とある私の子たちの噺

巫茶屋の木

ある孤独な公爵の噺


ゼオロン・バルディラック。

俺の名前で付けてくれたのはちゃんと母親と父親で

兄さん達も、生まれてきた事を、喜んでくれたと聞いていたのに


どうして、こんな力なんて持って生まれてしまったのだろう。

俺は、悪魔らしい。俺の姿は何も幼い頃から俺のまま、なのに、なのにどうして。


今はもう、大人になって背が伸びた。社交界には、

両親や兄さん達で出るはずだった。いざ社交界に出るとなった頃には

母様も、父様も、兄さんたちも居なくて


何も、家族全員を連れていかなくたって良かったじゃないか。なぁ…名高い悪魔バティン


虚しい、父様まで失ったあの日から。

始めは兄さんだった、10も行かない歳の頃…8歳の頃だったかな。


「世界には色んな珍しい宝石があるんだって、なにかおまえ知ってるか?おれも知らないんだ、父様にきいてみよう!」


って、一つ上の兄さんが聞いてきたものだから俺もつい「父様はものしりだからきっと知っているよ」

なんて言いかけて、気づいたら意識は薄れて


『教えてやろう、お前の兄が知りたがっているのだから。さァ、言ってやれ』


なんて聞こえたと思ったら、それと同時に


「おれ知ってるよ、兄様、教えてあげる」


そう、言ってしまって。

今考えれば、どうしてそんな声が聞こえたのか。当時は分からなかったけれど、悪魔なんてものの言葉に振り回された。それを教えてしまったのは、兄から褒められたいだの、物知りな自分は凄いだろう、と自慢したかったのだろうか


そんな事じゃない、単なる優しさだった。

教えたら喜んでくれると、薄れた意識の中で残った言葉もの。そのまま教えればその通りで

兄さんは喜んでくれた、それはとても


「ゼオは凄いな!父様にもまけないものしりなんじゃないか?上の兄様や母様にも教えてやろう!」


そんな、無邪気に笑って言うものだから、薄れた意識が戻った時は兄さんがもう駆け出して部屋から居なくなっていたから

"ああ、喜んでくれたなら、よかったな"


そんな事、思うんじゃなかった。




───────その数日後、敷地内で兄さんの原因不明の遺体で見つかった。


見つけた時にはもう、冷たくなって、持ち上げたら、触れたら、崩れてしまうんじゃないか


そんな位、脆く幸せそうに横たわっていた事が


今でも忘れられない。8の歳で子供が、兄を亡くして、涙を流さない訳もなく、母様や、上の兄さんと一緒に泣いた。

葬式中泣かなかった父様、その姿を見てまだ"家族はいるじゃないか"と思えたからまだ幸いだった。


けど、喪主で公爵家の当主の父様は、式が終わった後、隠れて泣いていた事を、母様がこっそり教えてくれた。


[○月✕日、下の兄様がなくなった。おれのせい?]



葬式の日から数日、数週間と経って、やっと忘れかけれていた悪魔の事を、母様との話中に思い出してしまった。


ごめんなさい、ごめんなさい


きっと、きっとおれのせいだった。


そう、心の中でグルグル、グルグル回っていっそ気持ちが悪いくらいに、罪悪感で吐きそうになった。母様はその様子を見て、話を終わりにして背中をさすってくれたのを覚えている。


そのまた、数日後に、今度は上の兄様が言ってきた。


「彼奴、僕に珍しい宝石があると教えてくれたけれど、それを知ってるとは思えない…、ゼオから聞いたと言っていたし」


って、そうだよ上の兄様、俺が教えた。そのせいで下の兄様は居なくなってしまった、正直、言ってしまえばあの瞬間はかなり意識が薄なっていたからどうして自分がそんな事を知っていたのか、そのまま悪魔の声に従って言葉にしたのか…それは分からないままだった。


「ゼオ、彼奴に珍しい宝石を教えられるくらい物知りな子になったなんて知らなかったよ。…その、実は僕も知りたい薬草があって……。」


いやだ、言わないで兄様。

また、またあの声が聞こえてくるから

下の兄様を失って間もないのに、また兄様を失うのは嫌だと、そう訴えたかった。


でも出来なかった、あのあくまのせいで。


その何日か後、母様や父様に話して良い物を知っているなと、言って貰えたと、嬉しがっていた兄様は




──────────また、原因の分からぬまま、部屋の本棚の前で冷えて見つかった。


[‪✕‬月△日、上の兄様もなくなった、おれのせいだ。]



……どうして?どうして同じ歳の内に兄様を二人とも失わなければならなかったの?




そこから2、3年は音沙汰なくあの声が聞こえてくる様な出来事は無くて


12歳の年、俺が図鑑を見ていた時に母様が「この薬草は何と言うの?」と聞いてきた。

背筋が凍った様な感覚がしたけれど、あのあくまが話しかけてくる事はなかったから安心して、油断していたんだろう。


もうきっとあんな事は起きないんだって。




お付きの侍女が、12の年の終り頃、大きな病気にかかったと聞いた。お見舞いをしたり、その病気に着いて調べたり。

でもそれは国から指定されてる難病だった事、今治す術がない事、効く薬も効果が薄れ延命治療も困難な事。どれも、また別れを暗示する様な事しか調べても出てこなくて。



苦しむ侍女を見ると、もう楽にさせてやった方が良いのかもしれない。この世界にさようならを告げても許されるんじゃないかってそう思っていたけれど


母様はそうじゃなかったみたい、神に祈りながら侍女の病態が少しでも良くなるように薬の改善点を見つけようとしていた。


「母様、どうして…そこまで。」


そう聞けば「貴方の生まれた頃から世話をしてくれた子だから、助けてあげたいのよ」って


母様がそんなに気に病む事じゃない、そう言いたかった。けどそれは気持ちを踏み躙ることになりそうで言うのはやめた。


しばらくの沈黙の後、「神よ、私に知恵をお授け下さい…」と言ったと思ったら、「最悪、悪魔でもいいから、ゼオロンこの子にはあの侍女の子がまだ必要なの」って


俺の周りは、呪われているのだろうかとこの時以上に思ったことは無かった。


また、声がする

『母を助けたくはないか?お前の侍従が苦しみ、母までも苦しめている状況の打破をしたくはないか?』


────したくない、と言えばそれは嘘だった。



気がついて、はっとした時には母様に、効く薬草や、木の実、材料になるものとその薬を作成する工程の全てを話していた。


「ありがとう、ゼオロン」


ああ母様、その言葉が俺にはとても重く感じてしまうよ。


そこから1ヶ月経った頃、薬が完成して侍女は仕事へ無事復帰。今までより元気そうでこちらの結果的には良かったんだろう。


代わりに、母様が今度は心不全で倒れ、亡くなってしまった。


[□月○日、侍女は治ったけど、母様が亡くなった。

やっぱり、俺のせい。]


………これで、公爵家バルディラックは俺と、父様だけになってしまった。





父様は母様を深く愛していた、息子である俺たちと同じくらい、もしくはそれ以上に。


流石の父様も、式中ずっと涙を流していた


ごめんなさい、ごめんなさい父様


俺のせいで兄様達も母様も失ってしまって



それでも、疲弊しても、俺が独り立ちするまでは…と呟いていた


でも、次は父様の番だとしたら



いつか、俺の番も来るんだろうか。



兄様を失ったその時からおれの魂は蝕まれていた。


母様を失った、この時も、ズズ…ズズ………そう、少しずつ





────その、翌年。


父様は命に関わる大怪我をした。



当主としての仕事をしながら俺の面倒を見てくれていた父様、その疲れが出たんだろうか


馬車で屋敷へ移動しているその途中、通った崖が崩れて馬車と馬と、父様ごと崖の下へ落下したらしいその落下で、馬車は半壊、馬は当たり所が悪く…。



……父様は肋骨を骨折、その折れた骨が肺に突き刺さり病院送りの重体。



医者が直ぐに治療をしようとしても、父様は最後の最後までそれを拒絶した。


「…父様、きっと疲れのせいです。働き詰めで馬車もきっと運が悪かった、そうでしょう…………、ね?」



そう、思いたい、いや思わせてくれ。公爵家の人間は貴族であるがために少なからず恨みを買ったり、大きな嫉妬を生み出すことがある。


そんなもののせいで父様が死ぬなんて考えたくなくて


『可哀想に、可哀想になァ……なァゼオロン?侍従の時の様に楽にしてやりたいとは思わないか。』


うるさい


『肋骨が肺にぶすり…これは助からないだろう』


煩い


『もう、時期に死が迎えにくる事だろうな』


黙れ


『父の為に、願いを叶えてやりたいならそうしようじゃないか』


…お願いだから、黙ってくれ。





悪魔に怒りをぶつける様じゃ、本来なるべきだった貴族の姿とは程遠い。ダメだ、冷静にいこう。


「────………ゼ、オ…」


父様、話さないで


「…………お前に、老いぼれのわがまま…を言ってもいい、だろうか」


…なぁに、父様?俺に出来ることなら、父様のためならなんだって



「────…お願い、だ、…妻の、生前好きだと言っていた…宝、石と、花…を教えてくれ」


そんな事なら、教えられるよ

母様の好きだった宝石と花は────


「そう、か…もう、じき死ぬだろうから、出来ること、ならそれらに…包まれて───」


"死んでいきたい、なぁ"



現実を打ち付けられた、もう父は長くない。父様の願いは"コレ"だ、叶えたい、父様の、家族の


────最期のネガイ






これが決め手になった。俺の魂は悪魔に蝕まれ、塗り替えられた、"人"から「悪魔」に。




[○月□日、家族が全員死んだ、亡くなった。

俺一人だけが残った。]


その瞬間、俺は孤独になった。


ー[end]ー



────オマケ────



小高い、いつかを家族で暮らしていた屋敷のみえる丘の教会の敷地内。


俺は、家族の墓参りに来ていた。

あの時、母様に助けられた侍女と一緒に。


「父様、母様、兄さん達、今日も月が綺麗に昇っているよ。…度々ここに来ていたよね、ここなら一人じゃない気になれるんだ。」


天から四人がこの様子を見ているならどう思うだろうか。墓参りに来てくれたと思うかな。…それなら、いいな。




下の兄さん、いくら何でも死ぬ時にあの顔はズルくないかい?


上の兄さん、いつか立派な薬師になりたいと言っていたのに、ごめんね。


母様、侍女の彼女を助けてくれてありがとう。



父様、俺は、貴方の息子で良かったかな。まだバルディラックを名乗っても許されるかな。



結局、全員俺に殺された。


「そうだ、今日は土産話があるんだ。少し、長居をするね」


四人分の名が刻まれた墓石の前へコートが地面へ触れるのも構わず座り込んだ俺は、つい最近の出来事を話した。




「俺、こんな年になってから友達が出来たんだ

可笑しいのって兄さん達は笑っているかな

俺は悪魔になってしまったけれど、同じ様な境遇の人が居てさ、時々お邪魔する館の住人同士でね、人間だと思ったら半妖だって言うんだ。」


「綺麗な金色の髪をしていてね、優しい人だった。久しく「友達になろう」なんて言われた事がなくて、随分驚いたよ。」



一人に慣れたつもりだったのに、結局誰かが居ないと心寂しくなってしまう様な、そんな人間だから。


とても嬉しかった、あの子にはケーキでも作って持っていこうかな。


「もう一つ話があって、聞いてくれるかな?同じ悪魔の子で、くすんだ青色の髪が綺麗で白い目が良く似合う女の子と良く一緒にいるんだ。」


「俺に対してツンツンしていたり、でもケーキや紅茶を出すととても喜んでくれるいい子なんだよ?時々拗ねさせてしまう事もあるけど、仕方がないなぁって思いながら、愛おしく思う。」


父様が母様に想う気持ちもこんな感じなのだろうか。もしそうなら、ようやく誰かを愛せるかもしれない。


気がつけば、涙を流しながら話していたみたいで侍女があわあわとしていた。


もう…涙を拭われるといつまでも子供の様な気がしてしまうから、出来ればやめて欲しいんだけどな。




「────父様、母様、兄様。俺はまだきっと長く生きると思う。また機会があればここに寄るよ。」



頑張って、生きていくよ。



どうか、天から見ているのなら


生きている事を、喜んでくれるなら見守っていて。


皆を早くに死なせてしまって、もし恨んでいるなら




どうか、どうか……お願い、俺だけを、呪って。



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