第22話 角と羽


 団長のクリスタルの魔術で、皆、動くことが出来ません。


 また矢が飛んできました。

 ぱしっとピーチマンが矢を受け取って、ぽいっと放り投げながら歩いて行きます。


『なあーに。君なら勝てるさ』


『どうかしら。がっかりさせたくないけど、実を言うと全く自信ないの』


『耳を貸せ』


 こそこそ・・・

 ピーチマンが内緒話をすると、伯爵が驚いて目を丸くしました。

 ピーチマンは驚いた伯爵にウインクしました。


『って事さ! さあ、全員武器を構えるんだ! 攻撃準備!』


『おっしゃ!』『はいっす!』『任せろ!』『おう!』


 皆が武器を構えました。

 ピーチマンもすらりと剣を抜きました。


『どうせ負けたら死ぬんだ。やるしかないなら、試してみようぜ!』


『分かったわ。合図ちょうだい』


『オーケー! 皆、合図で行くぜ! 3、2、1、ゴー!』


 ぱ! と全員が走り出しました。


『ふっ』


 団長が鼻で笑ってクロスボウを向けました。

 しかし、引き金を引こうとした瞬間、驚いてしまいました。


『あっ!?』


 どすん!

 大きな音がして、団長の周りの水晶が消えました。


 どすん! どすん!

 他の水晶も消えていきます。


 ピーチマン達が走ってきます。


『馬鹿な!』


 慌てて引き金を引きましたが、大佐が剣を振ると、かきん! と矢が弾かれました。


『もらったあーっ!』『ひゃーっひゃひゃはー!』


 ドンクロウとバットが飛びかかりました。


『畜生っ!』『やっぱりかよ!』


 団長の服は斬れましたが、1滴も血が流れません。


『どけえーっ!』


 大佐が凄い高さから剣を振り上げて落ちてきます。

 ぱぱ! とドンクロウとバットが横に避けました。


『ちっ!』


『うぐっ』


 団長が腕を振ると、大佐が横に吹き飛ばされました。

 大佐がごろごろと転がりました。


『外道が!』


 鬼が金棒を振り上げて跳んで行きます。

 どすん!

 凄い音がして、団長の足が膝まで地面にめり込みました。

 なんと鬼の金棒をクロスアームブロックで受け止めています。


『痛いわね!』


『ナイスだ!』


 ピーチマンの声がして、ぱっと鬼が横に飛びました。

 大きな鬼の背中の後ろにピーチマンがいました。


 ばすん!


 大きな音がして、団長の腕が斬れました。

 右手の肘から先が地面に落ちて、血がぼたぼたと流れ出ていきます。


『ち!』


 団長が顔を歪めて斬れた腕を拾いました。

 斬れた所に腕を付けると、ぴったりくっついてしまいました。


『くそ・・・』


『最後だな、団長。俺は女は殴らないが、殺しはするぜ』


 後ろからピーチマンが団長の首に剣を当てました。


『腕は見事にくっついたな。首を落とされてもくっつけられるか、試してみるか』


 前では鬼が金棒を構えています。

 横には大佐、ドンクロウとバットがいます。

 向こうから伯爵が歩いてきます。


『お姉ちゃん。お祈りするつもりなら、待ってあげる』


『ふうーん。気が利くじゃない』


『誰だって、死刑囚には優しくなるのよ』


『うふふ。でも、死ぬのはどっちかしら』


 ばん!

 また水晶が生えました。

 ですが、すぐにどすん! と消えてしまいました。


『地面・・・こんな簡単な魔術で・・・』


 伯爵は土に穴を開けただけだったのです。

 水晶は地面から生えてきますから、穴を開けてしまうだけでなくなるのです。

 これは土の魔術の初級で、魔術師なら誰でも出来る簡単な魔術です。


『死ぬのはあんたさ。おっと、飛ぼうとしても魔術を使おうとしても無駄だぜ。

 俺の剣の方が速いのは分かるよな』


 伯爵は馬車の近くに倒れている筋肉獣人の手から剣をもぎ取りました。

 そして、団長の前までゆっくり歩いてきました。


『お姉ちゃん』


『シバン。私の角と羽、持っていきなさい』


『ありがとう』


 伯爵が剣を振りました。

 団長の首が落ちました。

 血飛沫がピーチマンの顔を真赤に染めました。

 伯爵の顔も血で染まりました。

 かかった血の上を涙が流れて、涙の筋が出来ました。



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『こーれからどおすっかなあー』


『だよなあー』


 ドンクロウとバットが寝転んで、ぷちぷちと草をむしっています。

 伯爵は団長のお墓を作って、膝を付いて祈っています。


『大佐あー。傭兵団、どうするんですか』


『さあな。幹部連中が決めるさ』


『次の団長、早く決めねえと』


『そうだな』


『ピーチマンさん、どうするんすか』


『一旦実家に戻らないとな。親父に謝らないといけない』


『何を謝るんすか?』


『親父が苦労して探してくれた魔族でも入れる傭兵団、潰しちまったんだ』


 大佐が怪訝な顔をして、


『魔族でも入れる傭兵団? ちょっと待て。お前、もしかして魔族か?』


『そうだよ。知らなかったのか?』


『ええっ!? 聞いてないすよ!?』


『聞かれなかったからな。大佐、書類は提出したが、見てないのか?

 あんた、少しは新人の事を知っておこうとは思わなかったのか』


『す、すまん・・・人族にしか見えなかった』


『あのなあ。人族で俺みたいに強い奴は中々いないと思うぞ』


『自分で強いなどとよくも平気で言えるな』


『実際に強いからな』


『お前には謙遜の心はないのか?』


『さあな。どこに落としたか忘れちまったよ』


 後ろであぐらをかいていた鬼が、ばちんと手を叩きました。


『おい。ピーチマン』


『なんだい』


『お前、嫁はいるか』


『いるわけないだろ。まだ・・・16? 17? まあ20前って事は確かだ』


『よし! お前、俺の娘を連れて行け』


『幸せな結婚生活なんて、俺には似合わんさ。

 夜は素敵かもしれないが、昼は退屈過ぎて太っちまいそうだ』


『そうか。気が変わったら来い』


『デートならいつでも歓迎するがな』


『では連れて行ってデートしろ』


『またな。しばらくは無理だぜ。俺も忙しくなっちまった。

 親父に謝りに故郷に戻って、また傭兵団に戻ってきて、大佐に夜這いしないと。

 あんたも村の復興しなきゃいけないだろ』


『そうか。では仕方ないな』


『夜這いなどするな!』


『俺が夜這いに戻るまではスキトロウに居てくれよ』


『貴様、次は何を投げて欲しい。槍か。斧か。ハンマーか。用意しておいてやる』


『キスだ。キスを投げてくれ』


『口の減らぬ・・・はっ』


 大佐が敬礼しました。

 伯爵が団長の羽と角を抱えて歩いて来ました。

 鬼も立ち上がって頭を下げました。


『大佐』


『は!』


『持ってて』


 伯爵は大佐に羽を渡しました。

 そして、頭に角を付けて、魔術を使いました。

 すると、伯爵の頭に角がくっつきました。

 次に、上着を脱いで、シャツも脱ぎました。

 そして、後ろを向きました。


『背中に傷痕があるでしょ』


『は』


『そこに羽の根本を当ててちょうだい』


『は』


 大佐が羽を背中に当てました。

 伯爵は背中に手を回そうとしましたが、手が届きません。

 ピーチマンが肩に手を置きました。


『ちょっと痛いけど我慢しろ』


『頼むわ』


 ピーチマンがぐぐっと伯爵の肩を押しました。

 何とか羽に手が届きました。


『い・・・』


 伯爵が魔術を使うと、羽がくっつきました。


『離して』


『ああ』『は!』


 ピーチマンと大佐が手を離しました。

 伯爵が軽く力を入れると、羽が広がりました。


『いたた・・・ふう。私、この姿でいこうと思うの』


『似合うぜ。バッチリだ。スーパーモデルが歯ぎしりしてるぜ』


『変態。シャツと上着の背中に穴を開けてちょうだい』


 ピーチマンは伯爵の上着とシャツを拾って、ふわっと投げました。

 ぱぱっと剣を振って、上着とシャツがぱさっと伯爵の頭に落ちました。

 そして、剣をしまいながら言いました。


『ところで、俺は女の着替えを手伝うのは剣より得意なんだが』


『平気よ。慣れてるから』


 伯爵はもそもそと羽を背中の穴に通して、シャツと上着を着ました。

 もう一度、羽を広げて畳みました。


『帰りましょう』

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