第12話 VIPルーム


 ピーチマン達はまた鍛冶屋さんに来ました。


 鍛冶屋さんは、剣を少し研いでは離して見たり、目を近づけたりしています。

 ドンクロウが歩いていきます。


『オヤジ』


『仕事中だ』


『新人の挨拶だ。少し良いか』


 鍛冶屋さんは溜め息をついて、剣を置きました。

 ぎろっとピーチマンを睨みます。


『どおーも。新人のピーチマンってんだ』


『そうか。買う気がないなら帰れ』


『買うかどうかは見て決めるさ。初めて来たんだ。見るくらい構わないだろ?』


『では見ろ』


 次に伯爵が前に出ました。


『セリナよ! 私は魔術師だから用はないけど、挨拶に来たわ!』


『そうか。では帰れ』


 ぴき!

 伯爵のこめかみに青筋が浮き出ました。


『やっべえー』


 ドンクロウがそそくさと離れて行きました。


『この私がわざわざ足を運んで挨拶に来たのに、貴方は帰れと仰るの?』


『聞こえなかったか。帰れ』


 ぼん!

 凄い音がして、窯から火が吹き出ました。


『ほほほ! 良い剣が打てそうではなくて?』


『子供が火遊びするな。用がないなら帰れ』


 2人が睨み合いをしている中、ピーチマンは剣を見ています。

 やっぱりこの鍛冶屋さんは良い腕をしています。

 どれも良い剣です。


『予想通りだ。オヤジさん、中々良いじゃないか』


『で、買うのか』 


『どうしようかなあ。給料は入ったけど、ぎりぎりだなあ』


『お前、その腰の剣で何人斬った』


『さあね。俺は日記はつけないんだ』


『新しい剣を買ったら、また斬るのか』


『そうなるな。傭兵稼業じゃ身を守るって事は相手を殺す事だ』


『そうか。斬るのか』


『ああ』


 怒った伯爵が2人の間に割り込んできました。


『こらあー! 高貴な私を無視するな!』


 鍛冶屋さんがくるりと伯爵に振り返りました。


『お前は自分でここに用はないと言ったな』


『そうよ!』


『挨拶に来たのだな』


『そうよ!』


『お前はここに用はない。挨拶は聞いた。では帰れ』


『むきいー!』


 やれやれ、とピーチマンが振り返りました。

 ばたばた暴れるセリナの肩を押さえます。


『おいおい、セリナ。いい加減にしろ。お前の方が歳上だろ?

 もう少し貫禄ってものを見せてくれ。まるで子供が駄々こねてるみたいだ』


『絞首台に登らせてやるわ!

 泣き喚く姿を見ながらレイシクランのワインを開けるのよ!』


『分かった分かった。なあ、そろそろ戻ろうぜ。

 俺は忙しいんだ。雲の数を数えないといけない』


『そんな下らない用で!』


『そうだった。セリナのスリーサイズも測らないとな』


『貴方も絞首台に乗せてやるわ!』


『全く。冗談だよ』


 伯爵を引っ掴んで、ピーチマンは鍛冶屋さんに手を振りました。


『また来るぜ』


『もうその娘は連れて来るなよ』



----------



 3人は傭兵団の宿所に帰ってきました。


 セリナはまだぷんぷんしています。

 つんつん、とドンクロウがピーチマンをつつきました。


『アニキ』


『なんだ』


 しー、とドンクロウが口に指を当てました。

 そして、口の横に手を当てます。


『んー?』


 にやっとドンクロウが笑いました。

 ピーチマンが耳を近付けます。


『伯爵がいたからよ。案内出来なかったけど』


『はあ?』


『行くだろ? 給料入ったし』


『どこに?』


『決まってんだろ! クラブだよ、クラブ!』


『何のクラブだ。悪いが運動は苦手だぜ』


『ベッドの上の運動は得意だろ?』


 にやーっとピーチマンが笑いました。

 ドンクロウもにやーっと笑いました。


『美人の子がわんさと居る方の、クーラーブ!』


『参ったね。俺、妊娠しちまわないか?』


『へっへっへ。日が沈んだら部屋に行くぜ』


『にひひひ。りょおーかい』


 くるっと伯爵が振り返りました。


『ちょっと!』


『はいっ!』

『はいっ!』


 2人は思わず気を付けの姿勢を取ってしまいました。

 悪い事がバレそうになると、気を付けの姿勢を取ってしまいますよね。


『モタモタするんじゃない! 早く行くわよ!』


『そう急かすなよ』


『すんません』


 ぴたっと伯爵が足を止めました。


『あ、そうそう。忘れてたわ』


『ブラジャーでも付け忘れたのか』


『馬鹿言わないで! 変態、夕食の時は食堂に来なさい』


『デートの誘いなら、もう少しムードのある所にしないか』


『違うわよ。貴方、大佐に呼ばれたのよ』


 ピーチマンがドンクロウの方を見ると、ドンクロウが悲しげに頷きました。

 がっくりとピーチマンが肩を落としてしまいました。


『アニキ。明日も夜はくるからさ』


『そうだな。説教は我慢するさ』



----------



 夕食の時間になりました。


 と言っても、時間が何時だと言われなかったので、適当に来ました。

 食堂を見回すと、大佐がカウンターでお酒を呑んでいます。


『独りかい』


 ピーチマンが横に座ると、あ! と大佐が顔を上げました。


『お前! いつまで待たせるつもりだ!』


『仕方ないだろう。セリナから時間は聞いてなかったんだ』


『セリナ? 誰だ?』


『あの子の通り名さ。本名で呼んでたらまずいだろ』


『ううむ、そうだな・・・いや、そうではない! 来い!』


『どこにだ』


『いいからついて来い!』


『はいはい』


『何度言えば分かる! 返事は一度!』


『やれやれ』


 食堂の奥には、ドアがありました。

 屈強な犬族が左右に立っています。


『エリザベータ=ファッテンベルクだ。この者はピーチマン』


『どうぞ』


 がちゃ。

 ドアを開けてくれたので、中に入りました。

 ばたんとドアが閉まると、食堂とはがらりと雰囲気が変わりました。


『なあーんだい、ここは』


『VIPルームだ』


『へえ。いくらかかるんだ』


『金で使える場所ではない。認められ、実績がある者のみ入ることが出来る』


『エリザベータちゃんもその1人ってわけか』


『2度とちゃんと呼ぶな。まあ、その1人ではあるが、今日は貸し切りだ』


『誰の貸し切りだ』


『行けば分かる』


『やれやれ、そればっかりだな。さしずめ団長さんって所じゃないか』


『勘の良い奴だな』


『そのくらいの予想はつくさ』


 廊下を歩いて、一番奥のドアに来ました。

 ここにも犬族が2人、ドアの左右に立っています。

 犬族の2人は、じっと大佐とピーチマンを見ています。

 そして、手を差し出しました。


『腰の物をお預かりします』


『うむ』


 大佐が剣を外して渡しました。


『面倒な事だな』


 ピーチマンも剣を外して渡しました。

 大佐はちら、と2人を見た後、ドアをノックしました。


『エリザベータ=ファッテンベルクであります!

 ピーチマンを連れて参りました!』


『入ってちょうだい』


 がちゃ。


『ヒューッ。こいつはすごい・・・って、あらーっ!?』


 ピーチマンはソファーに座っている団長を見て驚きました。

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