悪魔退治

第19話 黒幕


 その夜の事でした。


 とんとん。とんとん。

 ピーチマンの部屋のドアが小さくノックされました。


『お前さんが女の子じゃなきゃ留守だ』


『ピーチマンさん。俺す』


『バットか』


 ピーチマンがドアを開けました。


『入ってくれ』


『はい』


 月明かりだけの暗い部屋に2人が座りました。


『早かったな。海兵隊が居たか』


『わんさかいましたっす。でもちょっとおかしな感じっすよ』


『おかしな?』


『フル装の行軍演習だって歩いてたっす。

 で、おかしいと思って近付いてみたっす』


『おいおい。お前、意外と度胸あるな。退散しろって言ったじゃないか』


『ここからっすよ。俺、見た目もろ魔族って分かるじゃないすか』


『ああ』


『で、止められたっすけど・・・これ見て下さい』


 バットが肩に着いている傭兵団の徽章を指差しました。


『ここの徽章だな。何て言ってた』


『傭兵団の者なら構わんから行けって』


『で、向かう方向は鬼ヶ村の方向ってわけだ』


『そうっす。でもおかしくねっすか。

 こないだ伯爵助けに行った時は、矢の雨でしたよ。

 でかい声で傭兵団だぞーって言ってたっすよ、俺』


 どういった事でしょう。

 しかし、ピーチマンはもう確信したのです。

 これは反乱ではありません。


『あーあ。分かっちまった。知りたくはなかったがな』


『どういう事すか』


『聞きたいか。聞けば死ぬ確率がぐんと上がるが』


 ピーチマンの顔が真面目です。

 いつものにこにこした顔ではありません。

 バットがごくっと喉を鳴らしました。


『ヤバい話っすか』


『とびっきりな』


『ピーチマンさんは、知ってるんすよね』


『ああ』


『どうするんすか』


『決まってるだろ。ヒーローはヒロインを助けるからヒーローなんだ』


『ヒロイン・・・もしかして、伯爵?』


『さあな』


『ピーチマンさん。俺もドンクロウもあんたに着いてくって決めてるんすよ。

 ヤバい話だって、教えてほしいっす。行くっすよ』


 ピーチマンは立ち上がって、窓に歩いて行きました。

 スキトロウの町は、夜も街頭が点いていて明るいです。

 あの街頭の下には、かわいい女の子がいるでしょう。


『海兵隊の狙いは、鬼ヶ村の銀山だ』


『やっぱり』


『ヤバいってのはここからだ。本当に聞くか』


『腹は決めてるっすよ』


『海兵隊を動かしたのは団長さ。

 そして、団長は』


 ピーチマンは言葉を切って、溜め息をつきました。

 そして、バットの方を真っ直ぐ見ました。


『・・・団長は、龍人族。お姉ちゃんだ。

 ところで、銀山は誰の領地だったかな』


『ちょ、まさか・・・銀山が欲しくて、家族を殺すって話すか』


『そういう事さ』


『海軍が、まさか』


『いや。海軍じゃない。海兵隊ってのは、まあ確かに海軍さ。

 だが、海軍から独立した命令系統を持ってるんだ。人数も少ない。

 少ないと言っても、精鋭部隊だがな。

 今回も演習とか何とかで済ますつもりだろうぜ。

 海軍の方は何も知らないのさ。今の所は、な』


『あれだけ派手に暴れたら、すぐに分かるっすよね』


『そうだ。だから急いでるんだ。事がデカくならないうちに。

 明日は鬼ヶ村に矢とバリスタの雨が降るだろうぜ』


『でも、あそこは表には出てないすけど、ちゃんと国に認められた領地っすよ。

 攻撃なんかしたらすぐバレるっすよ』


『都合の良い事に、この傭兵団に依頼が出てるんだ。

 鬼ヶ村の魔族が野盗になった。討伐してくれってな』


『表向き野盗の討伐って事でやっちまうわけすか。

 海兵隊には援軍を頼むって形で』


『そう。死人に口なしで済ますつもりだ。皆殺しさ。

 住人はここの魔族とこっそり入れ替えるつもりだろう。

 さて、魔族の村。魔族じゃなきゃ統治は難しい。頼みの伯爵は死んじまった。

 じゃあ管理は誰がする? お姉ちゃんってわけだ』


『で、海兵隊のお偉方が、何割かって感じすか』


『ならまだマシだな。俺は海兵隊もやっちまうと見てる』


『なんでっすか』


『事実を知ってる奴が、そのお偉方以外にも居るかもしれないだろ。

 お偉方は暗殺だな。で、現場に来てる奴らはまとめてやっちまうのさ』


『暗殺・・・皆殺し』


『お偉方の暗殺は、村を潰された魔族の仕返しって筋書きだろう。

 で、村には鬼族が居る。一個小隊が全滅したって全く不自然じゃない。

 こっちはこっちで、伯爵を狙ってるって理由がちゃんと用意されてる。

 討伐依頼の現場で海兵隊との衝突は、もってこいってわけだ』


『海兵隊は味方のはずの傭兵団が攻撃してきて大混乱。

 銀山は独り占めっすね』


『そういう事さ』


『伯爵は・・・』


『ああ。早けりゃ今夜にも始末されるな。居場所はここなんだ』


 ばん!

 バットがテーブルを叩きました。


『ピーチマンさん。俺達ゃ傭兵っつってもただの悪党の集まりすけどね。

 悪党にも悪党の仁義ってもんはあるんすよ』


『ああ』


 バットの手が怒りでぶるぶる震えています。

 お金欲しさに姉が妹を殺そうと言うのです。


『やりますよ。俺は。ドンクロウも聞けば来ますよ』


『相手は海兵隊だけじゃない。龍人族だぜ。この傭兵団もだ』


『はい』


『死ぬぜ』


『んな事は、ここに来た時から覚悟してます。

 俺は犬死には嫌だってだけなんすよ。仁義通して死ねるなら本望っす』


『犬死にね。ドンクロウが聞いたら縁起が悪いって怒りそうだ』


『俺、ドンクロウにナシつけてきます』


『無理に誘うんじゃないぜ。報酬は0だ。

 ボーナスが出ても伯爵がほっぺにチュ! くらいかな』


『十分すよ』


『俺は伯爵を呼んでこよう。ついでにもう1人を誘ってくるよ』


『もう1人? 誰すか?』


『とびっきり頼りになる奴さ』



----------



 役員寮です。


 もう夜中なので、ピーチマンはこっそり廊下を歩いて行きます。


『変態ー』


『しーっ! 静かに』


 伯爵と2人で、こそこそ歩いて行きます。


『ここだ。頭を下げて、しゃがんで開けるんだ』


 伯爵がマスターキーを出して、そーっと鍵を回しました。


 かちゃり。


 ピーチマンは手で合図して、伯爵をドアから離れさせました。

 壁にくっついてドアノブに手を伸ばし、そーっと回しました。


 かち。


 は! とピーチマンが手を引っ込めました。


 ばきばりん!


 ドアをぶち破って剣が飛んできて、窓を割って遠くに飛んで行きました。

 伯爵は口に手を当てて、目を丸くしています。


『セリナ。呼んでくれ』


 伯爵がこくこく頷いて、


『大佐ー、大佐ー』


『あっ!』


 中で大佐の声がしました。

 ピーチマンはドアの穴から顔を出して、口に指を当てました。

 そっと手招きすると、大佐がシーツを巻いて近付いてきました。


『なんだ、いや失礼。何ですか、伯爵』


『大佐。服着て今すぐ来るんだ。制服じゃなくていいから、急いで』


『早くするのよ』


『は!』


『しー!』『しーっ!』


『は・・・』



----------



 ピーチマンの部屋です。


 ドンクロウ、バット、伯爵、大佐が集まっています。


『・・・と、いうわけだ』


 大佐は苦い顔をして壁を睨んでいます。

 伯爵は泣きそうな顔で頭を抱えています。


『伯爵、君が狙われた理由はこういう事だ。

 なぜ軍が動かなかったか。

 なぜ君が狙われたのか。

 そして、誰が狙ったのか・・・』


『嘘よ』


『そう思うなら、試しに部屋に戻ってみるか。

 招かざる客って奴がもう来てるかもしれないぜ。

 今度の客は、昼間の海兵隊みたいなマヌケじゃない』


『いないわ。来ないわよ』


『参考までに元軍人の大佐に意見を聞こう。

 俺の予想じゃ今夜か明日辺り。

 セリナの部屋にお客さんは来ると思うか』


『・・・』


 伯爵は泣きそうな目で大佐を見ました。

 そんなのは与太話だ! と大佐は怒鳴ってくれるでしょう。

 そう思いましたが、大佐は目を伏せました。


『私なら夜明け前にする。日が昇るぎりぎり前のタイミングだ』


『さすがプロだ。殺しに最高の時間を選ぶな』


『嫌よ。そんなの』


『今日はここに泊まれ。俺が一緒なら最悪でも逃がす事くらいは出来る。

 ベッド、使っていいぜ。もう休めよ』


『嫌よ・・・嘘よ・・・』


 ぶつぶつ言いながら、伯爵はベッドに横になりました。


『大佐。討伐の指揮は、やっぱり?』


『私だ』


『だよな。あの部屋で一緒に話聞いてるとなりゃ、そうだと思ったぜ。

 で? やっぱり海兵隊の後ろを取るのか』


『そうだ』


『退却してくる奴らは皆殺しにせよ、かな?』


『そうだ』


『話してた内容と違うよな。適当に引き上げちまえって話だったが』


『ああ』


 がつん!

 ドンクロウがナイフをテーブルに突き立てました。


『本当に皆殺しかよ! クソ、反吐が出るぜ!

 チッ! 俺のナイフが龍人族に通りゃな・・・』


『で、大佐。あんたはどうする。相手が相手だ。俺は恨まないぜ』


『やるさ』


『いいのか』


『私は狼。犬に成り下がったつもりはない』


『痺れるな。大佐みたいな美人が言うととびっきりのカッコイイ決め台詞だけど・・・』


 ピーチマンがドンクロウを見ました。

 大佐とバットの目がドンクロウに向けられました。


『アニキ!』


『じょおーだん! じょおーだんだってば!

 さあ、作戦会議だ。時間はないぜ!』

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