第30話 実にけしからん、下品な武器である

 ニプルヘイムエンシェントメデューサにより、部屋内に侵入したモンスター共は全て奴に喰い尽くされた。

 グロテスクな光景からは目を背けておったが、アールは息を飲んでみていたようだ。

 なぜであろうな。女子供というのは怖いもの見たさが過ぎるのである。

 中には好んでそのような現場に向かうものもおるようであるが、我にはよく分からぬ。

 もしやあの勇者パーティーにおった者もそんな好奇心から我の隠れ住んだ場所へ来たのではあるまいな……。


「おい、おいー! もう少し俺から離れろぉ!」

「む? 暴れると我のマントが破れるではないか。そもそも貸してやっているだけ有難く思うのだぞ。我が精魂込めて作ったものであるからな」

「大体お前が服を破るからいけないんだろ……うわぁ、本当に跡形もなくモンスターの大群がいなくなってる」

「ニプルヘイムエンシェントメデューサは暴食である。しかも食ったものを返さぬ厄介者でな。呼び出して満足しなければ我の魔力まで食らう始末である。使い勝手の悪いことこの上ない」

「なんでそんな能力を使ってるんだ? どうやったらそんな力を……」

「無意味な質問であろう? 獣娘は自分が所持していた呪いの道具について細かく説明出来るのか?」

「あれはだまされたんだ。魔族に……それからずっと外せなかった」

「ほう。やはり子供、単純であるな……獣娘よ。このような場所で与太話などしておる暇はない。早めに帰還せねばルルたちに怒られる。我の店は少し大変な状況なのだ」

「だから子供じゃねーって言ってるだろ! そういやお前の店に変な裸の女がいたな。さらってきたのか?」


 ぐぬう。やはり我をお前呼ばわりするか。

 それに酷い言われようである。この憎ったらしい言いぐさは獣人の子供独特のものであろうか。

 

「あれを拾ってきたのは我ではない。拾ってきた宝箱の中に封じられていた何かである。つまりこのダンジョンから生み出されたものの可能性が高い。部類は悪魔であろうがな」

「ダンジョンから拾ってきた!? そりゃ男が拾ってきたらさぞ喜ぶんだろうな」

「どうであろうな。あれについてはまだ分からぬことが多いが、ダンジョン外で放出されたから無事で済んだだけかもしれん。ダンジョン内であの類の罠は死を招く。それよりも、であるな……」


 弱ったことに我の力を生み出す糧となる道具がないではないか。

 せめてモンスター素材の一かけらでも残れと期待したのだがな。

 ここはやはり、獣娘に頼むとしよう。


「獣娘よ。一つ頼みがある」

「そんな呼び方するならぜってー受けてやらねー」

「ふむ、なればアールよ」

「……それは上の名前だ。ヴェニーテっていうのが本当の名前」

「ヴェ……ヴェー……呼び辛いではないか!」

「うるさいなぁ! だからそう呼ばれないようにアールって呼ばせてるんだろ!」

「なればアーニーでどうだ。アールとヴェニ……ほにゃごもらを合わせ短くしてしまえばよい。我もドーグさんで構わんぞ。ぐわーっはっはっはっはっは!」

「な、なんだよ。急に変な呼び名をつけて。でも……それでいい」


 うむ、気に食わないということはないようである。

 若干嬉しそうな顔をしておる。

 こんな顔も出来るのではないか。


「はぁ。やっぱさんなんて付けるのガラじゃないや。それで、頼みってなんだよドーグ」


 ううむ。まぁお前などと呼ばれるよりはよいか。

 困った子供である。


「アーニーは魔力探知が優れるのであろう? 我は今、何かしらの道具や素材が欲しいのだ。それを利用しながらここ地下二階層から脱出をしたいと考えておる」

「ヤザクやアギトと合流しなくていいのか?」

「無論であろう。あやつらは立派な戦士である。いらぬ心配よ。アーニーよ、お主は戦えそうか?」

「……ダメだ。呪いを無理やり外されてから、なんか力が全然出ない」


 ふうむ。強制解除ではないにしても、随分と長いこと呪いにより身体強化されていた影響か。

 本来持つべき獣人としての筋力などが落ちているのやもしれぬ。

 自分の不甲斐なさに落ち込んでいるようである。

 ううむ、呪いを剝がしたのは我であるから責任はあるか……。

 

「もし呪い装備が欲しいなら、検討してやらぬでもない。しかしあのようなダサいのはご免である」

「はぁ? 呪い装備なんて要らないに決まってるだろ。好きで身に着けたんじゃない。ただ、あんな装備に頼ってた自分が恥ずかしいだけだ」

「アーニーは呪いとは何たるかを分かっておらぬようだ。呪い装備とはな。何を呪うかによるのだ。身に着けた者を呪うから呪い装備ではない」

「……? 言ってる意味が分からねーよ」

「呪いとは呪術、素材における組み合わせの悪さ、加工の甘さ。あえてわざと加工を甘くし強力な呪いを付与することもある。呪いとはそう……最高傑作を作るための過程に生まれる製作者の魂である」

「呪いが……魂?」

「うむ。まぁ興味が無ければ今はよい。先に進むぞ」

「ばっ、放せ! 俺は歩けるから!」

「よいか。アーニーの役目は強い魔力感知能力で我を補助することである。体が弱っていてもそれは出来るであろう。我にそれほど優れた魔力感知能力はない。我の道を示すのがアーニーの役目である」

「俺が道を? でも、だますかもしれいぞ。お前をだまして殺し、お前の装備を奪って逃げるかもしれない」

「そんなことはせぬ。それに我の身に着けている者は我にしか扱えぬ。立ちどころに魔を吸われ、生きてはおれまい」

「……分かったよ」


 うむ。ようやく動き出せるが……この広い部屋には四か所進める小道がある。

 無論、来た道も含めてであるが、そちらに進むことは少々気が引ける。


「北東。あっちにモンスターじゃない魔の反応がある」

「ふむ? なぜそう思う?」

「動いてない。ずっとだ。だから宝箱とかあるんじゃないかな。俺はいつもそうやって宝箱漁って生活してたから。たまには誰かと組んで探すこともあったけど」

「アーニーはここへ転移して長いのか」

「そうでもない。しばらく前にアリアドルの旅団へ加入するように誘われたけど断った。それからもしつこく誘って来るから。メルミルとドータが仲良くしたがってるって。でも俺は、誰も信じてない。近づかれたくなかった。たまに組むくらいは稼ぎが増えるからいいけど。これからも入るつもりはない」

「うむうむ。子供は子供同士で遊ぶ方がよいのだが……ええい暴れるでない!」

「子供って言うなー! 降ろせー!」


 やれやれである。

 アーニーの言う通り北東の小道へ進むとモンスターはおらぬが宝箱も見当たらぬようである。

 

「ううむ、行き止まりか」

「いや、その壁の先。隠し通路がある」

「ほう。地下一階層にもあった隠し通路であるか。このダンジョンはなかなかに隠し通路で楽しませてくれるようであるな」

「その分囲まれやすい。隠し通路の先は行き止まりだからな。特にこういう細い道で隠し通路の罠に引っかかるとモンスターが……」


 む。隠し通路を調べるため手を触れると、参ったぞ。

 罠に引っかかってしまったではないか。

 激しい音が鳴り響いたようである。

 ダンジョン全体に音が鳴る仕組みがあるのは、こういった音が鳴る罠と連動しやすくするためであろうな。

 しかし……「うむ。何も来ないな」

「あれだけモンスター倒したから平気だったのか。順序が逆だよ、ここ」

「つまりダンジョンは適当に構造改革されておるようだな。誰かが決められて改装させるダンジョンではない。これも一つまた知識として覚えておかねば」


 この宝箱は我のネックレスへと封じておくとして……いや、封じたら素材が手に入らぬか。

 まず罠を調べよう……うむ、どうやらこれには罠が掛かってはおらぬ。

 箱を開けると……「ああ! 当たりだ! マジックウェポンだよ、それ!」


 中には淡く光る剣が一本。それに薬草の類と巻物二本。そして……「おお! これぞまさしく素材袋である!」

「なんでそっちにそんな喜んでるんだよ……マジックウェポンがどうみても当たりだろ!」

「ふうむ? このガラクタのような剣がか? 我にはそうは見えぬのだが……」

「どうみても魔法付与された武器じゃん。一体ドーグの頭はどーなってるんだよ」


 なんと、アーニーから見ればこのガラクタ剣は当たりであると!? 

 このようなもの……我が調査するまでもなく大した効果はなく、見た目だけピカピカした剣である。

 強い武器ほどうちに秘めた質素な美しさが際立つものである。

 言うなればこのピカピカ剣は下品である! 

 ……一応拾ってはおくが、ううむ。

 こんな目立つ武器を腰に下げてみろ。

 盗賊共に狙ってくれと言っておるようなものである。

 まさにアーニーの装備もそうであった。

 きっとこのピカピカは呪いである! 


「いいなー、恰好良い。欲しい……」

「アーニーよ。このようなガラクタを持つと変な男どもに狙われるのだぞ。そうであるな……お主の世界におけるお主が使っていたような武器の構造を我に教えるのだ。交換条件として一つ、武器を作ってやらんでもないが、条件付与をいくつかすることになる」

「……まさか呪いでどうにかするつもりじゃないだろうな」

「疑うなら話は無しである。我がアーニーを呪ったところで何も得はなかろう」

「そうだけど。信用するの……怖い」

「ふむ。まぁゆっくり考えるのだな。さて、素材は手に入った。中身の確認は後にして、まずはどうやって異世界道具屋レーベルまで戻るかであるが、アーニーよ。お主戻り方を知らぬか?」

「門を探さないと戻れないよ。でも、どうなんだろう。ここ地下二階だけど、地下一階を制覇して地下二階にたどり着いたわけじゃないから地下一階へ向かわないといけないかもよ」


 それは面倒であるな。

 他に何かよい方法はないものか。

 そうであるな……「ナイトメアとやらについて、アーニーが知っている情報を我に教えるのだ」

「いいけど、それは地下一階の話だぜ。地下一階のナイトメアはウィール・オー・ウィスプっていう変な塊だったらしい。冒険者の酒場で聞いたんだ」

「アーニーよ。お主はまだ酒を飲むには早い」

「だから子供じゃないって言ってるだろ!」

「ううむ話の腰を折ってしまったな。ウィール・オー・ウィスプか。別名イグニスの炎とも呼ばれるスピリットエクステンドであろう」

「スピリットエクステンド? イグニスの炎? なんだそれ?」

「知らぬか。いわゆるレイスに分類される悪事を働くもののスピリットが留まり、更に悪意と力をつけ襲って来るモンスター種である。しかしナイトメアと呼ばれるからにはただの存在ではあるまい。強大なるウィール・オー・ウィスプであったのだな」

「巨大な火の球の化け物だったって聞いた。本当かどうかは見てないから分からない。勇者が倒したって話だけどそれも本当かどうか疑わしいからな」


 ううむ、ナイトメア。そして勇者か。

 この階層のナイトメアを倒せばいちいち地下一階層に戻らなくて済むのであれば……なればよし。探索用モンスターを出すとするか。


「アーニーよ。やはりこのガラクタ剣にはここで役立ってもらい消滅してもらうとしよう」

「ええ? 一体何を……」

「名も知らぬピカピカ下品なマジックウェポンよ。その身を我が下僕に変えよ!」


 さぁ。より上位のサクリファイスよ。成功するのだ! 

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