第13話 美人とのディナー


 VIPルームに入って、ピーチマンは驚きました。


 部屋の豪華さにではありません。

 座っている龍人族の女の人は、伯爵と同じ顔です。

 ですが、翼と角があります。


『なあるほど。双子だったってわけか』


 ばしん!

 ピーチマンの頭が大佐に叩かれました。


『頭を下げろ!』


『いってえーなあ、もう』


『構わないわ。ミスター・ピーチマン。座ってちょうだい』


『それじゃ遠慮なく』


 団長の前に座ってまたびっくり。

 ソファーはふかふかで、沈んでしまいそうです。

 ふわふわすぎて、倒れてしまいそうです。


『飲み物は?』


『ミルクを頼むよ。とびっきり濃いやつをな』


『・・・』

『・・・』


 団長と大佐が変な目でピーチマンを見ました。

 てっきりバーボンとかヘビードライのマティーニでも、と思っていたのです。


『おいおい。なんだよ、その目は。俺は未成年なんだぜ』


『ん、んんっ! そう。いえ、そうよね。エリザベータ』


『は!』


 大佐がドアを出て行きました。


『ごめんなさい。ここにミルクはないの。持って来るまで待っていて』


『ああ。構わないぜ。で、俺を呼び出したのはディナーの誘いかい』


『そうよ』


『団長さんみたいな美人なら大歓迎さ。

 次からは先に言ってくれ。タキシードを着てくる』


『私、服装で人を見ないの』


『俺みたいな貧乏傭兵にはありがたいね。

 で、このディナーのトークテーマは何かな』


『察しが良すぎると早死するって事を覚えておきなさい。

 察しても口には出さないでおくと、少しだけ長生き出来るわ』


『男ってのは不器用な生き物でね。美人の前だと口が軽くなるのさ』


 がちゃ、とドアが開きました。

 大佐です。


『待たせたな』


 ミルクの瓶とカップをピーチマンの前に置きました。

 ピーチマンのカップにミルクが注がれました。

 団長はグラスにシャンパンを注ぎました。


『では、乾杯』


『乾杯』


 ごくごく。

 ピーチマンはミルクを一気飲みしました。


『ぷはーっ! ここのミルクは美味いねえーっ!』


 団長は少しだけシャンパンを飲みました。


『今回は妹を救ってくれてありがとう』


『いいさ! あんたの妹だから救ったってわけじゃない。

 そんな事は知らされていなかったからな。

 ただ俺の新人デビュー戦を派手に飾りたかっただけさ』


 後ろに立っていた大佐の目が細くなりました。

 ぎゅう!

 ピーチマンの首の後ろをつねられました。


『いててて!』


 大声を上げたので、団長がびっくりしてピーチマンを見ました。

 ピーチマンが大佐を見上げると、大佐はしれっとした顔で前を向いていました。


『どうしたの? 大丈夫?』


『いや、何でもないんだ。ちょっと肩こりが酷くてね。

 肩がつりそうになっただけ。ふうー!』


 大佐がにやりと笑ってピーチマンを見下ろしました。


『ちゃんとストレッチはしておけ』


『そうするよ!』


 団長がクラッカーを摘んで、かりっとかじりました。


『妹を救った時の様子は聞いたわ』


『俺は大した事はしてないぜ』


『貴方がそう思っているだけよ』


『そうでもないさ。大した事をしてなくたって、色男は格好良く見えちまうのが世の常ってやつさ』


 くす、と団長が笑いました。


『貴方、面白いわね』


『だろ? 女の子にモテるにはどうしたらいいかって、毎日努力してるんだ』


『うふふ。その甲斐あって、私は楽しいわ』


『そおかい? 努力が実って嬉しいぜ』


 くるり、くるり、と団長がグラスを回します。

 ピーチマンはにこっと笑って団長を見ました。


『そろそろディナーのトークテーマに入ろうかしら』


『ああ。焦らされるのは苦手なんだ』


『貴方を信用したいの』


『そうだな。俺もあんたを信用したい。

 テーブルの下でクロスボウを構えているのを見ると・・・』


『・・・』


『まだ信用されてないって事だよな』


『ええ』


『ま! この俺達の稼業じゃ当然さ。相手を信用しすぎると』


 ピーチマンが着流しの袖を捲りました。

 そこには隠しナイフが着いていました。

 ピーチマンが軽く手首を動かすと、かしゃっとナイフの刃が飛び出しました。


『長生き出来ない仕組みだ』


 団長もクロスボウをテーブルの上に置きました。


『で? 俺は何をしたらあんたの信用を得られるのかな。

 同じベッドを半分ずつ使ってみようってんなら、今から行こうぜ』


『それも良いと思うけど、別にあるの』


『海兵隊を潰せば良いのか』


『やれるの?』


『さあどうかな。こないだは妹さんがぶっ飛ばしてくれたからな。

 やってみなきゃ分からないって所だな。

 ところで、まさかとは思うが、欠員2名は妹さんが原因じゃないだろうな』


『うふふ。かもしれないわ。あの子、ああ見えて小心者だから』


『やーれやれ。欠員2名はついてなかったな』


『もうひとつあるわ』


『聞かせてくれ』


『ここから東の山奥に、鬼ヶ村という魔族の集落があるの』


 ピーチマンはカップにミルクを注ぎました。

 団長がそれをじっと見ています。

 ピーチマンが一口ミルクを飲みました。


『その集落をどうすりゃ良いんだ。魔族の引き抜きか?』


『そこは魔族の集落よ。鬼が治めている』


『おいおい! 本当に鬼族がいるのか!? 名前はシャレじゃないのか』


『そうよ。で、最近そこの魔族達が野盗化してきたの。

 近隣の住民に被害も出てるみたいね。

 そこで、うちに討伐依頼が出てるの。同じ魔族ならってね』


『ふーん。ま、それなら良い考えがあるぜ』


『聞かせてちょうだい』


『どういうわけか知らないが、海兵隊は妹さんをターゲットにしてるな』


『そうね』


『じゃ、妹さんがその集落に逃げ込んだって情報流せば良いのさ。

 残った方を片付けりゃ、両方解決だ』


『・・・』


『俺の見立てじゃ、海兵隊は鬼族には敵わない。

 被害が広がる前に、適当な所で退散するだろうが・・・』


 くいっとミルクを飲みます。

 この特濃ミルクは最高です。


『この傭兵団の魔族を出して、こっそり後ろを取っちまう。

 そこで海兵隊がどっちに向かって来るかはギャンブルだがな。

 ま、とにかく危なくならないうちに退散だ。

 海兵隊はその集落の近くで魔族を見れば、同じ野盗だと思うだろ。

 人族っぽいのじゃなくて、一目で魔族だって連中を送るのが大事だぜ』


『それで?』


『この傭兵団の人員を集落の者と見て、海兵隊は結構な戦力があると見る。

 で、海兵隊は兵力整えてから、その鬼ヶ村とやらに向かう。

 鬼族も居るとなりゃ、総力戦になると思うがね』


『どっちが勝っても、被害は甚大』


『そおーゆう事』


『貴方を敵に回したくはないわね』


『褒め言葉として受け取って良いかい』


『良いわ。試す価値は十分ある作戦よ』


『気に入ってもらえて良かったよ』


『好きな物を注文してちょうだい。貴方の信用が少し上がったわ』


『そうかい? じゃあ遠慮なく・・・

 そうだな。サーロインステーキとハンバーガーを頼む』


『・・・ハンバーガー?』


『好きな物って言ったろ?』


『うふふ。貴方って、やっぱり面白いわ』


『モテる男はつらいね。な、大佐』


 ぱちっとピーチマンが大佐にウインクしました。


『は? ああ、まあそうかもな? つらいのか?』


『ああ』


『では、何故モテようとするのだ?』


『ははははは!』


『うふふ。エリザベータ、貴方も面白いわ』


 びしっと大佐が敬礼しました。


『は! お褒め有り難く!』


『はーっははは!』


『ふ、うふふ。今夜は楽しいディナーになりそう』


 団長がぐいっとシャンパンを飲み干して、にっこり笑いました。

 ピーチマンも笑顔を返して、ミルクを一口飲みました。


『大佐。ミルクどお?』


『悪いが未成年ではないのだ』


『そりゃ残念』

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