第15話 アイスクリーム屋さんはどこ


 ピーチマンは食堂に来ました。


 バットは飯を食べていると聞いたからです。


『よう! バット』


『あ、ピーチマンさん。はよざっす』


『ちょっと話があるんだ。飯取ってくるから、待っててくれ』


『うす』


 ピーチマンはトレイを取って、飯を取りに行きました。


『おいおい』


 マッシュポテトと刻んだサラダしかありません。

 サラダも新鮮なものではなく、適当に刻んで茹であげてあるものです。


『なあ。あんたシェフかい』


 シェフらしき人はピーチマンのトレイにべちっとポテトを乗せました。

 次に緑色のマッシュポテトをべちっと乗せました。

 次にオレンジ色のマッシュポテトをべちっと乗せました。

 最後にサラダをすくってざらっと乗せました。


『ここにメニューって物はないのか』


 ふん、とシェフが顎をしゃくりました。


『美味そうだな。見てるだけで腹がいっぱいになってきた』


 ピーチマンはうんざりしながらバットの所に戻りました。


『ここじゃこれが朝飯だってのか』


『干し肉かじってるよりはマシっすよ』


『それもそうだがなあ~』


 ピーチマンはスプーンでマッシュポテトをすくって食べました。


『あれっ?』


『どしたっすか?』


『なんだこのマッシュポテト! すごい美味いじゃないか!』


『ええ? そっすか?』


 緑の方を食べてみます。


『おおっ、これも美味いな。ほうれん草を入れてあるのか。

 うん、強すぎずに押さえてある。絶妙だな』


『・・・』


 オレンジ色の方を食べてみます。


『あ、こっちは人参か。なるほどな。

 しかし、上手く人参を押さえてあるな。

 人参って奴は随分とアピールするもんだが』


『はあ』


 ピーチマンはがつがつとマッシュポテトを食べました。

 今まで食べた事がないほど美味しいマッシュポテトでした。

 サラダも食べないと、身体には良くありません。

 こっちも美味しいだろうとスプーンですくいました。


『うへえ。なんだあー、こりゃあ。食えたもんじゃないな』


 べちゃべちゃとケチャップとマスタードをかけて、何とか食べました。


『やれやれ、サラダはひどいな。こんなの虫でも食わないぜ』


『どっちもどっちだと思うっすけど』


 ピーチマンは、からん、とトレイにスプーンを投げました。

 そして、バットに真面目な顔を向けました。


『バット。お前に仕事を頼みたい。急ぎだ』


『任せて下さいっす』


『まだ内容話してないだろ。ちょっと出ようぜ』


『はいっす』


 ピーチマンとバットは宿舎の外に出ました。

 ちらちらとピーチマンが周りを見るのを見て、バットが耳を澄ませます。


『大丈夫すよ』


『鬼ヶ村って知ってるか』


『そりゃ知ってるっすよ。表沙汰にゃなってないすけど米衆連合の銀の4分の1はあの村から出てるっすからね。俺達の稼業の間じゃ、いつかあそこをって考える奴も居るっすけど、なんせ鬼族が居ますから』


『ここから何日くらいだ』


『え。ちょっとピーチマンさん、まじすか』


『しないよ! そんな事! だが、ちょっときな臭い噂を聞いてな。

 あそこ、伯爵の領地だろ』


『あっ・・・海兵隊の蜂起で、ヤバい感じすか。海兵隊が狙ってるとか』


『分からんが、鬼族が居るなら、こないだくらいの戦力じゃ手も足も出ないな。

 だが兵力があるとな。てわけで、ちょっと様子を探ってきてほしいのさ。

 飛び地だし魔族の村だろ。まあただの噂だけど、伯爵が心配してるんだ』


『あ、そういう事っすか』


『もし噂が本当なら、村の周りに海兵隊の奴らが潜伏してる可能性もある。

 近付かなくてもいいからな。お前なら遠くからでもそういうの探れるだろ』


『分かりましたっす』


『じゃ、これ前金な』


 ピーチマンがバットの手に金貨を握らせました。


『ついでに馬の試し乗りでもしてこいよ!

 風を切って走る馬! ううん、いい絵だねえ!』


『馬なら明日の朝には帰って来れるっすよ』


『向こうまで着かなくても、途中で海兵隊とはちあわせたら即退散だぜ』


『分かってるっすよ』


『じゃ、頼むぜ!』


『任せて下さいっす!』



----------



 ピーチマンが部屋に戻ると、伯爵は何か書き物をしていました。


『なんてこった! 君も年頃の乙女だったんだな。ポエムでも書いてるのか』


『違うわよ! この反乱で予想出来る被害と収支予想と補償・・・

 ああもう! 頭が痛くなってくるわ!

 新しい私兵も揃えて、軍に対する訴訟準備と、きいー!』


『今は忘れろよ。それより、アイスクリーム屋を探しに行こうぜ』


『なんで陸軍は制圧に動かないのよ!』


 それはおそらく、彼らは反乱で兵を動かしたのではないからでしょう。

 ピーチマン達は反乱と聞かされているだけではないでしょうか。


『違うと思うぜ』


『何がよ!』


『元々、反乱じゃなかったのさ。まだ予測でしかないがな』


『どういう事よ!』


『何日かしたら分かるさ。さ、アイスクリーム屋さんを探しに行くぜ。

 セリナはチョコチップミントだったな』


『今日はピーチの気分なの』


『じゃ、それでいいさ』


『で? 今日はバットが案内してくれるの?』


『いや。あいつは今日は仕事だそうだ』


『ドンクロウはいないの?』


『・・・多分な』


 きっと昨晩はカワイ子ちゃんがたくさんのクラブでお楽しみだったでしょう。

 ベッドの上でしっかり運動していたに違いありません。

 疲れ切って、まだ寝ているのではないでしょうか。


『あーあ。俺もドンクロウと遊びに行きたかったぜ』


『昨日は大佐とディナーだったんでしょう? 美人とのディナーは嫌なの?』


『いいや。大佐も一緒だったが、もう1人の美人とディナーだった』


『もう1人? 誰よそれ』


『君のお姉ちゃんさ』


 がたん!

 伯爵が椅子を倒して立ち上がりました。

 つかつかと歩いて来て、ピーチマンの着流しを引っ掴みました。


『なんですって! 貴方みたいな変態がお姉ちゃんに近付くのは許されないわ! 斬首よ! 斬首しかありえないわ!』


『前々からそうじゃないかと疑ってたが、やっぱりシスター・コンプレックスってやつだったのか』


『誰がシスコンよ! お姉ちゃんは魔王様の次に神に近しい人なのよ!』


『ひどいシスコンじゃないか。やっぱり貴族って変態なんだな。

 それに、俺は呼ばれたから行ったんだ。押しかけたんじゃあないんだぜ』


『くっ・・・仕方ないわ。私を救ったのは貴方だしね』


 伯爵がやっとピーチマンの着流しから手を離してくれました。

 もう少しで着流しが破れてしまうところでした。


『呼ばれなかったからって、そうひがむなよ。君が来なくて助かったんだぜ。

 とびっきりの美女が3人じゃあ、さすがに身体が持たない』


『ふんっ! そんなお世辞で機嫌が取れると思っているの!?』


『お世辞なんかじゃあないさ。さあ、町に行こうぜ。

 とびっきりの美女とのデートが楽しみで、胸が張り裂けそうなんだ。

 あまり焦らさないでくれ』


『よく回る口ね! もう回らないようにバールをぶち込んでやるわ!』


『さすがの俺もバールは食べたくないな。じゃ、お先に』


 ピーチマンはウインクして部屋を出てしまいました。


『ちょっと! 待ちなさいよ!』


 伯爵は慌てて書き物を束にまとめ、インクの壺を閉めました。


『待てー!』



----------



 ピーチマンと伯爵が宿舎を出て、道で止まります。

 右見て、左見て、右見て。

 左右の確認は大事です。


『なあ。アイスクリーム屋さんはどっちにあると思う?』


『予想もつかないわよ。その辺の下郎を捕まえて聞いてみたら?』


『下郎って呼ぶのはやめといた方が良いと思うぜ。

 さて、やっぱり甘いものだから、女の子に聞いてみるか』


『そうね。他にも美味しい店がないか、聞いてみましょうよ』


 てくてく。


『ハァーイ。素敵なお兄さん、ちょっと楽しんで行かない?』


 ピーチマンが伯爵の肩に手を置きました。


『さすがに朝からはな。それに、悪いがもう予約済みなんだ』


『ケッ! あっち行きな!』


『アイスクリーム屋さん知らないか? 教えてくれたら、君にも奢るぜ』


『さっさと行けや小便臭えジャリが! ガキ同士でお花でも摘んできな!』


 伯爵がポケットから金貨を出しました。

 指先で摘んでひらひら回します。


『どこにあるの? 他にも良い店があったら教えてちょうだい』


 女の人が伯爵の前で揉み手をしました。


『ええとですね。この次の次を左に曲がりまして・・・』


『やれやれ』


『他にもですね、甘味処などが』


 態度の違いに驚きです。

 まるで悪代官と悪徳商人のようです。


『ありがとう。中々良い情報が聞けたわ』


 伯爵が金貨をポケットに戻しました。


『てめえこのクソガキがぁーッ! そのツラ』


『そのツラの分厚い化粧を皮ごと剥がされたいの? 例えばこの石畳のように』


 ぱりぱりぱり。

 石畳が音を立てています。

 女の人の顔が真っ青になりました。

 めきっ!

 大きな音がして、石畳に大きなひびが入りました。


『ひええっ! 申し訳もございません! 貴方様が!』


 どうやら伯爵の噂が広まってしまったようです。


『おいおい、またか・・・セリナ。もう石畳は剥がすんじゃない』


『軽くひび入れただけよ。それより、この町には口のきき方を教える学校が必要ね』


『許してー!』


 女の人は走って逃げて行きました。


『そのひび割れはちゃんと直しとくんだぜ。税金の無駄遣いってやつだ』


『分かってるわよ』

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