第21話 貴方は悪魔


 団長が乗っている馬車の近くまで来ると、筋肉の獣人が剣を抜きました。

 鬼がむかっとして金棒を振り上げました。

 ピーチマンがすたすたと歩いて行きます。


『やめとけ。給料安いんだろ』


『死ね!』


 ピーチマンが剣を振ると、筋肉獣人が肩口から血を吹き出して倒れました。


『ボーナス前だったら悪かったな』


『・・・』


 馬車の反対側から、もう1人の護衛が出てきました。

 護衛が笠を取ると、あっ! と大佐が驚きました。


『ピーチマン! 待て!』


『はあー? これからかっこよくキメようってのに』


『そいつはまずい! 伯爵! 魔術』


 ぴ!


『あらっ』


 ぱらりとピーチマンの前髪が落ちました。

 もうピーチマンと護衛の間は一足一刀です。


『む・・・む・・・』


 大佐が冷や汗を垂らしました。

 伯爵も、ドンクロウも、バットも、鬼も目を丸くしました。

 護衛の剣は誰の目にも見えない速さで抜かれて、ピーチマンの前髪を斬ったのです。

 ピーチマンも驚きました。


『へえー。これってカターナーじゃないのか。本物見たのは初めてだ。

 凄い斬れ味だ。床屋に行かなくても済むな』


 驚いたと言っても、初めて見るカターナーに驚いただけでした。

 つんつん、とピーチマンが振り抜かれたカタナをつつきました。


『・・・』


『噂通り、本当に綺麗だな。売ってる店、教えてくれよ。イッパイ奢るぜ』


『あっ!』


 伯爵が声を上げました。

 護衛のカターナーが、いつの間にかピーチマンの首筋に当たっていました。

 でも、ぴたりと首で止まっています。


『白刃取りっ!?』


 護衛も驚いて声を上げました。

 ピーチマンの両手が拝むような形でカターナーを挟んでいます。


『残念だったな』


 ぱきん!

 カターナーが折れてしまいました。


『そうガッカリするなよ。お前が弱いわけじゃないぜ』


 ふっとピーチマンが手を振ると、護衛の首が地面に落ちました。

 ばったりと倒れた護衛の首から血が流れて、血溜まりが出来ました。


『俺が強すぎるんだ』


 皆、ごくりと喉を鳴らしました。

 本当に強すぎてびっくりしてしまったのです。


『さてと』


 びゅん!

 ピーチマンが折ったカターナーの刃を馬車に向かって投げました。


 しゅーん!

 馬車の中から矢が飛んできて、ピーチマンの頬を掠めて飛んでいきました。


 がちゃりと馬車のドアが開いて、綺麗な女の人が降りてきました。

 頭に角があります。

 羽が生えています。

 手に派手な意匠のクロスボウを持っています。

 顔は伯爵そっくりです。

 あれは伯爵の双子のお姉さん、団長です。


『ノックをすべきだったな。レディに対して失礼した』


『構わないわ。私と貴方の仲でしょう』


『お姉ちゃん!』


 伯爵が声を上げましたが、団長はピーチマンをじっと見つめていました。


『私、貴方のような有能な人材は殺したくないの。手を組む気はない?』


 ふ、とピーチマンは鼻で笑いました。


『あんたと手を組むくらいなら、ガラガラヘビと結婚する方を選ぶよ』


『貴方は頭は良いけど、利口ではないようね。

 貴方はこの銀山がここにあるという意味が分かっていないのよ』


『分かってるさ! あんたの考えそうな事もな!』


『当ててみなさい。当たったら日輪国にご招待するわ』


『あんたの狙いはカネじゃない。この国にいる魔族全員だ。

 ここに新たな魔の国を作ろうってハラだ。どうだい? 俺の予想』


『・・・』


『そおーさ、独立しても文句をつけられない武力が欲しいのさ。

 他の領地にもその武力で威圧して強力な傭兵団の支部を作ってくって感じだろ?

 気付いた時には、文句の言えない勢力が国中に広まってて、安々と乗っ取りだ。

 その最初の一歩の財源にここの銀山が欲しかったのさ』


『・・・』


『魔族の傭兵団を作ったのは、その先鋒隊にしたかったからってわけだ。

 傭兵で活躍してりゃ、名も売れて腕自慢の魔族も寄ってくる。

 魔族が集まりゃ人族の軍なんて目じゃあない。あんたもいるし、金もある。

 どうだ? こんな所じゃないか』


『やはり貴方は頭が良いわ。残念だけど』


 ぴん!

 団長が指でクロスボウの弦を弾くと、クロスボウが引かれました。

 すっと矢を置いて、ピーチマンに向けました。


『ここで始末すべきね。貴方は水の中の岩と同じ。何もしなくても危険な男』


『そんなに褒めないでくれ。ほっぺが赤くなっちまう』


『お姉ちゃん! 馬鹿な事を考えないで!』


 き、と団長が伯爵を睨みました。


『貴族暮らしの貴方には分からないのよ』


『分かるわよ! お姉ちゃんがどんな生活をしてたかくらい!

 汚い仕事をして! 血に塗れて! 何度も殺されそうになって!

 そんなのとっくに知ってたわよ!』


『・・・』


『私がここで貴族になるなら支えてあげるって!

 汚い仕事は全部引き受けるからって!

 私、凄く嬉しかったんだから!』


『やっぱり分かってない。貴方、分かってない。

 汚い仕事ほど金になるからよ。貴方、まだ子供なのよ。

 わざわざスポンサーになってお金も流してくれて、ありがたい限りだわ』


『お姉ちゃん!』


『角も、羽までもぎ取って・・・そこまでしてここで暮らす価値はある?

 下衆な人族と暮らす価値は! 貴族となって満足かしら!

 魔の国は人族を迎えるわ! でも人の国は魔族を迎え入れる事はしない!

 ただ存在しているだけで私達は賞金首! これが人族の国よ!

 そんな国、存在する価値があるかしら!』


 大佐達は今までの暮らしを思い出して、言葉も出なくなりました。

 人の国に来てから、とても苦労したからです。

 傭兵団に来なかったら、隠れて暮らすしかなかったでしょう。

 鬼ヶ村がなかったら、この辺りの魔族はどうなっていたでしょう。

 ふう、と団長が溜め息をつきました。


『貴方、そんな国の貴族になって満足? 私、この国の人族は投降しても殺すし、捕虜もいらない。一度掃除した方がいいわ。綺麗になったこの国を見れば、他の人の国も考えを改めると期待したいの。人族の頭で理解出来るかの不安が勝るけど、貴方はどう思う?』


『お姉ちゃん、変わったわね』


『ええ。バストは少し大きくなったわ』


『お姉ちゃんは、殺し屋だったけど、殺人鬼じゃなかった。

 冷酷だったけど、こんな残忍な事は考えなかった』


 びん!

 クロスボウの矢が伯爵に飛んできました。


 ぱ!

 鬼の手が伯爵の前に出されました。

 伯爵に矢は当たりませんでしたが、鬼の手に刺さってしまいました。


『お守りします』


 伯爵は鬼に向かって頷きました。

 そして、団長を指差しました。


『お姉ちゃん! 貴方はもう龍人ではないわ! いいえ! 魔族でもないわ!

 貴方はもう悪魔なのよ! せめて妹である私が!』


『出来る?』


 ぱちん、と団長が指を鳴らすと、たくさんの大きな水晶が生えてきました。

 ん? と大佐が水晶を見て、首を傾げました。


『なんだ・・・? 水晶か?』


『ケッ! こんなもん!』


『駄目!』


 ドンクロウが水晶を殴りました。

 ばきっ!

 水晶からドンクロウの腕が出てきて、ドンクロウが吹き飛びました。


『うおっ!? な、なんだ・・・』


『クリスタルよ。クリスタルの魔術。お姉ちゃんが作った魔術。

 お姉ちゃん、クリスタル・ドラゴンって言う特別称号を魔王様から頂いてるの。

 皆! 水晶に攻撃しちゃ駄目よ! 攻撃がそのまま返ってくるわ! 魔術もよ!』


『ふふふ』


 ピーチマンがそっと剣を水晶に差し込みました。

 何の抵抗もなく剣は水晶に入っていき、水晶から剣先が出てきます。


『どうなってんだこりゃあ・・・』


 は、と団長の方を見ると、団長は水晶の壁に囲まれていました。

 綺麗な水晶の向こうに、団長が見えます。


『おいおい。あれじゃどうしようも』


 は! ピーチマンが顔を傾けました。

 クロスボウの矢が飛んで行きました。


『・・・どうしようもないな。で、あっちからは攻撃し放題ってわけか』


『そうよ。お姉ちゃんの所から飛んでくるだけじゃないの。

 そこらの水晶のどこからでも、好きな所から出てくるわよ』


『帰りたくなってきたのは俺だけか。おっと、本気にするなよ。冗談だぜ』


 皆が冷や汗を垂らしました。

 ピーチマン達は団長を倒す事が出来るでしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る