第14話 女は嘘が上手い


 団長とのディナーが終わりました。


 ピーチマンがジョークを言っては、団長が笑っていました。

 たまに大佐も笑いました。

 ディナーが終わってから、ピーチマンと大佐は食堂のカウンターに戻ってきました。


『なあ、大佐』


『なんだ』


『団長さん、顔しか笑ってなかったな』


『ああ』


『やーだねえ。女ってのは怖いもんだ』


 ピーチマンは頬杖をついて団長の顔を思い出しました。

 伯爵と同じ顔でしたが、中身は全く違うな、と思いました。


『まさかとは思うけどさ』


『なんだ』


 大佐は両手でグラスを持ったまま、口に運ぼうとはしませんでした。


『いや、良いんだ。まさかの話だ。思い過ごしさ』


『言え』


『海兵隊を動かしたのって、てな』


『自分の妹をターゲットにしてか。ありえん』


『だよな。忘れてくれ』


『ああ』


『ふうーっ。団長にも注意されたぜ。

 察しが良すぎると早死するってな。

 察しても口に出さなきゃ、少しだけ長生き出来るって。

 俺は長生き出来ないタイプかなあ』


『だろうな』


『男ってのは不器用な生き物でな。

 美人を前にすると、どうしても口が軽くなる。

 大佐の前だと、言わなくても良いことを言っちまうな』


『それは私を褒めているのか』


『そおさ。俺は嘘が下手なんだ』


『そうか』


 大佐が胸ポケットから鍵を取り出して、ピーチマンの手に握らせました。


『これは?』


『合鍵だ』


『良いのか』


『ああ。ボーナスだ』


 ピーチマンはそっと鍵を袖に入れました。


『待っててくれ』


『ああ』


 大佐は一口も呑まずに席を立ちました。

 食堂を立ち去って、くす、と笑いました。


『私は嘘がつけるぞ』



----------



 夜中になりました。

 ピーチマンは役員寮に静かに忍び込みました。


『ファッテンベルクーっと』


 ポケットから鍵を出します。

 このドアの向こうは大佐の部屋です。


『ん?』


 鍵が入りません。

 暗くて上手く入らないのでしょうか。


『あれえ?』


 かちかち。

 鍵が合いません。

 よく見ると、鍵穴と鍵の大きさが違います。


『なんだあーっ! こりゃあーっ!』


『ドアを良く見ろ』


 ドアの向こうから、大佐の声が聞こえました。


『あれっ? 大佐? 起きてたのか』


 あ! ドアに穴が空いていません。

 ピーチマンがパンチして穴を開けたはずです。


『ああーっ! ドアを変えたのか!』


『ちゃんと合鍵は渡したぞ。前のドアの鍵だがな。さっさと部屋に戻って寝ろ』


『やられたあーっ!』


『ははは! 女は嘘が上手いのさ!』



----------



 次の日の朝です。


 夜中に大佐の部屋に行こうとしていたピーチマンは、また寝坊しました。


『ふあーあ。朝礼の日じゃなくて良かったぜ』


 シャワーを浴びてすっきりしましょう。


『宵闇の~霧に包まれ~歩みゆく~独り歩くは~あの男~ってな~』


 鼻歌を歌いながらゆっくりシャワーを浴びて、身体を拭きます。

 がちゃっとシャワールームを開けると、伯爵がコーヒーを飲んでいました。


『おはよう』


『あんた暇なんだな』


『まあね。傭兵仕事はしないし』


 わしゃわしゃと髪を拭いて、タオルを洗濯かごに放り投げました。


『ひとつ聞いていいかい?』


『答えられるかどうか分からないけど、言ってみなさい』


『なんで俺の部屋のドアを開けられるんだ』


『マスターキーを貰ってるもの』


『やれやれ』


 ピーチマンは呆れてベッドに転がりました。


『ね。一緒にどお?』


『まだ眠くないの』


『残念だ。ところで、セリナはこの辺には詳しいのか?』


『まあ、それなりね。お隣の領地だもの。

 と言っても、町の中のどこに何があるとかは分からないわよ。

 私にこの町の案内は無理よ』


『町の案内はいいさ。鬼ヶ村って知ってるか?』


『知ってるわよ。私の領地だもの』


『そうだったのか? ここの東だろ?』


『飛び地よ。魔族の村だから、同じ魔族の私に投げられたの』


『なるほどね』


 ピーチマンは仰向けに寝転がりました。

 それから、黙って少し考えました。

 海兵隊の蜂起。

 鬼ヶ村の討伐依頼。

 どちらも伯爵の領地です。


『なあ。鬼ヶ村って、どんな村なんだ?』


『銀山の村ね。元々ははぐれ魔族が集まった、貧乏な村だったの。

 盗賊まがいの奴らも居たけど、村長が押さえて治めてたのよ。

 で、私が来て、軽く山に穴を開けてみたのよ。そしたら銀の大鉱脈発見。

 今やこの国の銀の4分の1は鬼ヶ村の銀よ。表沙汰にはなってないけどね。

 お陰で村は豊かになったし、私には税金もたっぷりよ。さすが私ね』


 やばい感じしかしません。

 海兵隊の反乱。狙われる伯爵。

 野盗化したという鬼ヶ村の討伐依頼。

 その鬼ヶ村には銀の大鉱脈。


 狙いはひとつしかないでしょう。

 昨晩は団長に献策しましたが、既に同じような事を考えていたでしょう。

 もう少し早く気付けば良かったのですが、時既に遅しです。

 偽情報を流して海兵隊が動くまで、2、3日という所でしょうか。


 という事はやはり・・・

 ピーチマンがちらりと伯爵を見ました。

 スリルは好きですが、今回は少々事情が違いそうです。


『ヤバくなってきたな』


『とっくになってるわ』


『そうじゃないさ。ところで、バットに会ったか?』


『いいえ』


『そうか。バットに話があるから、少し出てくる。

 ついでに朝飯も食べてくるよ。ベッドを温めておいてくれるか』


 伯爵は華麗にスルーしました。


『あとで町に行くわよ。今日はアイスクリームが食べたいわ』


 ピーチマンは昨日の伯爵の様子を思い出しました。

 飲むように大量のクレープを食べていました。


『そうだった。ひとつ、大きな謎がある』


『何よ』


『レディー・スティアン。君に関する事だ』


『スリーサイズは秘密よ』


『そんな事じゃない。もっと大きな謎だ』


『何よ』


『何であんなにクレープを食えるんだ。体重以上に食ってたろ』


 ううん、と伯爵は首を傾げました。


『さあ。自分でも分からないわ。食べたって体重が増えるわけでもないし。

 かと言って、普通の食事量で飢えるということもないし。

 食べたい時にたくさん食べるってだけね』


『あれだけ食べて体重が増えないって、龍人族って凄いな。

 一体、どこに消えるんだ?』


『分からないわよ』


『甘いものは別腹って奴か』


『甘くなくてもそうよ』


『参ったね。じゃ、行って来る。ベッドは頼んだぜ』


『このコーヒー、もう少しって所ね。もっと良い豆を用意してちょうだい』


『そのうちな』

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