第10話 伯爵、町を回る・1
ピーチマンと伯爵はドンクロウの部屋の前に立ちました。
とんとん。
ノックしてしばらく待ちましたが、出てきません。
『ありゃ。留守かな』
とんとん。
『おーい。俺だ。ピーチマンだ』
ごそごそと音がします。
ドンクロウがいるようです。
少し待っていると、ドアが細く開きました。
『アニキ』
『町に行こうぜ。案内してくれるんだろ』
『お、おお! そうだった! すまねえ、少し待っててくれ!』
ばたんとドアが閉まって、がさがさ音がします。
少しして、ドンクロウが出て来て驚きました。
『げっ! 伯爵!?』
『げって何よ。私が居たら不都合でもあるのかしら』
『いや! そんな事は!』
ずいっと伯爵が前に出ました。
『早く案内なさい』
『はい・・・あ、いや、あの、あまり治安の良い町ではないんですが』
『承知の上よ。私、今日からここで傭兵するの』
『ええっ!?』
『ここに居る為の肩書きだけよ。町の外には出ないわ。
ところで貴方、顔が広いそうね』
『その、それなりにですが』
『なら私の為に町を案内なさい。行きましょう』
伯爵の後ろで、ピーチマンが首を振っています。
ドンクロウの肩ががっくりと落ちました。
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『アニキ、まず最初に行かなきゃならねえのは病院だ』
『ああ。お前を担ぎ込んだ所か』
『そう、あの病院さ。いやあ、あん時はすまなかった』
『やっぱり傭兵仕事って怪我が多いのね』
『それもありますがね。あそこの医者、情報屋もやってるんです』
『へーえ。情報屋か』
『ああ。仕事受ける前には、まず情報屋で仕事がやべえかどうか調べるもんさ。
アニキが伯爵助ける仕事の時はいきなりだったから、驚いたぜ』
『そうね。情報は何より大事だわ』
伯爵が頷きます。
貴族商売をしていると、耳さとい事が大事だと骨身に染みて分かるのです。
病院の前に立って、病院を見上げてみます。
2階建てですが、壁が汚いです。
病院ですから、もっと掃除はこまめにした方が良いでしょう。
『うちの団長は非人頭もやってるんすけどね』
『なんだい、そりゃあ』
『河原者や乞食のまとめ役みたいなものよ。
たまに組みたいのを組んで、縄張り争いとかするから、仲裁したり。
あと、巡礼者の宿も用意したりするの。
無料の病院とか立ててあげたりもするわ。
一番大事な仕事は情報収集ね。
情報を持って来た者に、使えそうな情報ならお金なんかをあげるの。
ああいう者達って、意外と情報網が広いのよ』
『へーえ』
『で、その情報をまとめて精査して、俺達に売ってくれるのがここの医者さ』
『なるほどね』
『ふっかけられるから、気を付けなよ。
だがよ、値段はともかく正確だぜ。情報屋は信頼第一だからな。
つっても、精査前の新しすぎる情報には注意もいるがな』
『じゃ、挨拶に行くとするかあ』
3人が中に入って行きました。
ドンクロウが受付にのっしりともたれ掛かりました。
『新人連れてきた。ドクターに面通しさせてくれ』
『はーい』
受付の女の子は、だるそうな顔で奥に入って行きました。
女の子はすぐに戻って来ました。
『どおぞー』
ドンクロウが歩いて行きます。
ピーチマンと伯爵もドンクロウについて歩いて行きます。
『ここだ』
ノックもせずにドンクロウがドアを開けました。
ドクターは怪我人の治療中でした。
『うぎゃあー!』
『うるせえな! タマついてんなら黙りやがれ!』
うわあ、と伯爵が顔を逸らしました。
固定された腕が切り開かれています。
傷口から白い骨が見えています。
『う、ううあっ』
ドクターは手早く縫合して、ばん! と患者さんの背中を叩きました。
『酒でも呑んで1週間くらい大人しく寝てろ。1週間したらもう1回来い』
『ああ・・・くそ』
『あまり動かすなよ。骨がズレると変な固まり方して腕が曲がるぞ』
『分かったよ、ちきしょう』
真っ青な顔をした患者が出て行きました。
ドクターはメスとピンセットみたいな器具をガラスのコップに放り込みます。
ドンクロウが軽く手を上げて、
『よう、ドクター。新しい客だ』
『どおーも。ピーチマンだ』
『伯爵と呼んでちょうだい』
ドクターはにやりと笑いました。
『これはこれはスティアン伯爵様。お目にかかれて光栄です』
『ちっ・・・シバン=スティアン、セント大永劫領の伯爵よ』
さすが情報屋です。
伯爵の名前を知っていました。
『今回はご災難でしたな』
『ええ。しばらくこの町にいるわ。お世話になるかもしれないから宜しく』
『こちらこそ。よろしくお願い致します』
ピーチマンが前に出て、
『早速だが、海兵隊がなぜ伯爵を狙うか知りたい』
ドクターが首を振りました。
『それは私も知りたい。申し訳ないが、情報が入ってこない』
ドンクロウがドクターに詰め寄りました。
『おいドクター。すっとぼけるんじゃねえぜ。
伯爵様は金払いもいいが、それ以上に怖いお方だ。
怒らせない方が良いと思うがな』
ドクターは全く驚きもせず、ドンクロウの顔をぐいっと押して離しました。
『本当に分からないのです。彼らは声明も出しませんし。
一体、何に対する反乱なのか。
なぜスティアン伯爵が狙われるのか。
何が何だかさっぱり、という状態でして。
スティアン伯爵、申し訳ありませんが』
伯爵はポケットから金貨を1枚出して、ドクターの足元に投げました。
『情報が入ったら報せてちょうだい。予約料はこれで足りるかしら』
『一番に報せます』
『結構よ。変態、ドンクロウ、行くわよ』
『ドクター、情報屋は早さも売りだって覚えときな』
『ドンクロウよ。あまり調子に乗ると、次は輸血してやらねえぞ』
『ちっ。アニキ、行こうぜ』
『ああ。ドクター、またな』
3人は病院を出て行きました。
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『で、次はどこに行くんだ』
『鍛冶屋だな。俺等の稼業じゃ必須だろ』
『そうだな』
『私には必要ないわ』
『じゃあここで待っててくれ。ドンクロウ、行こうぜ』
『私も行くわよ!』
すたすたと3人が歩いて行きます。
おや。女の子がこちらを見ています。
『こらー! ドンクロウ!』
女の子が走ってきて、ドンクロウに飛びつきました。
『すぐ遊びに来るって言ったじゃないかあ。
なんで来なかったのさあー』
『すまねえ。急ぎの仕事が入ってな。でもよ、金はたーんまり入ったぜ』
『やったあ! 待ってるからね! あっ!』
女の子が伯爵の方を見ました。
『ドンクロウ! てめえ、他の女見つけやがったのか!』
『勘違いするな。この2人は新人だ。今、町を案内してるんだ』
べー! と女の子が伯爵にあっかんべーをしました。
『貴方。私に喧嘩を売ってるの?』
『ふーん! ドンクロウに手え出したら、ただじゃおかないぞ!』
『どうなるの?』
『その綺麗なツラの皮ひん剥いてやる!』
『そう。ひん剥くって、こんな感じかしら』
がりがりがり!
凄い音がして、道路の石畳が剥がれて、どすん! と落ちました。
さすがは伯爵、龍人族の魔術はとんでもないものです。
でも、道路の石畳を剥がすのは良くありません。
『剥がした石畳はちゃんと戻しとくんだぜ。つまづいて転んじまう』
『あ、それもそうね。うっかり税金の無駄遣いさせる所だったわ』
すうーっと石畳が元に戻りました。
女の子が真っ青な顔で伯爵を見ています。
『このクソ売女の小便垂れのミジンコ並の脳味噌のガキが。
口のきき方に気を付けなさい』
ピーチマンは呆れてしまいました。
『あんたも中々の口のきき方だと思うが、そう思うのは俺だけか?』
女の子がおどおどしながら頭を下げました。
『すみませんでした』
『分かれば良いのよ。私は寛大だから、1度目の失敗は許すの。
でも、2度目は許さない事にしてるわ。良く覚えておくことね。
ドンクロウは好みではないの。安心なさい。さ、行きましょう』
伯爵の魔術を改めて目の前で見て、ドンクロウも腰が抜けそうです。
『は、はい』
3人は歩いて行きます。
ピーチマンは伯爵に注意することにしました。
『あんまり目立つ事はしない方が良いと思うぜ。
明日にはあんたの噂でもちきりになっちまう』
『皆が私を知るのね! 素晴らしいわ!』
『海兵隊にも伝わるぜ。本当に暗殺部隊が来たらどうする。
いくらすごい魔術が使えたって、見えない相手には対処出来ないぜ』
『ううん、そうね。気を付けるわ。帰ったら部屋には結界を張っておくわ』
『へえ! 結界も使えるのか!』
『当たり前よ。私は龍じ』
がば!
ピーチマンが伯爵の口を押さえました。
『そういう事を人前で言うなってのーっ!』
『むー!』
『分かったか?』
『むんむん!』
ドンクロウは2人を見て溜め息をつきました。
伯爵は大丈夫でしょうか。
この町に海兵隊が押し寄せてきたら大変です。
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