第3話
彼から手紙が来なくなった。
僕が手紙を出した季節から数ヶ月、世界は気がつけば冬へ移行しようとしている。
手紙の事故だろうかと思い、郵便局に問い合わせてみたけれど不備はないと言っていた。
もしかして手紙で失礼な事を書いてしまったのだろうか。それとも僕との手紙を疎ましく思って筆を置いてしまったのだろうか。
いや、学業が忙しくて手紙を書く時間すらないのかもしれない。誰にでも優しく頭の良い彼の事だ、生徒会長になって慌ただしく過ごしているのかもしれない。それか、ああ、まさかまさかまさか彼女でもできて心がそちらに振り切っているのかも。彼の彼女だ、それこそ学園一のマドンナかも、いや、そんなに派手な子はタイプじゃないと言っていたら心が非常に優しくて真摯に彼と向き合ってくれるような子なのだろう。それでもまめな彼の事だから葉書の一枚くらいは出してくれる筈だ。なのに音沙汰がないなんて一体どうしてしまったんだ。彼の住所に行ってみようか、迷惑になるだろうか、いや、元同級生が会いにいくんだから迷惑だなんて思わないだろう。きっと普段の穏やかな笑みを浮かべながら「来てくれたんだね。ありがとう」と優しく言ってくれるに違いない。そうとなれば手紙を持って、明日にでも行ってみよう。平日だから学校に直接行ってみた方がいいだろうか。
僕はベッドから起き上がり慌てて彼の手紙が保管されいる机へ駆け寄ると、乱暴に引き出しを開け手紙を取り出しアドレスを確認すると住所もしっかり書かれている。これならば現地に行ったとしても迷う事もないだろう。
でも。
でも、もしも本当に飽きられてしまって手紙を出さないのだとしたら、迷惑じゃないだろうか。彼に拒否されてしまったら?もう来ないでくれと面と向かって、はっきり言われてしまったら僕はどうしたらいいのだろう。
そう思った瞬間に先ほどまでの気持ちは萎み、それと同時にその場に座り込んでしまった。
「どうしたら」
姉ならばどうするだろうか、姉ならば相手の気持ちなど二の次三の次で彼の家まで肩で風を切りながら出向くだろう。だが僕にはそんな勇気などなく、こうして手紙を握りしめ立ち尽くすしかない。
お願いだから手紙をくれないか、遅れてごめんと一筆書いてくれるだけで僕は安心するんだ。
「ねぇ、私の髪飾り知らない…って、どうしたの?お腹でも痛いの?」
不意に姉の声がして振り返ると、ノックもなしに僕の部屋へズカズカ入ってくる姿が目に入った。
「ねぇったら」
眉を下げ、僕が寝転んでいるベッドに腰掛けると優しく背中を撫でてくれるその手つきからは普段の姿など思いつかない位だ。
「いじめられたの?誰にやられたの?お姉ちゃんに言ってごらんなさい、やっつけてやるんだから」
「…いじめられてなんかないよ。ただ、手紙が、来なくて」
「手紙?」
「彼から、の、手紙が、来なくなって。どうしたら、僕、嫌われてしまったんだろうか。それともたんに忙しいだけなのかもしれないけれど。姉さん、僕、どうしたらいいんだろうか」
「彼って、だぁれ?」
「僕の大親友で、大事な人。引っ越してから欠かさず手紙のやり取りをしていたのに」
優しく頭撫でていた手が止まった。ベッドに埋めていた顔を姉の方に向けると、姉は不思議そうな表情をして僕を見下ろしている。
「姉さん?」
「あんた、その子が好きだったの?」
好き、という言葉に思考が止まる。
僕は彼の事を愛していたのだろうか。否、友愛として好きなのであって、恋愛として好きではない。
でも、彼のまつ毛の先や物を取る指先、僕を呼ぶ少し癖のあるハスキーボイスも愛おしくて、出来るなら僕を見つめていて欲しいし真っ先に誰よりもその声で名前を呼んでほしいのだ。
それこそ彼の足に繋がっている赤い縄の行く先が、僕の足に繋がっていてほしいと願ってやまないくらいに愛おしい。
そんな思考が頭を支配するくらいに彼を好いている。でも、そんな事はダメな事だと理解はしている。理解していても気持ちはどうしても前を突き進んでしまう。
「ねぇ、答えなさい」
「好き、だよ。赤い縄で結ばれたいくらいに好きだよ。姉さんからしてみたら頭おかしいと思うかもしれないけれど!それでも僕は彼が好きで愛おしくて堪らないんだ!!
許されるのなら、添い遂げたいとすら思ってる!」
姉は真っ直ぐに僕を見つめたままだった。きっと家族の中から頭の狂った輩が排出されてしまったと思っているに違いない。父に言うべきか、母に言うべきか思案しているのだろう、唇は開く事なく閉ざされたままだ。
「なんだよ、父さんにいうなら言えよ。そしたら僕はこの家を出て行って、彼に会いに行くんだ。そして彼と暮らす、彼なら僕を受け止めてくれるって決まっているから」
姉は相変わらず黙ったまま僕を力強く気高い瞳で見つめてくる。やめてくれ、貴女と比べられるのはもう嫌なんだ。どうして周りは姉と僕を比べるんだ、どうして姉が易々とできた事を僕までできなければならないんだ。
だけれど僕は彼女の瞳から目を逸らす事も許されず、親に悪戯がばれて怒られるのを待つ子供のようにただ待つことしかできない。
「あんた、そんな夢物語な事を考えていたの?」
「え?」
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