死神恋愛体質

春雷

第1話

 はじまりは遠い昔の話だ、と彼は言った。 

 しみったれた安さだけが売りの汚ねえ居酒屋で、カウンターで一人、酒を飲んでいると、隣に座った客に話しかけられた。彼は六十代後半の、どこにでもいる、ありきたりな風貌の男だ。

「遠い昔の話だ」と男が言う。「俺がまだ若かった頃、色々と無茶な遊び方をしてなあ。七股かけたり、八股かけたりしてたわけよ」

 ヤマタノオロチの話ではないだろう。恋愛の話だ。好かん話だが、俺は黙って聞いていた。

「で、その内の一人が妊娠してな。そこで俺はハッとして、そいつと結婚し、他の女と会うことをやめたんだよ」

 それは偉いというよりも、当然の行動に思えた。そもそも以前の行動が異常だっただけなのだ。

「しばらく結婚生活は続いて、息子も小学校へ入学するって時に、俺に隠し子がいるみたいな話が出て来て、色々ごちゃごちゃ揉めて、結局離婚しちまったよ」

 俺は彼に同情することはできなかった。自業自得、と言わざるを得ない。

「そんで、そっから7、8年くらい経って、またロクでもない暮らしに戻ってたんだが、突然、息子が俺の下に訪ねて来てな。こう言うんだよ。『母さんが死んだって』。俺はどういうことだと訊いたら、母ちゃんが過労で倒れて、そのまま死んじまったということらしい。それで、母ちゃんが働きすぎるまで働かなきゃならなくなったのはお前のせいだ。お前を殺すって言うんだよ」

 俺は、ぬるくなってしまったビールを一口飲んだ。まずい。

「ナイフを持って襲いかかって来たからよ、なんて言うか、昔、喧嘩とかよくやってたからよ、その、反射的にそのナイフ奪って、息子の首元にナイフを刺しちゃったんだよ」

 その男の顔が苦痛で歪む。後悔しているのだろうか。

「それでどうしようと思った。息子は明らかに死んでいるわけで。警察に自首しようかなって。でもその勇気も出なくって、トラックの荷台に息子の死体を積んで、山に行ったんだよ。死体を捨てるためにな」

 俺は時計を見た。男の話はいつまで続くのだろうか。

「いざ死体を山に捨てようという時になって、夜だったからよく見えなかったんだが、懐中電灯で照らすと、隣に女がいて、そいつも山に死体を捨てに来てたんだよ」

「それはすごい偶然だな」と俺は言った。別に本気でそう思ったわけではないが。

「初めは二人とも警戒してたんだが、話していくうちに惹かれあって、恋人になったんだよ」

 まったく恋愛体質な男だ。どこからそんな感情が湧いてくるのか。

「3年後には結婚の話も出たんだが、運の悪いことに、彼女が人を殺したことが露見してな。捕まってしまったんだ。せっかく出会えたのに。俺は悲しみに暮れたよ」

 自業自得だろう。

「彼女は獄中で病気になり死んじまった。それから俺は何人もの女と付き合ったが、みんな不幸な結末を迎える。それでこの歳になってようやく気付いたんだ。

 俺には死神でも憑いてんじゃねえかって」

 おれは黙っていた。そしてぬるいビールを飲み干した。

「あんたの顔、どっかで見たことあるんだ。それも俺が若い頃に。でもあんたはあの頃と変わらず、年を取ってねえ。もしかして、あんた・・・」

 俺は彼の顔も見ずに、こう言った。

「あんたは勘違いをしている。あんたに死神は憑いていない。ただあんたは、死神に惹かれる性質を持っているらしい。あんたが付き合って来た女には全員死神が憑いていた。それはあんたが好き好んで死神憑きの女と付き合ったからだ。以前、俺の顔を見たと言う。それは確かなことだ。俺はあんたが初めて付き合った女に憑いていた死神だったからだ」

「それじゃあ・・・」

「その後もそうだ。俺が憑いている女にお前は近寄って来た。俺は何度もあんたの顔を見て来た。うんざりするほどにな」

「俺が惚れていたのは・・・、あんただったのか」

 聞きたくないセリフがとうとう出て来たので、俺は席を立った。彼を殺す権利を俺は持っていない。ここで逃げても、またどこかで会う可能性は高い。

 俺は頭を振った。

 はじまりは遠い昔の話だ。これはいつまで続くのだろう?


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死神恋愛体質 春雷 @syunrai3333

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