第1話 現実との距離感と照れ隠し
「まず、私はここから違う異世界と呼ばれる世界から来た」
斉藤茜、自己紹介の時にこんな厨二病女子がいた記憶はない。
「どうやらこの世界には魔法の存在が抹消され、生物の自由意志で機能しているらしい」
俺はうろ覚えの自己紹介の順番を思い出そうと名前を並べた。
青山、秋山、伊沢、伊藤、小川、尾崎、栗田、結石、古賀、小林、小塚、佐藤、、、?
「この認識であっているか?」
まて、斉藤なんていた覚えないぞ。
「ちょっとまった。クラスに斉藤茜なんていなかった、クラス紹介では小塚の次は佐藤だった筈だ」
「多分この斎藤茜は途中から学校に来たのだろう、自己紹介の後、つまりは君が寝ている間のどこかでね」
「そんな、だって自己紹介の後は先生が少し話してすぐ終わりの筈じゃないか。放課後にでも態々来たというのか?」
「そういうことじゃないか?」
「いや、そういうことじゃないか?って。貴方が斎藤茜なんですよね?自分のことがよくわからない筈ないでしょう?」
「だから私は斎藤茜ではなく、シルヴィーだ。正確には斉藤茜の人格に憑依した存在だから斉藤茜とも言えるが、意識は斎藤茜のものではない」
「そういう設定はいいから、斉藤さん。貴方は一体いつ何のために学校に来て、机の上で堂々と寝てたのですか?遅刻にしては余りにも辻褄が合わない」
「信じてもらえていない様だ。ならちょうどいい、証明がてら魔法を試してみよう」
斉藤はそういうと突然うめき声を上げ、次第にその声は時に犬、時に雀、時に鯨、時に牛、時に蛙、時に猪、時に蛇、と凡ゆる動物の鳴き声へと変化していった。
段々と彼女の目が赤黒く輝き出し、包帯が巻いてある左手が震え始めた。
俺はその迫力に圧倒されて何もできず数秒間が経過すると、突然斎藤の腹あたりの位置に黒い渦が巻き始めた。
斉藤が出す凡ゆる声は徐々に混合し始め、最後にはノイズになりすっかり何の声なのか聞き分けることができなくなった。
暫くその状態が続くと突然線を切られたかの様にプツリと声が止んだ。
俺は恐ろしくていつの間にか目を瞑っていたが、慎重に目を開けて彼女の方を見てみると彼女は手の平よりも少し大きい水晶玉の様な物を持ってじっとこちらを観察していた。
「な、何だったんだ?」
人間というのは本当にすごい物を見せられても大体こんな反応しかできない。
「やっと、目を開けたか。待ちくたびれたぞ」
彼女はご機嫌そうだ。
「まあ、それはそれとして魔法の使用はどうやらこの世界でも可能らしい。単純に君達が魔法の使い方を知らないということだな」
彼女は指で膝の上にある球体の方へと視線を誘導した。
「それにしてもこの世界の女性は随分動きやすそうなズボンを履いているな、そこまで動く事もないだろうに」
俺は球体ではなくスカートの方を意識して見てしまった事を心の中で静かに恥じた。
「これで証明になったかな」
突然球体が姿を消すと、彼女はしてやったりといった表情で俺の顔を覗き込んできた。
俺はできるだけ動揺しない様に注意した。
「あんなの見たことないし、種や仕掛けが何やらの問題ではない事はわかった。たが、」
だが色々疑問がある。
仮に彼女が本物だったとして、一体何処からきて、何故意識だけが斎藤さんに移ったのか?
そしてどうやってその状況を理解したのか?
彼女は何が目的でこんな魔法を一般人の俺に見せてきたのか?
一体彼女は何者なのか?
そして斎藤さんは何処へいったのか?
そもそも斎藤さんは何者なのか?
「まあ、質問は色々あるだろうがそろそろ時間がない。また明日の放課後この保健室で会おう」
「まて、時間がないって何だ?色々疑問点が多すぎる」
「えっ?」
「いや、えっ?って。え?」
「あのう、どなた様ですか?私は一体何を?」
その瞬間すぐに確信した。
彼女は本物であり、そして彼女は今存在しない。
この人こそが斎藤茜だ、明らかにさっきとは表情が違いすぎる。
「あっ、ここって保健室ですか?本当に私は何をって、、えっ?」
心配ながらも穏やかな表情をした彼女は自身の左手に巻き付いている包帯を見た瞬間突然焦り始め、右目に付いている眼帯に触れた瞬間もはやパニックに近い状態になった。
「えっ?、、何故、私こんな、、えっ!、なんで、こんな格好を?!、えっ?、、、もしかして見たんですか?」
俺は何が何だか理解できず、正直に答える事にした。
「見たも何も、自分から積極的に身につけてましたよ」
「すみません、出てってください」
あまりに彼女が落ち込んでる様だったので、俺はすぐ廊下に出たが。
彼女にも聞きたいことが幾つかあるため廊下で待っていると保健室から彼女がそっと出てきた。
「さっきは、ごめんなさい」
そう言って彼女は深く一礼した後、色々と事情を話してくれた。
入学式は欠席する予定だったこと。
だが突然このままではダメだと思い、学校に駆けつけたら教室には俺しかいなかったこと。
俺を起こす勇気も先生に報告して学校を見て回る勇気も動機もなく、彼女はただ自身の指定席で桜を見ていたらいつの間にか寝ていたこと。
中学校時代、自身の厨二病のせいであまりいい学校生活が送れなかったこと。
高校では厨二病を封印して皆んなと仲良くしようと深く決意したこと。
などと初対面とは思えない程色々と話してくれた、多分人との距離感もよくわからないのだろう。
シルヴィーのことについては心当たりがないように見えた為、とりあえず眼帯と包帯については俺が誤解されない程度に適当を言って誤魔化した。
そんなお互い距離感の掴めない会話に夢中になっていると、いつの間にか学校の門は既に背後にあり、帰り道が逆だった為お互い何故か突然気まずくなり、無言で別の方向へと歩き出した。
「あ、あの!もしよければ友達になってくれませんか!」
俺はどこか後悔した様な失望感に溺れかけている中、突然最近聞いたこともない大きな声に驚いて後ろ振り向くと、恥ずかしさで顔が真っ赤になった彼女がこちらを向いて突っ立っていた。
「と、友達に、に、、」
「大丈夫です。聞こえましたよ!」
俺は彼女に思いっきり学業御守を投げて、彼女は「えっ!?」っと驚きながらもお守りを両手でキャッチした。
「それあげます、これからよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!、、あっ!こっ、これ!ありがとうございます!」
彼女は両手で持った学業御守を大事そうに見せてきた。
この時俺の心がガキの頃振りに弾んでいたのは、多分桜が異常な程に綺麗だったからだろう。
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