お散歩

第9話 龍人の珈琲


 ロビーに入ると、伯爵とドンクロウとバットが待っていました。


 大佐がロビーに入ると、ドンクロウとバットはぴしっと敬礼しました。

 伯爵はソファーに座って紅茶を飲んでいました。


『エリザベータ=ファッテンベルクであります!

 スティアン伯爵! お待たせ致しました!』


 大佐が伯爵の前で敬礼しました。

 伯爵はカップを置いて、にっこり笑いました。


『こんな時間だもの。気にしてないわ』


『お許し感謝致します!』


『お姉ちゃんはもう寝てるわよね』


『おそらく!』


『部屋を用意してもらえるかしら。疲れたわ』


『は!』


 大佐がばたばたと走って行きました。

 大佐の態度に、ピーチマン達は驚いてしまいました。


『なんだあー、ありゃあ』


『アニキ、あれが普通だと思うぜ』


『すね』


 伯爵はにっこり笑ってカップを取りました。


『貴方達は特別よ。命の恩人だもの。

 本来なら不敬罪で首を飛ばしてもらうわ』


『さすがに首が無くなったら死んじまうよな』


『当たり前じゃねえか』


『ピーチマンさん・・・』


 ピーチマン達は急に眠くなりました。

 昨日も寝不足でしたし、もう夜中です。


『じゃ、大佐が戻って来たら、俺達もシャワー浴びて寝ようぜ。

 ふあーあ、さすがに疲れちまったよ』


『俺もだ。寝不足はきついな。一気にきたぜ』


『俺もっすー』


 ふわあ、と伯爵もあくびをしました。


『私も疲れたわ。それより、着替えはどうしようかしら』


『お姉ちゃんにおねだりしたらどうだい』


『そうするわ』


『下着選びなら手伝ってやるぜ』


『変態!』



----------



 翌日の事でした。

 もう昼に近い時間です。


 ピーチマンが寝ていると、ドアが開きました。

 ピーチマンはあくびをして、目を閉じたまま言いました。


『悪いが今日はもう店じまいなんだ・・・ぐう』


 そう言って、また寝てしまいました。

 誰かがベッドに近付いてきました。


『あちー! 何しやがる!』


 そこには伯爵がコーヒーカップを持って立っていました。

 なんと、寝ているピーチマンの顔にコーヒーをかけてしまったのです。


『もう少し大人しく起こせないのか!?』


『起きない貴方が悪いのよ。ほら。私自らが淹れてあげたコーヒーよ』


『はあ。ありがとさん』


 ピーチマンはカップを受け取って、コーヒーを飲みました。


『ぶはっ! 何だこりゃあ!?』


 すごい味です。

 ピーチマンは驚いてしまいました。


『何って、コーヒーよ』


『レディー・スティアン! あんた、コーヒーの淹れ方も知らないのか!?』


『ええ? そんなに変な味?』


 伯爵はピーチマンの手からカップを取り、一口飲みました。

 首を傾げて、不思議そうな顔でピーチマンを見ました。


『普通に美味しいじゃない』


『龍人族ってのはこんな味のコーヒーを飲むのか!?

 皮なめしの汁にバーボンとワインと油をぶち込んだみたいだ。

 飲めたもんじゃないぜ!』


『ええ? そうかしら・・・普通にコーヒーの豆しか使ってないわよ』


『やれやれ。どうしてこんな味になるのか不思議だ。

 で。何の用だ。まだ夜には早いが、シャンパンを用意した方が良いのか』


『この町を見てみたいわ。案内なさい』


 ピーチマンは困ってしまいました。

 まだ来たばかりで、この町の事はほとんど知りません。


『悪いが、俺も来たばかりでね。ここ以外はさっぱりだ。

 というか、ここもまだ良く知らない』


『使えないわね』


『悪かったな。で、お姉ちゃんには会ったのか』


『とっくに会ったわよ。今日から私も傭兵よ。外には出ないけど。

 下手に動くと危険だから、反乱が収まるまでここにいる事にしたの。

 移動中にあいつらに襲われちゃうもの』


『そうかもな。で、あんたは早速外に出て町を見たいってのか』


『町から出ないってだけよ』


『ならドンクロウを呼ぶか。あいつ、この町じゃ結構顔がきくらしいぜ』


『そう。じゃあ行きましょう』


『着替えるから待っててくれ』


 ピーチマンは渋々起きました。

 今日は1日寝ているつもりだったのに・・・


『何してる』


『早く着替えなさいよ』


 伯爵は平気な顔で椅子に座ってコーヒーを飲んでいます。


『出ててくれないか。恥ずかしくてほっぺが赤くなっちまう』


『何が恥ずかしいのよ』


『俺が恥ずかしいんだ。頼むから出ててくれ』


『貴方はこの私を廊下に立たせて待たせようと言うの?』


『乙女は男の着替えを見るもんじゃないぜ』


『そういうものなの?』


『当たり前だろ。そんな事も知らないのか?』


 伯爵はぽかんと口を開けました。


『知らないわよ。平民ってそうだったの? それとも、貴方が特別なの?』


『皆そうだ。だから貴族は変態だって言われるんだ』


『仕方ないわね。出てあげるから、10秒で着替えなさい』


 伯爵はカップを置いて出て行きました。


『やれやれ』


 ピーチマンはクローゼットを開けて、着流しを手に取りました。

 その時、ばたんとドアが開きました。


『とっくに10秒経ったわよ! 何してるの!』


『いい加減にしろ!』



----------



『さあて、ドンクロウの部屋はどこかなあ』


 伯爵が呆れてしまいました。


『貴方、友達の部屋も知らないの?』


 ピーチマンも呆れてしまいました。


『何度も言ったが、来たばかりでね。

 ドンクロウとパジャマパーティーする時間はなかったんだ。

 あいつ、俺が来た日はナイフが刺さって病院で寝てたからな。

 次の日には、あんたを助けにここを出てきたんだ』


『仕方ないわね。ちょっと! そこの下郎!』


 伯爵が廊下を歩いていた男を呼び止めました。


『ああーん? 下郎っちゃ俺の事か?』


『そうよ!』


 ピーチマンは困った顔で首を振りました。


『ねえちゃん、新人か? もう少し言葉遣いに気を付けな。

 俺は優しいから許してやる。次はないぜ』


『下郎。無駄口を叩かないで、ドンクロウの部屋を教えなさい』


『次はねえって』


 ばがん!

 下郎と呼ばれた人の頭が天井に突き刺さりました。

 ピーチマンは伯爵を呆れた顔で見て天井からぶら下がった男を指差しました。


『おいおい。これじゃ道を聞けないじゃないか』


『あ、そうよね。失敗したわ』


 ぶらんとぶらさがった男を避けて、廊下を歩いて行きます。


『貴方、何してるの』


『驚くなよ。廊下を歩いてるんだ』


『そうじゃなくて! 道を聞ける人を探せと言っているのよ!』


『うーん。居るかな』


 とんとん。

 近くにあったドアをノックします。

 少し待つと、細くドアが開いて、誰かが顔を半分だけ覗かせました。

 剣先が隙間からしっかり出ています。

 知らない人が訪ねて来た時は注意しないといけませんから、当然です。


『ドンクロウって犬族の部屋を探してるんだ。知らないか?』


『ドンクロ・・・あっ! てめえ、ドンクロウを刺した奴じゃねえか!』


 彼は勘違いしています。

 ドンクロウがナイフを振り回し、転んで自分を刺してしまったのです。

 ナイフを使う時は気を付けないといけません。


『おいおい、俺は刺してないぜ。

 あいつが転んで、自分で自分を勝手に刺したんじゃないか』


『ち! ドンクロウの部屋は2階だ。2ーAだ。

 お前、今度こそ刺されても知らねえぞ』


『またナイフが刺さらないように気を付けろって伝えとくよ』


 ばたん! とドアがしまって、がちゃんと鍵が閉まりました。

 ピーチマンは伯爵の方を向きました。


『だ、そうだ。2階に行くか』

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