかわしいものよ。消え去れ……邪悪なる闇の力、コープスフレアハンド」


 む、そういうことかと言う暇もなく、地中から燃えたぎる炎の手が無数に現れ、道化を引きずりこんでいきおった。

 その顔はにやけたような顔立ちのままである。

 仮にこやつがナイトメアだったとして、本体を叩かねば意味がないのか、それとも……? 

 いや、この抜け殻を叩けばどうやらよかったようである。

 この階層のナイトメア……いや、ナイトメアというより仕掛けを解けば、次の階層が現れる。

 そういう仕組みであろう。

 そしてあやつ……スカアハという者はその仕掛けから飛び出て来た断片のようなものか。

 残念ながら情報は得られなかったが……いや、スカアハという存在の情報は得たな。

 そしてこの白い扉こそ次の地下階層へ続く道で間違いあるまい。

 さて、どうしたものか。


「リッチーよ。もう一つ頼めるか」

「余興にもならぬ相手であったから聞いてやってもよい」

「では、この階層にアギトという少し魔族の地が通う者、そして人間のヤザクという男がいるはずだ。クピピロイドと共に探して来てはくれぬか。我はアーニーから目が離せぬでな」

「ほう。その娘を生贄に捧げれば考えぬでも……いや、すまぬ。そこまでお前が怒るとは珍しいな」

「我は少々機嫌が悪いのだ。冗談は止せ。では頼んだぞ」

「ふむ。道具にしか固執せぬ魔王と思っていたが……少し変わったか。まぁよいだろう。行くぞクピピロイドよ」

「クピィーー」


 ……あの道化め。我の客となるものに無礼を働いた挙句、本体は来ず、ただ好きなことを述べるだけとは。

 この魔王ベリドーグに屈辱を与えたこと、後悔させてやろう。

 覚悟しておれよ。スカアハとやら。

 しかしアールの意識が戻らぬ。

 

「やれやれであるな、ギガスケルトンソルジャーよ。アールを担ぎ大切に扱うのだぞ」

「……」


 やはり、しゃべらず命令を聞いてくれる骨が一番であるな。

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