第11話 伯爵、町を回る・2


 ピーチマン達は鍛冶屋に向かって歩いて行きます。


 この職人街は、少しは治安が良さそうです。

 少しだけですが。


『なあ。あんたの呼び名、考えようぜ』


 ピーチマンは伯爵の呼び名を考える事にしました。

 伯爵、スティアン、と呼ぶのは危険です。

 バレたらいつ暗殺されるか分かりません。


『呼び名? 必要ないわよ』


『あのなあ。さっきも言ったじゃないか。あんたがここに居るって分かったら、何が来るか分からないだろ?』


『ううん・・・』


『ドンクロウ。どうせお前の名前も偽名じゃないのか? 賞金いくらだ?』


『さすがアニキ、勘が良いな。奉行所に売らないでくれよ』


『あの傭兵団に本名でいる奴なんて、ほとんど居ないんじゃないか。

 賞金首になって困ってる奴らが集まってるって感じだろ』


『そうさ。バットも本名じゃないぜ』


『てことで、呼び名を考えようぜ』


『ミセス・ドラゴンで良いわ』


 ピーチマンとドンクロウが顔を見合わせました。

 さすがに安直ではないでしょうか。

 龍人族というのもバレバレです。


『却下だ。ここにターゲットがいますって言ってるようなもんだ』


『そう? そうねえ。じゃあ超天才美人セリナちゃんでいいわ』


『超天才美人ってのはどこから来たんだ』


『そのままよ』


『長いからセリナにする。いいな』


 ううん、と伯爵が不機嫌そうな顔をしました。


『超天才美人は欲しいわ!』


『長いって』


『短いわよ! 本当なら超天才スーパーウルトラグレート美人よ』


『セリナだ。で? セリナって名はどこから来たんだ』


『おばあちゃんの名前』


『オーケー。セリナで決まりだ』


『あんたの名前こそなによ』


『なにって言われてもなあ。これが本名だから仕方ないだろ』


『偽名色バリバリじゃないの!』


『仕方ないだろ。本名なんだから』


『嘘よ!』


『アニキ、さすがに無理があるぜ』


 2人はピーチマンの事を信じてくれません。

 本当に本名なのです。


『本当さ。俺、まだこおんなちっちゃな頃に、川を流れて溺れてたそうだ。

 で、育ての親父が拾ってくれたのさ。俺自身は覚えてないがな。

 その時に桃を一緒に拾ったから、ピーチマンなんだと』


『アニキも色々苦労してんだな・・・色んな意味で』


『なんて安直な・・・あんたの父親のネーミングセンスはどこに行ったの?』


『セリナも相当だと思うがな』


『アニキ、そこはもう突っ込むのやめとこうぜ』



----------



 3人は鍛冶屋さんに着きました。


『熱いわ!』


『セリナちゃんは離れてお留守番してなさい。じゃ、挨拶してくるぜ』


『おーす! オヤジー!』


 ごふー、ごふー、とふいごの音が響きます。


『オーヤージー!』


 ドンクロウが大声を上げて、やっと鍛冶屋さんが顔を上げました。


『うるせえ!』


 ドンクロウが溜め息をついて首を振りました。


『アニキ、ありゃ駄目だ。

 キリの良い所まで待たねえと、ハンマーが飛んでくる。

 これ冗談じゃねえぜ。本当にハンマー投げて1人殺してるからな。

 この町に鍛冶屋は貴重だから、事故死扱いにされたけどよ』


 それだけ作業に集中しているのです。

 この鍛冶屋さんはきっと腕利きのはずです。

 ピーチマンは肩をすくめました。


『ま、仕方ないだろ。鉄は熱いうちに打てってな。職人なんだ。

 アイスクリームでも買いに行こうぜ』


 2人は伯爵の所に戻りました。


『セリナ。しばらく待たなきゃ駄目だ。アイスクリーム買いに行こうぜ』


『チョコチップミントよ!』


『ドンクロウ、アイスクリームの屋台はあるか?』


『えっ? あったっけなあ。クレープ屋なら向こうにあるが』


『イチゴ生クリームよ!』


『じゃ、クレープで我慢するか』



----------



 クレープ屋さんに来ました。


 伯爵は屋台に金貨を1枚放り投げ、腕を組みました。


『イチゴ生クリーム! ガンガン作りなさい!』


『はい!』


 ささっ!


『お待たせしました!』


 差し出されたクレープをもぎ取って、伯爵が飲むように食べてしまいました。


『次!』


『お待たせしました!』


『次!』


『お待たせしました!』


 ピーチマンもドンクロウも、呆然と伯爵を見ています。

 伯爵のペースは全く落ちません。


『うえ。見てるだけで腹いっぱいになりそうだぜ』


『全くだ。胸焼けがしてきたぜ。なあアニキ、俺らはあっちで』


『あんた達も食べなさい! 奢るわ!』


『ああ、ありがとさん』


『どうも、セリナさん』


 ピーチマンとドンクロウがうんざりしながら屋台に近付きます。


『バナナチョコ』


『照り焼きチキン』


『ちょっと待ちなさい!』


『はあー?』


 伯爵がずかずかとドンクロウに近付きました。


『な、何でしょう』


『照り焼きチキンってなによ! そんなクレープあるの!?』


『ありますよ。ほら、メニュー見て下さいよ』


 むん!

 伯爵がメニューを見上げます。

 照り焼きチキン。

 ウインナー。

 ガトーショコラ・・・


『ガトーショコラ!? ケーキにクレープを巻くの!?

 意味不明だわ! 店員! ガトーショコラよ!』


『はい!』


『む! 中々ずっしりくるわね。これは食いでがあるわ!

 次! 照り焼きチキンよ!』


『はい!』


『ううん・・・そう悪くはないわね。でも、悪くはない止まりかしら。

 次! ウインナーよ!』


『はい!』


『ノーコメント! ガトーショコラよ!』


『はい!』


 ピーチマンとドンクロウは渡されたクレープを見ました。

 伯爵を見ているだけで、もうお腹がいっぱいです。

 2人はベンチに仲良く座りました。


『あーあ。食欲なくなるぜ』


『アニキ、頑張ろうぜ』


 ピーチマンとドンクロウはうんざりしながらクレープを食べ終えました。

 全然食べていないのに胸焼けがします。

 2人はベンチに寝転がりました。


『セリナと食うのはやめようぜ』


『さすがアニキだ』


 寝転がったまま屋台の方を見ると、セリナはまだクレープを食べています。


『寝るか』


『さすがアニキだ』


 ぽかぽかした日差しで、2人は気持ちよく寝入ってしまいました。



----------



 ごすっ!

 どさっ!


 ピーチマンが伯爵に蹴られて、ベンチから落ちました。


『痛えなあ!』


 ごすっ!


『ぶぐぇへっ・・・』


 ドンクロウにも伯爵の蹴りが入りました。


『かはっ! こっ、かふ・・・』


 ドンクロウの顔色が変な色です。


『おいおいドンクロウ。大丈夫か? クレープの食べすぎか』


 ピーチマンがドンクロウの横腹に手を当てて、治癒の魔術をかけました。

 ふう、と息をついて、ドンクロウが立ち上がりました。


『アニキ、助かったぜ。もろにレバーに入った。潰れてたぜ』


『セリナ、次からもう少し優しく起こしてくれ。

 知らないと思うが、キスすると目が覚めるんだ』


『そう。じゃあ私の靴の裏にキスさせてあげる。

 次からは顔に上から蹴りを入れるように気を付けるわ』


 ピーチマンは怪訝な顔をしました。


『セリナ、本当に知らないのか? 唇にキスするんだ』


『馬鹿な事を言わないで』


『おい、ドンクロウ。本当に知らなかったみたいだ』


 ピーチマンは伯爵に見えないように、ドンクロウにウインクしました。

 ドンクロウも伯爵に見えないように一瞬笑って、驚いた顔をしました。


『ああ・・・驚いたぜ。貴族暮らしだと知らねえもんか』


『え? え?』


『常識だと思ってたが、平民しか知らないもんだったんだな』


『アニキ、すまねえ。俺も貴族様とは付き合いはねえからな。

 当たり前の事だと思ってた。平民の常識ってやつなのか?』


『嘘よ。嘘でしょ』


 ぽかーん、とピーチマンとドンクロウが伯爵を見上げました。


『え? 本当なの?』


『俺はまだ信じられねえ。知らねえのは赤ん坊だけだと思ってた。

 伯・・・セリナさん、からかうのはやめてくださいよ』


『そうだぜ。セリナ、悪い冗談はなしにしようぜ』


 伯爵は慌ててしまいました。

 ピーチマンとドンクロウの演技にまんまと引っ掛かったのです。


『しー、知ってるわよ! 冗談! 冗談よ!』


『だあよなあ! ぶは! はははは!』


『うははは! アニキ、もう少しで引っ掛かる所だったぜ!』


『ああ! セリナ、嘘が上手すぎだぜ! 貴族社会で生きてると違うな!』


『ふん! 貴族で生きるには、そういうスキルも求められるのよ!』


 伯爵は見事に騙されてしまいました。

 明日からは伯爵の柔らかいキスで起こされる事でしょう。

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