第28話 呪いのなんたるかは製作者にありである!

 喰らい尽くす盾であるハデスシールドバリアント。

 その欠点は動きが早くはないことである。

 それと相手が距離を取り過ぎれば我を守るために戻って来る。

 アールはそれを理解したのか、かなり距離を取り……そして変身とやらが始まりおった。

 ローブの帽子が外れ……そこでようやく理解した。

 道理で攻撃的であるわけだ。

 あ奴は獣人種。四つん這いの姿勢となり、びっしりと毛におおわれる姿になりおったのだ。

 鋭い爪、にらむような目……そして尻尾。

 まさに戦闘形態への変貌である。

 さらに魔道具の周囲のみをおおっていた闇色が、アールの全身を包み込み、闇色の毛へと変貌しおった。


「混合獣化と言うようです。先ほどより格段に強いですよ。でも、あなたならどう感じるのでしょうね」

「アギトよ。少々離れた場所におるがよい。きちんとしつけてやらねばならんようだ」

「分かりました。でも、殺さないで下さいよ。あんな言い方しか出来ない子ですが、メルミルやドータは好いていますから」

「案ずるでない。我は殺して解決するなど好きではないからな」


 差し詰め素早い攻撃に自信ありという感じである。

 跳躍力、反転能力、動体視力において自分に勝てるものなどいない。

 そんな顔をしておるな。

 あれは自信に満ちておるのと、他者のいさめる行為をバカにされたと勘違いしてしまう者であろう。

 我にそんなつもりは全くない。

 何せ……我は魔王であるのと同時に商売が好きである。

 こやつも立派な客候補となってもらわねばな。


「ウウウアアアアアアアアアーーーー!」

「そう吠えるでない。さぁ来い。といってもハデスシールドでは少々役割不足か。消えろ、ハデスシールドよ」


 ハデスシールドは奇妙な声を上げて消えおる。

 最後までやかましい魔法である。

 さて、あの形態に適するのは……まずは突進する動きを直接感じてみるとするか。

 ――アールは地面を蹴り飛ばし、ダンジョンの上へ飛び跳ねる。高い天井を肘で撃ち飛ばして跳ね返り、我の背後付近まで移動した。

 うむ、狙いは悪くないが視線誘導が出来ておらぬな。

 その場合正面から投てき物でも投げる方が良い。

 さらにいうならその投てき物は目の前で爆発する、などである。

 懐から取り出したのは闇色のナイフ。

 ううむ、モヤが掛かっておって目立つな。


「死ね」

「うむ、実はな……」


 背後を取られても本来そこから攻撃を放てるのだが……関係ないものまで巻き込んでしまうのがこのマントの悩ましいところである。

 

「ブラックヤードミスト」

「……! 鼻が曲がる! うっ……げほっげほっ」


 アールは鼻を抑えながら再び距離を取る。

 このマントからは魔力で黒霧を発生させ散布させるタイプの毒を発せられる。

 吸い込んだ場合即座に感染し、その者の魔力を我に譲渡し続けることになる。

 死にはせんがこちらが有利となり、相手は不利となる。

 そして獣人は鼻が利く。このミストは……割と刺激臭なのだ! 

 

「おいお前! そのマント何日洗ってないんだ! 臭いぞ!」

「うむ? これはそういう技であってだな。決して臭いわけでは……ううむ、戻ったら洗うか。洗濯は苦手なのでスケルトン共に任せておったのだがな」

「くっ……卑怯な手ばかり使って! 絶対許さないからな」

「ううむ、その姿ですごまれても我には吠えている動物のように可愛く見えるのだがな……」

「バカにするなぁーーーー!」


 再び向かってくるアール。

 今度は上空からではなく左右ジグザグに動き回っておる。

 その形態でもあの魔弾とやらは使用出来るようだが、それよりも奴は驚いているような表情へと変わった。

 我が奴の動きを目でとらえ続けていることにであろう。


「言っておくがこの目は特別でな。さほど早い動きとは感じぬ」

「だまれだまれ、だまれぇーーー!」


 怒りで接近から回し蹴り。

 この闇色に包まれた形態で呪いや炎系魔法を吸収出来るようである。

 しかし、しなやかな足だ。

 その蹴り足を片手でつかむと、自らの体に反動をつけて我をひっくり返そうとしてきおる。

 無駄である。我の鎧は軽くはない。


「魔弾その四……ぐ、う……」

「許せ。少々痛むぞ」


 足と両手を持ち、そのまま上へと抱えてみる。

 ほう、なるほど! これがこやつの魔道具の正体! 管のようなものが本体に突き刺され、直接ローブから体へと接続してこの闇色を放っておったのか。

 ふむ、これは呪いで外せぬようであるな。

 どれ……「我が魔道その五、カースティックイーター!」

「う、ウワアアアアアアアア! 喰われるぅ! くそ、こんなところで死ぬ、のか……」


 我の呼び出す魔法技においては最も気色悪いものであるが……巨大な口を持つワーム型生物にぱっくりと頭から食われたアール。

 南無さんである。


「ど、ドーグ殿。まさか殺して……」

「いや案ずるでないアギトよ。少々しつけると言ったはずである。こいつはカースティックイーターといってな。別名呪い食いである。我が呪われた魔道具を開発してしまった時などはこやつに食べさせ、しばらくすると呪いだけを喰ってくれるのだ。たまにそのまま残ってしまう呪いとは言えない効果があるのだがな」

「カースティックイーター……そんな凄まじい生物を一体どうやって?」

「言ったであろう。我は異世界の魔王、ベリドーグである。あらゆる魔道具を製作する我としては、材料により予期せぬ破滅的呪い道具も造ってしまうのだ。そのままではほとんど売れぬのでな。何せ中には持っただけで呪われ、歩くと死ぬような装備まであるのだから」

「……規格外です。いえ失礼。ヤザクどころか私でもあなたに傷一つ負わせることが出来ないかもしれません」

「うむ? お主なら多少は勝負になると思うのだがな。む、出て来たようである……いかんしまった。衣類側全てが呪いの本体であったか」


 ほとんど破けてしまっておる。これはまずいのである。

 このまま連れ帰ったらルルたちに軽べつされてしまうではないか! 


「く、そ……なんでこんな奴に勝てないんだ……」

「ええい、いいか! 今は指一本動かすでない! こちらに寄るでないぞ娘よ! アギトよ、このマントを渡してくるのだ。大至急!」

「ええ、出来ればそれまであの生物は消さずにいて下さい」


 本人はまるで気付いておらぬようである。

 アギトがマントをかけようとすると臭いのは嫌だと叫び、そこでようやく自身の服に気付き、急いで我のマントにくるまりおった。


「あれ、臭くない……ていうか見たな!」

「失礼な。これでも清潔な魔王であるぞ。そして我は何も見てなどおらぬ」

「……そんなことより、気は済みましたかアール」

「全然済んでない。でも、今の俺じゃ勝てない。あいつは何一つ本気を出していなかった。変身までしたのに、攻撃も全て回避された。途中から魔法すら使えなくなったのを理解した。いいトコ無しだ」

「今の……ではなく一生勝てないでしょう。私もですけどね。そして確信しました。彼ならきっと、この階層にいるナイトメアを見つけられる。いえ、このダンジョンをどうにか出来る……と?」

「おい、何やってんだお前!」


 うむうむ、ワームの中にある呪いはこうなっておったのか。

 ふむ、直接魔力を吸い出すことを代償に持ち主へ強制的に付帯型防御魔法を発動。この調整力が甘く呪われておるのか。

 ううむ造りが雑であるな。我ならこう、もっと爆発的に魔力を吸い上げる代わりに飛躍的身体能力向上をしばらく付与したりするものを。

 三流の道具製作である。許せぬ。デザインも最悪である。


「……どうやらあなたの呪い装備の効果を見て腹を立てているようです」

「俺の……呪いは解けたのか?」

「それが彼の狙いだったようですね。あなたを助けたかったんじゃないですか、アール」

「……別に頼んでねー。でも、そっか。もう吸われることは、ないんだ……」

「おっと。気を失っちゃいましたか。呪いの吸い出しはかなり負担が掛かっていたようですね」


 む。呪いを見ておったら奥からヤザクが戻ってきおったな。

 しかし解せぬ。こんな不出来な装備をなぜあんな子供が身に着けておったのか。

 もう少し呪いをじっくり見てみる必要があるな。


「おーい! なんだそのでかい生物!? ドーグの旦那の魔法か? おい、まさかもうバトル、終わっちまったのかよ」

「おやヤザク。遅かったですね。残念ながら……」

「んだよ、アールの奴伸びてるじゃねえか。ま、俺が勝てないと思った相手にこいつが勝てるわけないか」

「ううむ騒がしいぞ。つまりここをこう調整して……ええいセンスの無い管などつけおってからに。血管のようなもので恐怖心をあおるなどナンセンス過ぎるわ! どうせなら骨を使わんか、骨を。大体呪いとはだな……」

「なんか、ドーグの旦那すげー怒ってるな」

「はっはっは。彼は本当に魔道具が好きなようです。その邪魔をするのはよくありませんね。今後はしばらく魔道具開発をしてもらいつつ、地下二階層について相談を……む、まさかこのタイミングで起こるのか! いけない、ヤザク、急いで手を。ドーグ殿ともです!」

「ダンジョン内の変動か!? くそ、ドーグの旦那!」

「なんであるか、まったく……我は今よいところであるの……に?」

「く、間に合わな……」

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