第4話 強さ

「……お……終わったぁ~……!!」


 ユリンは最後の豚頭を屠ると、すでにへたりこんでいるオリオのそばにすとんと腰を下ろす。オリオの斜め前に向かい合うようにあぐらをか……こうとして、紆余曲折を経て脚を投げ出すように座った。


 ユリンの疲労はオリオからもらった砂糖菓子と水でずいぶんと軽減されていた。《聖水の加護》も若干ながら発動している。結局、残っていた魔物の群れのほとんどはユリンが倒してしまった。一方、オリオはユリンが動けない間はかばってくれていたものの、ユリンが動けるようになってからは回避に専念していた。それでも少年の息は絶え絶えだ。


「……はぁ……はぁ……お……おつ……」

「え……と……ボクは後でだいじょーぶ……」

「……は……ひ……」


 お疲れさまと言いながら水を差し出したかったのであろうオリオに、ユリンは困惑した笑顔で答える。オリオの眼鏡は彼から立ち上った湯気で白く曇り、涙のように溜まった汗のところだけが透けていてまだらだ。水筒の水を浴びるように飲むオリオの喉仏が上下するのをユリンはぼんやりと眺める。


「え……と……ありがとね……しょーじき、危なかった……」

「……はっ……ごふっ……」

「あ、ご、ごめっ……返事は後でいいからとりあえず、ボク、喋るね」


 オリオは水を飲みながら答えようとしてむせ返った。慌てて背中でもさすろうかと立ち上がりかけたユリンをオリオは手で制する。


「オリオくん、その……どうして……」


 ボクを助けてくれたの? ユリンは率直に思う。自分の目的のためにダンジョンに潜る冒険者だが、利害からパーティーを組むこともあるし、助け合うこともある。だが、あの状況、ユリンの体調の回復が少しでも遅ければ、共倒れになっていたのは間違いない。ユリンはオリオの服ににじんだ血をちらりと見た。すでにユリンが治療して傷も残っていないが、十分命に係わるレベルの負傷をオリオは受けていた。オリオにそこまでする義理はなかったはずだ。


「……う~ん、勝手に身体が動いたというか……」

「んん~……」


 口元の水を拭いながら、オリオは数秒考えた後、答える。差し出された水筒をユリンは眉根を寄せながら受け取った。確かに、であったなら、ユリンはオリオを助けただろう。だが、自分がオリオであったなら? ユリンは正直、あの場に飛び出していける気がしなかった。


「オリオくんは……強いんだね……」


 思わず口からこぼれた言葉に、ユリンは耳が熱くなるのを感じた。


「いや! 俺なんて、全然……」

「だ、だ、だ、だって! ほら! 最初にでっかいブタさん倒したとき! いきなり出てきたんでびっくりしたよ! 全然気配感じなかったし!」


 ユリンは思わずごまかしていた。耳の熱さに何か認めがたいものを感じていた。


「ああ、あれは~……企業秘密ですね」

「へ、へえ、そうなんだ!」


 オリオがわざとらしくミステリアスな笑みを浮かべる。ユリンも釣られて笑った。


「えっと、ボク、アイツらに荷物取られちゃってて……見つかれば、少しはお礼できると思うから」

「いや、俺は、別に、お礼なんて……」


 ユリンは立ち上がってふんわりしたパンツの砂を払った。オリオもつられて立ち上がる。ここが魔物たちの巣であるならば、ユリンの荷物もここに運び込まれているはず。探し始めてすぐそれは通路の片隅に積み上げられたゴミの山の中で見つかった。


「あった! ボクの荷物!」


 ユリンは頭陀袋をひょいと持ち上げた。だが、それは意外に軽く……。


「底が、抜けてますね」

「え……えぇ~……」


 袋を横にして、のぞき込んだユリンの眼がオリオの眼と合う。しばらく、ゴミを漁ってみたが、結局、ユリンの荷物や役に立ちそうなものはほとんど見つけることはできなかった。


「うぅう……ボクのごはん……」

「地図帖もありませんでしたね……」


 携帯食に地図に火起こし、ダンジョンに挑むうえで必要な装備をすべて失ってユリンはしょんぼりとうなだれた。これでは単独で地上に脱出することすら危うい。


 キュウ


 タイミングよくユリンのお腹が鳴る。力なく笑うユリン。


「軽く何か食べて休みましょう。俺、食べ物には余裕がありますので。なんせ、商人ですから」

「……うぅう……ある時払いで……」


 二人は安全に休める場所を探して歩き始めた。

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