第20話 我は魔王であるが、人の友というのも悪くないかもしれぬ

 ヤザクという男に勝負を挑まれ、我ら二人は隠れるようにして異世界道具屋レーベルから外に出た。

 向かうはダンジョンであるが、そこでちょうど治療から戻って来たバレッタとイーナに出会う。


「あれ、ドーグさん。そちらは……アリアドルの旅団の方じゃないですか」

「バレッタよ。少々我は外すぞ。イーナよ。傷の具合はどうだ?」

「傷よりお金が心配ですぅ。宝箱、見つけたのに消えちゃったんです……持ち帰ったのは一握りの薬草だけですよ。とほほ……」

「宝箱であるなら我の部屋においておいた。こちらの件が片付いたら共に確認するとしよう」


 そう告げるとイーナの顔は直ぐに晴れやかなものとなった。

 しかしまだ傷は痛むようである。


「金の心配はそもそも必要なかろう。向こうしばらく分くらいはまとめて払えるに違いあるまい」


 しかしそう言うとバレッタの顔色が曇る。

 ううむ、バレッタの役目は我々の監視も含まれるからな。


「それはどういう意味ですか? 今回の支払いは二百五十レギオンですが、また三日後に同じ金額が……」

「なに? 三日おきにそれだけの金がかかるのか!?」

「はい。ちょうど三十日で本来は五千レギオン。その半額となるので二千五百レギオン。分割払いですから、上乗せで一割がかかりますので二千七百五十レギオンが三十日で掛かります」


 ふむ……道理で安いと思うておったが……イーナは分割で払っておったのだな。

 道具屋の利益で考えると確かに分割にしたくもなるか。

 しかし我の開発した魔道の小瓶。

 これは値段を上げることにした。

 こちらは一つ千レギオンである。

 いきなり倍というのは考えものでもあるが、その辺は上手くルルにでも言ってもらおう。


「イーナ、それにバレッタよ。細かいことはルルに聞くのだ。我はこちらの男と少々ダンジョンに入る。なに、直ぐ戻るから案ずるな」

「大した自信だな。それにしても……ドーグだったか。おめえの店、なんであんな美人ばっか集めてやがる。お前相当なすけこましだろ」

「すけこまし? それはどんな意味であるか? 偉大な魔王という意味か?」

「どうやったらんな意味になりやがる! もういい。絶対に負かせてあの女に認めさせてやるぜ……」

「ふむ? なんだお主、ルルが気に入ったのか?」

「はぁ!? 誰がんなこと言ったよ!」

「ふっふっふ。ルルは気立ての良い看板娘だ。精々足しげく通うことであるな! 通いたいからといって手を抜いてわざと負けるでないぞ? ぐわーっはっはっはっは」

「くそ。調子狂うぜ……」


 ダンジョンへ再び入ると、そこは明らかに依然と構造が違うことが分かった。

 入口に見知らぬ人物も多数おる。

 構造が変わると人が集まるのか? 


「ちっ。入れ替えタイミングか」

「なぜそう思うのだ?」

「見たら分かんだろ。他の奴らが宝箱目当てで多くいやがるんだよ」


 構造が変わると新たな宝箱が得られる可能性が出るというわけか。

 そればかりを狙う者も多くいるのだな。

 少し移動をするよう合図された。

 少々入口から離れた人気の無い通路で身構えるヤザク。

 ふうむ、やはり素手で戦うつもりか。


「お主は剣使いではないのか」

「別に武器がなきゃ戦えねえ生っちょろい奴らとは違げえ。こっちは日々あいつを倒そうと努力してんだよ」

「ふうむ、アギト……だったか。今のままでは何千回挑もうと、お主が勝てる可能性は皆無である」

「ああ!? 俺をバカにすんのも対外にしろよ、コラァーー!」


 一直線に突進であるか。

 我は的確な助言をしてやったつもりなのだがな。

 怒りに任せた攻撃だけではないが、かわすのは容易い。

 身体を強化する魔法、バディーレインフォース。

 それから動体視力向上……センシティブアイズコントロールの魔法も付与しておるか。

 いや、この世界で同一の魔法とは限らぬが。

 まぁ我の道具は使わずとも、この程度の動きを回避し続けるのは造作もない。

 我の目は普通の目ではない。

 この調査を可能とする目には身体能力、構造、体内を巡る魔力の量や魔力の流れ、その者が秘める力量まで推し量れる。

 そして何より……「少々痛むぞ」

「が……はっ」

「ふむ、やり過ぎてしもうたか」


 ヤザクが回し蹴りを放った瞬間に右回りに回避し腹部に一撃。

 格闘術最大の欠点は攻撃範囲の狭さである。

 我の手足はヤザクのそれより断然長い。

 肉薄された状態から一歩引き、向かって来るところに重ねればこの通りである。

 元来格闘で必要なのは瞬発力と動体視力である。

 それに自信があり、更に魔法強化を行い挑むという判断自体は間違ってはおらぬ。

 おらぬが……人の目は至近距離に向いておらぬ。

 格闘で戦う荷も肉薄せず、距離を開き視野を広く持ち、状況を見据え戦闘するのが基本である……これは我の父上から教わったことだ。

 あらゆる格闘術、武器の扱いそれら全てを生まれて齢十に成るころには極めていた。


「どんな……腕力してやがる……てめぇ」

「腕力など使ってはおらぬ。お主がやぶからぼうに突進してくるので、それに攻撃を合わせるだけでよいのだ」

「俺の……攻撃は……常人に見切れるもんじゃ、ねえ……」

「アギトという男なら簡単に見切られるであろう」

「……ふざけんな。今度は攻撃魔法も使って……」

「ううむ。我はあまり実力を見せるのは好きではない。我には戦う実力は……誰かを殺さず戦う実力が無いのだ。見ておれ。我が魔道其の八。カオティックエンシェントフレイム」

「なっ……」


 ふうむ、おおよそ一万七千度級の炎の粒である。

 まばゆいばかりに光輝く炎は大変危険であるが、この装備なら溶けることは無い。

 無いが危険極まりないのである。

 ほんの少しだけ出しただけでも周囲の酸素を一瞬で消し飛ばしてしまう。


「どうだ。我は弱い。このような炎を出せても、まともに扱える状況にないのだ。自らを殺しかねぬ力。それが我を弱者と言わせるだけのものである。我は我の力を制御するため、あらゆる道具を造らねばならぬのだ」


 ぽとりとその炎を地面に落とすと、ダンジョンの地面に穴が空いていく。

 急激に冷えていけば途中で消えるが、まったく恐ろしい炎である。


「地面が、溶けて……あんなもんに触れたら……」

「だが使えぬ魔法である。うかつに力を発揮すれば、どのような状況でも自らを滅ぼしてしまうのが力だ。だからこそ我は魔道具に頼っておる。しかしその生み出す魔道具も、我に向けられれば恐ろしいものへと変わる……我の生み出したギガインバイトのようにな」

「ギガインバイト……それは武器か?」

「左様。少々変わった能力があるが、使い慣れれば一部屋丸ごと感電死させられるほどの威力を発揮する」

「つまりあんたに頼めば強力な武器を!」

「お断りである」


 武器を作ればその刃が我に返って来る。

 これは父上も言っていたことだ。

 なればこそレプリカを作ったはずだったのだが……ううむ。未だに謎が解けぬ。

 父上は……我は危うく父上と同じ結末を迎えるところであった。


「俺はどうしてもアギトに勝ちてえんだ。頼む、この通りだ!」

「ヤザクとやら。お主は勘違いをしておるな。武器がどれほど強力でも、あの男には敵うまい」

「なんだと?」

「お主とあの男の関係は知らぬが、お主の攻撃は一度たりともあの男に当たらない。違うか?」

「……なぜ分かる?」

「あの男は装備に頼っておらぬ。そればかりか、あの男から感じるのは魔族としての力である。それはお主も知り得ることではないのか」

「……あんた、ただの魔族じゃないな。確かにあいつはクオーター。四分の一が魔族だ。だがそれを封じ込めている化け物だよ」


 ふうむ。だからこそなかなか止まりなのだがな。

 内なる魔族の力を解放すれば、かなり強力な力も発せようが……しかしこやつはただの人である。

 並大抵の努力ないし勇者のような才覚に恵まれた力無くば到底敵う相手ではあるまい。

 意気込みは認めてやらんでもないが。


「なぜそこまでして奴に勝ちたいのだ?」

「勝つまで故郷には帰らねえ。そう自分で決めた。俺が魔族を憎んでるってのもある。あんたにつっかかったのもそれが原因だが、逆恨みだってのは分かってる」

「それだけか?」

「ああ。それだけだ。てめえの意地だよ。笑うなら笑いやがれ。あいつと同じ旅団に入って活動してんのも、その意地を果たすためだけだ」

「気に入ったぞヤザク。我が名は魔王ベリドーグ。我も意地っ張りである。おおいに笑ってやろうではないか。ぐわーっはっはっはっは! 何せ我はな。ただ己の創造するものの素晴らしさを知らしめるために道具を造っておる。お主と大して変わらぬ。認めてもらいたい。それだけである」

「魔王? あんたが? そんな風には見えないが……そうかよ。俺と同じか……ははっ。なんか少しすっとした。これまでの非礼を詫びさせてくれ。ドーグ……いや、ドーグの旦那」

「うむ。気にするでない。あの男に勝つのは大変な道のりであるが、我は幸いにも魔王である。勝つ手段が全く無いとは言うまい。まずお主を見定めるところから始めよう」

「俺を見定める? 一体何を……」

「案ずるな。じっとしておれ。我は道具と同じように生物、いや不死生物もを見定める。筋力、魔力、向いている方向性、得意となる武器、身に着ける防具、伸ばすべき身体部分などだ」

「おいおいドーグの旦那。そんなこと俺自身が一番よく分かってるぜ。得物は剣一択。防具は軽装で動きやすいものだろ」

「いいやまるで違うな。お主は槍使いである。足元は軽装で構わぬが、それなりに防具で受け、戦わねばならぬ」

「なんだと? 冗談はよしてくれ。重い装備じゃ動けねえだろう」

「ではお主、我にもアギトとにも一撃すら当てられぬであろう? それは防具をどれだけ軽くしても同じことである」

「重い装備にしたらますます当たらねーじゃねえか。それに槍ってのは間合いに入れず戦うもんだろ?」

「それはお主が攻撃するため近づかなければいけない間合いの武具や戦術を使っておるからそう感じるのだ。相手に攻撃させる。それを防具で受ける。受けとは相手の隙を作りやすい。隙が出来た相手を槍の範囲を活かし、逃げられる前に叩きのめす。これはシールドランス使いの戦法であるな」

「シールド……ランス使い?」


 ふうむ。詳しく話してやりたいところであるが、そろそろ戻らねばな。


「ヤザクよ。こうしよう。我の店で商品を買う。我はお主に助言をする。これを繰り返しお主の形を作っていくのだ。ある程度形になったら我の持つ能力でそれなりに戦闘出来るスケルトン集団と戦わせてやろうではないか」

「願ったりだぜ! 俺の目標……強くなる目標が出来るんだろ? のったぜ!」

「だが毎日来られてもこちらとしても困るのである。しっかりとお主のパーティーで稼ぎながら来るがよい。さぁ今日は戻るぞ」


 ふむ、そういって戻ろうとする我の背中に、照れながらも一礼するか。

 粗暴な男と思うておったが、なに。

 人の子の負けまいとする意気込みであったな。

 あの姿勢。懐かしく思う。

 我も父上に負けまいと……そう息巻いておった頃があったな。

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