第17話 スパーリング
ピーチマン達は公園まで来ました。
ベンチに座ると、がさっと音がして、ピーチマンと伯爵の首にナイフが!
『もらった!』『もらった!』
海兵隊の声が響きました。
ピーチマンがナイフの刃を指で摘みました。
『何っ!? く!』
ナイフが動きません。
ピーチマンの後ろの海兵隊員が慌てます。
『こんな赤ん坊の〇〇〇〇より小さいナイフで俺を斬れると思ってるのか?』
ぱきん!
ナイフの刃が折れました。
ピーチマンは折れた刃をひょいっと投げて立ち上がりました。
『さあ! やろうぜ!』
ピーチマンがファイティングポーズをとりました。
横ではもう1人の海兵隊員が伯爵の首を何度もナイフで斬ろうとしています。
ですが、龍人族の肌には傷もつきません。
伯爵は肩に手を置いてぐるぐる回しました。
『この辺よ、この辺を頼めるかしら。書類仕事で凝ってるの』
『くそ! くそ!』
しゅ! しゅ! 何度も喉でナイフが引かれますが、伯爵はどこ吹く風です。
ピーチマンの後ろに潜んでいた筋肉ダルマが出てきました。
『ヒューッ! セリナ、見ろよこいつの筋肉! まるで鋼だ!
こいつはやるかもしれないぜ!』
『ふふ。まさかね。貴方には勝てないわ』
ぽきき。ぽきき。
指を鳴らしながら、筋肉ダルマがピーチマンの前に立ちました。
『お前のようなとぼけた小僧とやるのは初めてだ』
『俺もハゲたゴリラとやるのは初めてさ。
山育ちなもんで、グリズリーしかスパーリングパートナーがいなかったんだ』
『・・・』
筋肉ダルマの額を汗が落ちていきました。
ピーチマンの握力は、指先で軽く挟んだだけでナイフを折るほどです。
グリズリーは嘘ではないでしょう。
『小僧。口のきき方に気を付けな。俺は気が短いんだ』
明らかに虚勢ですが、ピーチマンは付き合ってあげます。
『怒ると何をするんだ? ハムスターとワルツでも踊るのか』
『てめえ!』
筋肉ダルマの右ストレート!
ピーチマンはひょいっと避けました。
カウンターボディで左アッパー!
『かは』
もろに水月に入りました。
これは非常にまずい角度です。
えぐるように下から入って、めり込んで胸骨の内側に入る感じです。
しかもベア・ナックルの縦拳です。
もしこの場にレフェリーがいたら、即試合を止めていたでしょう。
ピーチマンは斜に入って、横から筋肉ダルマの顎に右ストレートを入れました。
文句なしのTKOです。
『いい夢を見ろよ!』
ピーチマンが伯爵の前に歩いて行きました。
後ろの海兵隊員は斬るのを諦めたのか、伯爵を何とか刺そうとしています。
『ああ! そこ! そこよ! もっと強く突いてちょうだい!』
『セリナ、その台詞は誤解を呼ぶぜ』
『うふふ。ちょっと嫌らしく聞こえちゃったかしら』
『ああ。セリナの色気で俺がノックダウンしそうだ。目眩がするぜ』
ぱし!
伯爵が海兵隊員の腕を取りました。
『あっ!』
ひょいっと伯爵が手を振りました。
ばちん!
海兵隊員は大の字に叩きつけられました。
『まだ死んじゃ駄目よ』
ばちん! ばちん!
伯爵の手が止まりました。
『変態。まだ生きてるかしら。確認してちょうだい』
『このくらい大丈夫だろ。仮にも海兵隊員だぜ』
よいしょ、とうつ伏せに倒れた海兵隊員の上体を起こします。
首に指を当てると、ちゃんと脈があります。
『セリナ。こいつに水ぶっかけてくれるか』
『自分でやりなさいよ』
『魔術はそんなに得意じゃないんだ』
『仕方ないわね』
ばちゃん!
畳1畳くらいの大きさの水球が落ちてきました。
『うわーっ! もう少し丁寧にやってくれよ! 一張羅が台無しだぜ・・・』
『文句言わないでよ!』
『うぶっ・・・』
海兵隊員が目を覚ましました。
ピーチマンが慌てて頭を押さえました。
『おっと、動くな』
『く!』
『違うって! お前、頭を派手に打ったんだ。
ゆっくり目を開けるんだ。ゆっくりだぞ』
『はい』
ピーチマンが顔の前で指を立てます。
『指は何本に見える』
『4本です』
『目眩はあるか』
『はい』
『よし。動くなよ』
ピーチマンは海兵隊員の後ろに回りました。
両手で頭を押さえて、ゆっくり回します。
『吸ってー、吐いてー』
『すー、ふうー』
『吸ってー、吐いてー』
『すー、ふうー』
『どうだ。少しは収まったか』
『はい』
『よし。まだ動くなよ』
今度は両肩に手を置きました。
『力を抜いてー、吸ってー、吐いてー』
『すー、ふうー』
『吸ってー、吐いてー』
『すー、ふうー・・・ありがとうございます。大分楽になりました』
伯爵は呆れた顔でピーチマンを見ています。
殺しに来た相手の治療をしているのです。
『貴方、何してるの?』
『活を入れるってやつだ』
『それって、腰の当たりに膝当てて、がつんってやるんじゃないの?』
『それでも出来るが、腰椎を痛めたり、背骨がズレたりする事があるからな。
それだけなら良いが、運が悪いと首にがつんと行って死んじまうんだ』
『へえ。知らなかったわ』
『セリナ、下手に活を入れようなんてするなよ。君の力でやられたら、虎だろうが熊だろうが間違いなく死んじまう』
『気を付けるわ』
伯爵がベンチから立ち上がりました。
転がったナイフを拾って、海兵隊員の前に座りました。
そして、鼻の穴にナイフの先をそっと突っ込みました。
『なんで私を狙うの』
『命令です』
『誰の』
『言えません』
ぴす!
伯爵がナイフを鼻から出しました。
海兵隊員の鼻の穴が少し広がりました。
伯爵は反対の鼻の穴にナイフを入れました。
『良い根性ね。まあいいわ。別の質問よ』
『はい』
『なぜ反乱を起こしたの』
『反乱?』
『とぼけないで。貴方達、海兵隊が私の私兵を皆殺しにしたのよ』
『え!? そうなのですか!?』
『連合代表を怒らせるような事したかしら。
セント大永劫の統治に問題があったかしら。
私、海軍に何か迷惑な事をしたかしら。
それとも、私、知らないうちに何か知ってしまったのかしら。
事前通告なしで攻撃されたんだけど』
伯爵が、ぐっとナイフを鼻に入れました。
『すっトロい暗殺者まで送り込んできて』
『いや、申し訳ありませんが、その事前通告なしの攻撃については私は全く聞いておりません。他、政治的な事は一介の兵である私には全く。私の知る限り、所属基地内で伯爵についての不平不満は聞きません。昨日、小隊長殿から伯爵を暗殺せよと命が伝えられたのみです』
『命令には疑問も躊躇もないのね。兵士の鑑だわ。褒めてあげる』
『恐縮です』
『でも口が軽すぎるわ。私が知りたい事も知らない。海兵隊の為にも』
ピーチマンが口を挟みました。
ナイフを振り上げた伯爵の手を掴みます。
『ちょっといいか』
『なによ』
『あのさあ、知らないうちに何か知っちまったんなら、君もそれがそうだって分からないだろ。それが殺されるほどマズい事だったら、こいつが知ってるわけないだろ。知ってたらこいつもとっくにあの世に行ってるんだ』
『あ、それもそうよね。無駄な質問をしたわ。ごめんなさい』
『とんでもありません』
ふう、と伯爵が溜め息をつきました。
『あーあ。もう帰っていいわ。次はもう少しマッサージの上手い者を向かわせて』
海兵隊員の手にナイフを持たせて、伯爵は立ち上がりました。
『さ、帰りましょ』
『俺も良い運動になったぜ。まともなスパーリングは久しぶりだったんだ』
『そうなの?』
『ああ。グリズリーちゃんをKOして喜んでたら、死んじまっててさ。
あれはやりすぎちまった。わんわん泣いちまったぜ』
『貴方が泣くなんて、想像もつかないわ』
『泣くに決まってるだろ。たった1人のスパーリングパートナーだったんだ』
『1人って言うのはおかしくないかしら』
『細かいこと言うなよ。殴り合い出来る友達は、そいつだけだったんだ。
拳を交える男の友情ってやつさ』
『友達って、他には居なかったの?』
『動物だけさ。人は親父だけだったな。山の中の掘っ立て小屋だった。
山を下りたのは初めてなんだぜ』
『本物の田舎者なのね』
『そうさ。ここまで田舎者ってのも珍しいだろ』
『にしては砕けてるけど』
『そうかい?』
『そうよ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます