第27話 ハデスシールドバリアントを甘く見るでない

 アリアドルの旅団と共にダンジョンへの入口である門の前にたどり着いた。

 この門からは強い力を感じる。

 それもそのはず。差し詰め出しっぱなしの転移方陣のようなものである。

 この門を生み出した者の実力を考えるだけでも、魔王プリンシア並みかそれ以上であろうか。

 我の知る限り、ベルゼハデスには三名の力ある魔王がおった。

 強力な魔法の使い手である魔王プリンシア。

 勇者を軽く押し返した魔王グレイスンは他者を操る能力に秀でておった。

 そして卑怯な手を使わせれば右に出る者はいない魔王、ダジウバ。

 それぞれが特異的固有能力を持ち、三角形を描くようにして均衡を保っておる地域がマジックオブコート国周辺であった。

 この門から一番近い力でいうなら、ダジウバであろう。

 奴との波長に似ておる。

 つまりこの門を構築した奴は嫌がらせが得意な者に違いあるまい。


「ドーグ殿。準備はよろしいですか」

「ん? ああ、すまんな。少し懐かしい雰囲気を感じておったところだ」

「お前、魔力感知出来るのか」

「お前ではないぞ子供よ。我はベリドー……」

「子供じゃねー! 次言ったらぶっ殺すぞ!」

「そのような言葉遣いをするものではない。他の子供が怯えるであろう?」

「また言ったな。もういい、こいつ殺してやる……」

「落ち着きなさいアール。地下二階層への道を開きます。これはダンジョン地下一階層から地下二階層への下り階段を降りた者にのみ与えられるものです。我々はゲートキーと呼んでいます。これを門に触れさせると門が青く光り輝くのです。これで地下二階層へ入れますが、わずかな時間しか門は開きません。直ぐに入って下さい」

「ちょっと待てアギト。俺とメルミル、ドータはここに残る。あまりぞろぞろと連れて行ったら邪魔だろう?」


 うむ、素晴らしく空気の読める男の発言である。

 そして存在感は空気であるので我もこやつに気付かなかった。

 この男は確か……「そうしてもらえると助かります、バルゲン」

「えー。一緒に行きたいよぉ。ベリドーグさんってすっごく強いんでしょ? やざちーが言ってたもん」

「ふん。確かにドーグの旦那は強いと思うが直接戦ったって感じじゃねえ。俺も真の実力は見てねえが……少なくとも俺が戦えば死ぬ。そう思ったから引いたんだ」

「すっげー。ヤザクが自分が戦ったら死ぬなんて、アギトと戦っても言わないのに」

「見たいー、見たいーー!」

「あまり私を困らせないでくれるかな、二人とも」

「ちぇー。今回は我慢するか」

「むー。いいもん、お姉ちゃんたちに美味しいご飯用意してもらうんだから! イーだ」


 うむ、あれがまさに子供の反応である。

 このアールとやらにもあのように振る舞ってもらわねばならんな。


「では私とヤザク、アールにドーグ殿で参りましょう。地下二階層は随分雰囲気が違いますよ」

「ほう。しかしな、我は混沌というものが何かを知っておる。案ずるでない」

「……お前の世界が混沌? とても信じられないな」


 アギトがゲートに鍵のようなものを触れさせると、言っておった通り門が光を発しおった。

 直ぐにその門をくぐると、二度入った地下一階層とは確かにまるで違う。

 壁の色、そして流れる奇妙な音楽。

 地下一階層よりは少々暗く、先が少し見通せぬ造りに変わりおった。

 ここもすでにアリアドルの旅団はくまなく探索済み……とのことであったな。


「近くにコボルトスがいますね」

「へぇ。門付近にいるのは珍しいじゃねえか。ちょいと俺が刈ってくるとするか。それまで始めるなよ、お二人さん」


 ふむ。コボルトスか。

 精霊系モンスターの一種である。

 地精霊ノーム種よりやや大きく、坑道に多く住むが、凶悪種であればかなり強いコボルトスもおるな。

 しかし……ううむ困った。我は結局戦わねばならぬのか、この子供と。


「おいお前。なぜ武器を所持していない」

「我はドーグさんである。お前ではない。もし貴様が我をお前と呼ぶのであれば、我も貴様を子供と呼び続けよう」

「いい加減にしろ。俺は……子供じゃない」

「子供である。直ぐに怒り、他者の話もろくに聞かず、だれかれ構わず迷惑をかける。外見の話ではない。貴様は中身が子供であるのだ」


 そうである。我も子供であった。

 父上が存命の頃は特にそうであった。

 誰の話も聞かず、ただ己の野望にのみ従う者。

 いや……勇者に追われこのような場所に追いやられたのだ。

 我もここへ来るまではこやつと同じ、子供であったのかもしれぬ。


「もういらついて待ってらんねー。始めるぜアギト」

「はぁ。後でヤザクに文句を言われそうですが分かりました。いいですねドーグさん?」

「やれやれである。こちらはいつでも構わぬ」


 我が魔道。その神髄こそ我の装備にある。

 そして相手が我の創造せし武具所持者でなければ我が恐るるものはたったの三つ。


「一つ、我は我を恐れるあまり数十万の集団で向かってくるものを恐れる。二つ、我は我の道具を破壊する者を恐れる。三つ、我は我自身が探求心を失うことを恐れる」

「何をぶつぶついってる! 死ね。魔弾その四、アキネートバレット」


 闇色に染まる武器から一直線に放出する魔道具タイプであるな。

 狙いは大して定めておらぬところを見ると、誘導系統、あるいは追尾系統である。

 回避できる速度で射出はしまい。なれば受け止めてみるまでのこと。


「我が魔道其の二。ハデスシールド」

「な……に!?」

「なんて凶悪なシールド魔法ですか! ……禍々まがまがしさが際立っている!」


 アールとやらが放った攻撃。それは間違いなく回避不能な超高速な塊を飛ばすものであった。

 それを受け止めたのは我の正面をすっぽりおおう、これまた闇色半透明の盾である。

 あちらは呪いの類で放つ武具。

 なれば呪いを持って制すればよい。

 この魔法は性質上呪いをも吸収して力とする盾となる。

 膨大な魔力を持たねば己自身を食い殺す盾ではあるが……我にとっては造作もないことである。

 しかしこの盾に以前カオティックエンシェントフレイムを落としたところ、燃え尽きてしまいおった。

 我の魔力で生み出した盾をも貫くあの炎を制御出来る日は果たして来るか……それすらも分からぬがな。


「喰らい尽くせ、ハデスシールドバリアント」

「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャーギャギャギャーギャギャー!」

「ええい相変わらずうるさいのう。まぁよい、行け」

「くっ……そ……なんだあの魔法」


 昆虫型の足が盾に生え、気色の悪い顔が浮かぶ。

 それが地に足をつけ這いずりながら敵として補足した相手を襲い始める。

 動きは機敏、かつしつこい。

 捕らえられたが最後、シールドでガチガチに固められ、強い呪いを受ける。

 アールとやらは守護用の魔道具を装備しておる。

 それらを一つちぎり、盾に投げつけてみせると盾はその投げつけられたものをむしゃむしゃと食べ始めた。

 残念ながらその程度の防護道具では効果が薄い。

 この盾を根本から取り除くには、聖水千本でも足りぬ。

 迫りくるハデスシールドバリアントを回避し、今度は我の方を攻撃しようとするが……「無駄である。ハデスシールドはバリアント状態で攻防一体。油断すると強烈な呪いを付与されるぞ」


 本体を攻撃しようとすれば遠隔モードへと切り替わり、呪いの毒液を放出するのがこの盾の恐ろしいところである。

 一見すると本体そっちのけで攻撃しているように見え得てしまうわけだ。

 この盾を父上に教わったときは、死ぬかと思ったがな。

 あまり使いたくは無いが、あの時も父上は我に【しつけ】と言っておった。その意味が今更になって分かるとは。

 だが、アールとやらの様子がちとおかしい。

 呪いを回避するのに手いっぱいのはずだが……。


「くっ……こんな、ばかな。魔王風情がぁーーー!」


 む……? 雰囲気が、変わった? 


「もう、ですか。さすがはドーグ殿です。あんな恐ろしい盾、確かにヤザクでは手も足も出せず食い殺されるだけでしょう。しかしアールと私は少々異なります。我々はどちらも変異可能ですから」


 ううむ、あの盾は我の神髄からは程遠い能力であるのだが。

 何せ我は魔道具の造り手である魔王なのだから。

 さて……まだやれる力があるならば少々楽しめるかもしれんな。

 あやつの持つ防御系魔道具。その中でも気になる道具があるのだ。

 変身とやらも合わせて見てやるとしようではないか。

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