第2話 美味ではないか
ダンジョンモールなど我の知る限りではどこにも存在しなかった。
世界を越える転移など……!
「モシャストラッピーですよ?」
「ベルゼハデス……なに? なんだその愉快な名前の世界は! 混沌と暗雲立ち込めるあの! 魔法こそ強大な力を持つベルゼハデスではないというのか!」
「もー。何言ってるんですか。それよりお客さん、すーっごく強そうな恰好ですね。漆黒の仮面に黒い鎧? 黒のネックレスに高そうな杖にマントも。指輪もつけてますね? でも売り物には出来ないなぁ……」
「うむ? そうか? まぁな。これは全て我が作った特別よ! ……!?」
「わ。すっごくお腹鳴ってますよ。大丈夫ですか?」
せっかく格好良く決めたというに、しまった。
勇者との戦いで猛烈に腹が減っておる。
いや戦いにはならなかったが……そうか、我が別世界とやらに来てしまったということは、我の結界やら自動回復設備やらはもう無いのか。
うむ、まずは飯を食わねば始まらぬな。
「娘よ。腹が減ったのだが食べ物はあるか?」
「ええありますよ。うちには食べ物少ししかありませんけど」
「ふむ。穀物が良い。手軽に食せるようなものはあるか?」
「お客さん。本当に知らないって感じですね。ここはダンジョンモールなんですから、あらゆる食糧が集まる最高のダンジョンモールなんですよ!」
「ふむ? この店には商品が少ししか売っておらぬように見えるのだが?」
「ですから……モールなんです。ここは私のお店。まだ商売を始めたばかりで少ししか売り物がないんですよ。他のお店に行けば沢山売ってたりします。えへへ……だからうちの店で無理して買わなくても。あっ!」
ほう。近づいてみるとこれは麦を焼き固めたものに甘いミツを塗りたくった食べ物ではないか。
どれ……なかなかだ。ふむ、隣のものは木の実を練り混ぜて焼き上げたもの。こちらも美味い。
ほうほう。こちらは肉類を挟んだものまであるではないか!
実に美味い!
「お客さん。その……」
「む。すまんな。あまりにも腹が減っておったのでついな。ではまた会おう!」
「お金、払って下さいーー!」
「ふうむ。我は魔王なのだが……そうか。ここでは正体を明かすわけにいかぬな。少々多いだろうが気にするな。とっておけ」
「なんですか? これ」
「それはハデス硬貨だ。この程度の食糧にしては出し過ぎ……」
「こんなもの使えるわけないじゃないですか! 私が焼いたパン、全部で二百二十レギオンです。払って下さい!」
「……レギオン?」
レギオンとはなんだ。ハデス通貨が使えぬとでもいうのか?
我ならこのハデス通貨に魔力を込めれば素材にすら変えられるというのだぞ。
そうか、まずは素材に変化させ、対価とすれば。
ふふふ、我としたことが。
「すまぬ。そのレギオンとやらは持っておらぬが珍しい素材で支払ってもよいか?」
「道具屋に置けるものであれば構わないですけど……」
「よし。我が力とくと見るがよい! 魔道変化、一の魔道。ハデス硬貨よ、みなぎる薬草へと変われ!」
……なぜ何も起こらぬ。そうか貨幣価値が合わぬのだな?
「魔道変化、二の魔道。ハデス硬貨よ、激動の薬草へと変われ!」
「あの……何してるんですか?」
「ま、魔道変化、三の魔道。ハデス硬貨よ、伝説の剣ギガインバイト・レプリカへ変われ!」
「いい加減にしてください! どうしよう。よりによって無銭客の人に売り物勝手に食べられちゃうなんて……」
「待て娘よ! 我は無銭客などではない。くっくっく。いいだろう貴様に我の名前を教えてやる。それを対価とせよ!」
「名前を聞いてお金を請求出来るんですか?」
「そうではない! 聞いて驚くがよい。我は魔王ベリドーグ!」
「マオ便利道具さんですか。変わったお名前ですね」
「便利道具ではない! ……ちょっと似ているが、我はベリドーグだ!」
「それで便利道具さん。勝手に食べたもの、どうしてくれるんですか?」
「ふむ。我にはあらゆる道具を生み出す力がある。貴様の欲する道具はなんだ!」
「お金です」
「む、むう。我は道具を生み出せるが金そのものを生み出せるわけではない」
「じゃあやっぱり無銭客じゃありませんか!」
「ええい、この魔王を無銭客呼ばわりするとは!」
「今月分の支払いを納められないと、ここで商売出来なくなっちゃうんです……」
膝から崩れ落ちてしまった。これはまずいぞ。
ここでスペルアイテムクラッシャーなど呼ばれでもしたら敵わぬし、逃げ道も無い。
ここは一つ穏便に済まさねばなるまい。
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