第8話 帰還


 ピーチマン達は、夜中になって、やっとスキトロウの町に着きました。


『追手は来なかったな』


『ああ。暗くたって、俺の鼻とバットの耳から隠れられるもんじゃねえ。

 伯爵もいるし、少人数で攻めるのは無理だって思ったんじゃねえかな』


『そっすね。さすがにこの町の中に入り込んでるって事はないっすよね』


『あるかもな。近場で魔族がいる傭兵団って言ったら、ここだけじゃないのか。

 救出したのが俺達だってのは、ダンゴムシでも分かると思うがな』


『うへえ』


『その上、ここは野盗みたいな奴ばかりだ。

 それっぽい格好して入り込めば、分かるもんじゃない』


『アニキ、不安になること言わないでくれよ』


『ま、すぐに分かるさ。早くシャワーが浴びたいぜ』


『だな』


『すね』


『私も早くお姉ちゃんに会いたいわ』


 ピーチマンは頷きました。

 命を狙われているなら、さっさと魔の国に帰った方が安全です。

 反乱軍も、魔の国に侵入するほど馬鹿ではないでしょう。


『だな。さっさと魔の国に帰った方が身の為だ』


『何言ってるの? お姉ちゃんはここにいるじゃない』


『何て言った? 姉さんがここに居るって?』


『そうよ』


 ピーチマン達は、ぽかーん、と口を開けました。


『おい、ドンクロウ』


『いや。聞いた事ねえな』


『バット』


『いやいや。知らないっすよ』


 伯爵は「この人達は何を言ってるんだろう」という顔をしました。


『あんた達、本当に知らないの?』


『俺は知らないな。この町に来て、まだ3日だしな』


『そうだったの。ま、新人じゃ仕方ないわね。

 スキトロウ傭兵団の団長やってるわ』


 これにはピーチマンも驚きました。

 傭兵団の団長が伯爵のお姉さんだったなんて、聞いていませんでした。


『はあーっ!? 聞いてないぜ!』


『何驚いてるのよ。驚きたいのは私の方よ。

 貴方達、自分の傭兵団の団長の名前も知らないの?』


 ドンクロウが首を振って、


『いや、伯爵。団長は人前には顔を出さねえし、名前も出ねえんだ。

 ただ「団長」って呼ばれてるだけだ。

 大佐くらいの上役しか、顔も知らねえと思うぜ』


『あらそう? ま、それもそうよね。

 こんな変態がいる傭兵団じゃ、顔を出したら大変よね。

 いつ誰が夜這いに来られるか分かったものじゃないわ。

 お姉ちゃん、美人だもの』


『そういう事じゃないと思うがね』


『冗談に決まってるでしょ。貴方達、今の話は秘密にしときなさい。

 お姉ちゃん、怒ると怖いんだから』


『やれやれ。女は謎ってのは良い謳い文句だな』


『で、男は野蛮で下品で低能で自惚れ屋ね』


『パパもそうだったのかい?』


『そうだと思うわ』


 この返しには、ピーチマンも口をぽかんと開けてしまいました。

 伯爵はしてやったりと、にっこり笑いました。


『むっかー! なんて怒ると思った?』


『なあんだ。パパが嫌いで家出してきたって事か』


 伯爵は首を傾げました。


『どうかしら。そういう気持ちもあったかもしれないわ』


『かもしれない?』


『会ったこともない人だもの』


 これは悪いことを聞いてしまいました。

 伯爵は、お父さんを知らなかったのです。

 きっと、赤ちゃんの時に亡くなってしまったのでしょう。


『すまない。悪いことを聞いたな』


『勘違いしないで。ピンピンしてるわよ。

 魔王様のお城でずっと働いてて、帰って来た事がないのよ。

 パーティーにも出てこないし』


『なんだい、そりゃ』


『大事な魔術の研究とかしてるらしいわ』


『大事な魔術ね。女の子にモテる魔法でも探してるのか』


『そうかもね。私は魔の国を回った後、人の国も見たくなっただけよ。

 そうよ! 私は冒険がしたかったのよ!』


『姉さんもかい?』


『そうよ。2人で一緒に旅をしたの。

 で、魔の国の次は人の国! 未知なる国の冒険よ!』


『へーえ。それが伯爵様と団長様になったってわけだ』


『そういう事よ。大変だけど、面白いわ! 飽きたら別の国に行くの!』


『飽きたら次の冒険ね。領主がいきなり旅に出るなんて言い出したら、領民はどうするんだ』


『そこはちゃんと連合国代表に許可は貰ってるわ。

 私がいつ出ていっても良いようにってね。

 そういう条件で、領主になったんだから』


『やれやれ。抜け目ないな』


『男と違って、女は賢いのよ』



----------



 ピーチマン達はやっと傭兵団の建物に着きました。

 中の食堂から、下品な笑い声や何かが割れる音が聞こえます。


『ふう。やっと着いたな。大佐はまだ起きてるかな』


『アニキ、この時間じゃさすがに寝てると思うぜ。

 俺達と違って、書類仕事やら何やらで忙しいはずだ』


『どうするっすか? 起こすっすか?』


 ドンクロウがバットを小突きました。


『バット、馬鹿な事考えるな。こんな時間に起こしたら、懲罰房行きだぜ』


 夜中とはいえ、せっかく任務を達成したのです。

 伯爵も早くお姉さんに会いたいはずです。


『良いでしょう。起こしちゃいましょう』


『おいおい、アニキ』


『お前達はもう部屋に戻ってろよ。俺と一緒にいたら、懲罰房だろ?

 大佐の部屋はどこだ?』


『役員寮のはずだが・・・バット、大佐の名前、なんだっけ?』


『確か、ええと、ファット? 狼族の貴族じゃ有名な家だったよな。

 難しい名前の、ファー、フォラット?』


 同じ貴族の伯爵は知っていました。


『ファッテンベルクじゃないの?』


『そうそれ! さすが伯爵!』


『そおか。ファッテンベルクね。じゃ行ってくる』


 軽く手を上げて、ピーチマンは奥に入って行きました。

 本当に夜中に寝ている人を起こすつもりです。

 でも、伯爵の為ですから、仕方ありません。


『あーあ。行っちまったぜ。バット、どうする?』


『仕方ねえ。俺達もここで待ってようぜ。

 伯爵を1人にするわけにゃいかねえだろ。

 報酬と引き換えに、懲罰房は勘弁してもらおうぜ』


『だな。すげえ馬ももらってきたしな。あれが報酬で十分だ』


『違うぜドンクロウ。あれは借りたんだ。無期限でな』


『おっとそうだったな! ははは!』


『ひゃひゃひゃ!』


 下品な笑い声に、伯爵が溜め息をつきました。



----------



 ピーチマンは役員寮に入って、大佐の部屋を探しました。

 皆寝ていますから、静かにしないといけません。


『ファッテンベルクっと。ここだな。せえの』


 ばきーん!

 ピーチマンがドアをパンチしました。

 ドアに穴が空いたので、そのまま鍵を開けました。

 これで起きるまでノックする必要はありません。


『こんばんは、大佐。急ぎの用だったから、勘弁してくれ』


 大佐は目を丸くして、ピーチマンを見ていました。


『どうしたんだ? おかえりとか、こんばんは、とかないのか?

 ああ、ドアの修理費は今回の報酬から引いといてくれ。

 足りなかったら、ツケにしてくれると助かるんだが』


 ぱ、ぱ、とピーチマンは手をはたいて大佐を見ました。

 大佐はシーツを胸に当てたまま、動きもしません。


『おいおい、寝不足なのは分かるが』


『お、お、お前、お前は、ここで何をしている』


『何って、帰って来たから起こしに来たんじゃないか。

 伯爵が待ってるんだ。早く服を着ろよ』


『何!?』


『驚くのは後にしてくれ。早く服を』


『出ていけ!』


『うわっと!?』


 ピーチマンがしゃがむと、頭の上を剣が飛んで行きました。

 がしゃん!

 ガラスが割れて、剣は窓からどこかに飛んでいってしまいました。


『おいおい、危ないな。誰かに当たったらどうするんだ』


『お前に当てたかったんだ!』


『そうなのか? 避けて悪かったな。で、服は着てくれるのか?

 そのままの方が俺は嬉しいから構わないんだが』


『貴様! 殺す!』


 いつもの大佐は怖いですが、裸で凄んでも全然怖くありませんでした。


『まず服を着た方が良いと思うがね。その格好で凄んでも迫力ないぜ』


『今すぐ出てドアを閉めろ!』


『分かったよ』


 ピーチマンは手を上げて外に出ました。

 ドアを閉めた時、穴が空いているのに気付きました。


『俺はちゃあんとドアを閉めて外に出たからな』


 と、覗こうとしましたが、次は何が飛んでくるか分かりません。

 頭に槍が突き刺さった姿を想像して、ピーチマンはドアの横で待ちました。

 少しして、かつかつかつと大佐の靴の音が聞こえました。


 ばたん!

 乱暴にドアが開きました。

 夜中に大きな音を立ててはいけませんが、お急ぎですから仕方ありません。


『伯爵はどこだ!』


『ロビーで待ってるよ。さあ早く行こうぜ。

 なあ、女の買い物と着替えってのは、どうして時間がかかるんだ?』


『無駄口を叩くな! 行くぞ!』


『はいはい』


『返事は一度!』


『はあーい』

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