第7話 変態は悪知恵が働く


 お昼を過ぎて、もう夕方です。

 やっとロストエンジェル領に入りました。


 馬車を飛ばしたので、馬がとても疲れてしまいました。

 スキトロウの町まではまだ少しありますが、馬車を止めました。


『仕方ないな。これ以上走らせたら、本当に馬が参っちまう』


 はあはあと馬が息を切らせています。

 本当に倒れてしまいそうです。


『ここまでもった方が驚きだぜ。すげえ馬じゃねえか。

 な、アニキ。馬車はやられちまった事にして、報酬にもらっちまおうぜ』


『それも良いかもな。さて、レディー・スティアン』


『何よ』


『歩くか? ここで野営するか? もう馬車は無理だぜ。馬が限界だ』


『貧弱な馬ね!』


『おいおい、ここまで全力で飛ばして来たんだ。1級の軍馬並だぜ』


『野営するわ! 高貴な私が野を歩くなんて許されないのよ!』


『俺がおぶってもいいんだがな』


『嫌よ!』


『そうか。じゃあ野営するか。まだ領地の境って所だが、構わないか?』


 ドンクロウとバットは慌ててしまいました。

 まだ領地の境目です。

 こっそり標的を始末して隠してしまうのは簡単です。

 もちろん、ピーチマンが相手でなければです。

 ですが、大規模な戦闘になれば自分達はどうなるか分かりません。


『アニキ、さすがに危ねえと思うぜ。追手は来てるはずだ』


『そうっすよ。絶対に来ますよ』


『領地侵犯よ!』


『おいおい、相手は反乱軍なんだぜ。領地の侵犯くらい普通にするさ。

 規則が不満で反乱した軍が、規則に則って戦争すると思うのか』


『思わないわ』


『じゃ、歩くか。ドンクロウ、馬を馬車から外して、荷を括り付けよう』


『へへへ。馬は頂いちまうんだな』


『おいおい、伯爵様の前で疑わしい事を言うんじゃない。

 緊急時だから借りるだけさ。ただ拝借する期限が無期限ってだけだ』


『ははは!』


 ピーチマンとドンクロウは馬を馬車から外して、荷を括り付けました。


『レディー・スティアン。馬は乗れるか?』


『馬鹿にしないで』


『そうじゃない。そのドレスで乗れるかって聞いてるんだ』


『構わないわ』


 そう言って、スティアン伯爵は縄を持って来ました。

 そして、かまいたちの魔術でスカートを真ん中で切りました。

 次に、縄を短く切って、ズボンのように切ったスカートを縛りました。


『ひゅう! 器用なもんだ』


『これで乗れるわ』


『もう1頭は御者さんだな。俺達は歩く』


『アニキー、俺もバットも疲れてるぜえー』


『我慢しろよ。こんなバテバテの馬に2人乗りは無理だ』


『あーあ、仕方ねえな』


 ぱっと伯爵が馬に乗りました。


『変態! 口を取りなさい!』


『分かった分かった。ちょっと待っててくれ』


 ピーチマンは疲れ切った御者を持ち上げて、馬の上に乗せました。

 そして、御者の馬の口をドンクロウに任せました。

 ピーチマンは伯爵の馬に歩いて行って頭を下げました。


『姫。お待たせ致しました』


『全くだわ。女性を待たせるなんて、男失格ね』


『やれやれ。バット、後ろの警戒は頼むぜ』


『任せて下さいっす!』


『それじゃあ行くぞお』


『へーい』


 ぽっくり、ぽっくり。

 人気のない街道を歩きます。

 ピーチマンは気になっていた事を伯爵に質問しました。


『なあ、レディー・スティアン』


『何よ』


『なんで反乱が起きたか、心当たりはあるのか?』


『貴族なんてやってたら、心当たりがなくても恨まれてるわ』


『正規軍だぜ。なにかちょっかいでもかけたのか?

 何か国のヤバい秘密でも探っちまったのか?』


『そんな事するわけないでしょ』


『じゃあなぜ狙われる』


 スティアン伯爵は首を傾げました。


『分からないわ。正規軍なんだもの。私の私兵じゃないのよ。

 国の兵なんだから、海軍参謀本部に聞いてちょうだい』


『そのあんたの私兵はどこに行ったんだ』


『近くに居た者は全滅したわ。あっという間の奇襲だったんだもの。

 地方に出てる者達も、もうやられてると思うわ』


 ピーチマンも首を傾げました。

 なぜ反乱が起きたのでしょう。


『一体、何に対する反乱なんだ? なぜあんたを狙うんだ?

 不満があって、それを軍が聞いてくれないってなら、軍の内乱になるよな。

 あんたが狙われたとしても、国に対して人質に使うくらいしかない。

 殺すメリットはなんだ。なぜ命を狙われる』


『ふん。私が龍人ってバレただけじゃないの?』


『それが理由だったら反乱なんて大きな事はしないさ。暗殺で簡単に済む』


『簡単にって、中々言うわね』


『そういうのを専門にした部隊もあるのさ』


『人族が私を殺せるかしら』


『あんたの私兵の鎧を着て、曲者です! 助けに来ました!

 さあ逃げましょう! って所で、ぶっすり! なんてな。

 後には鎧だけが残ってるって寸法さ』


『おお、怖え!』


『どうだ。中々良い手じゃないか?』


『人族の力で私を刺し殺せるとは思えないわ』


『そこは得物次第さ。ただの剣じゃ難しいだろうが魔剣や称号付きならいける。

 俺が殺す立場なら、博物館で眠ってるのをこっそり拝借してくる。

 時間がかかりそうなら、贋作でも用意してすり替えておくかな。

 で、さっさと用を済ませて、こっそり戻すって寸法さ』


 ピーチマンのアイディアに、皆が感心しました。

 これは素晴らしいアイディアです。


『アニキ、怖えな・・・』


『本当ね・・・変態になると、悪知恵も働くのね』


 ピーチマンが拗ねた顔で頭をかきました。


『真面目な話をしてるんだがなあ。バット』


 バットが後ろを向きました。


『大丈夫っす。何も来てねっす。ドンクロウ、お前どうだ』


『ああ。臭わねえし、音も聞こえないな』


『前も確認してみてくれ。先行して潜んでいるかもしれない』


『はいっす』


 バットが聞き耳を立てます。


『大丈夫っす。誰もいないっす。ドンクロウ、臭うか?』


『いや』


『ピーチマンさん、前も大丈夫そうっすね。

 ま、スキトロウの近くで、こんな時間にほっつき歩いてる奴は居ないっすよ。

 誰か居たら敵っす。分かりやすくていいっすね』


『それって褒められたものではないと思うけど』


『良い事さ。おかげで俺達だけの貸し切りになったんだ』


『貴方、前向き過ぎると思うわ』


『アニキ、俺もちょっとだけそう思うぜ』


『俺もっす。ちょっとだけっすけど』


『後ろ向きになるよりマシさ。時間は前にしか進まないんだ。

 前向きになるのが普通なのさ』


 皆がピーチマンのポジティブ思考に感心しました。


『貴方、新興宗教でも立ち上げたらどう?

 そうね、こんなのどうかしら。

 どんな時でもポジティブシンキング!

 たったこれだけで人生が満たされます!

 この本を買えば貴方も幸せな考え方を学べます!

 たったの銀貨10枚で人生が変わります!

 ベストセラー! 売上ナンバーワン!

 どう? 良い売り文句じゃない?』


『バッチリ王道押さえてるっすね』


『売上ナンバーワンの後に小さく(当社調べ)って書くのを忘れない事ね!

 これで嘘も真になるわ! 当社で調べた中ではナンバーワンって事よ!』


『伯爵も怖いっすね・・・命狙われた原因ってこれじゃないっすか?』


『それだけじゃないわ! 製版はコストの安い大中心国で大量製版ね!

 運送費を入れても半分以下に収まって大幅なコストカットよ!

 広告の最初の文句はこれよ!

 「私達米衆連合は素晴らしい本を考えました」

 印刷も紙質も最低だけど、考えたのが米衆連合人なら嘘じゃないわ!

 作ったのが誰なんて一言も言ってないもの』


『レディー・スティアン・・・』


『伯爵・・・』


『頭良いっすね・・・』


 伯爵、流石は龍人族です。

 その賢さに、皆が驚いて声も出ません。


『ここで大きな注意点があるわ。

 大中心国は他国の物はすぐパクるから、パクられる前に販売許可を売るの。

 他からはパクるくせに、自国の中でパクるとすぐ裁判だもの。

 先に独占販売権を出してセリにかけるのが、あの国との付き合いのコツね。

 パクられたら蔓延して終わりよ』


『流石は龍人族だ。頭の回転の速さについていけないぜ。

 ところで変態になると悪知恵が働くって本当か?』


『違うわよ。貴族商売なんかやってたら、自然に身につくわ。

 米衆連合に来て貴族になってから商売は覚えたんだから。人族のお陰よ』


 伯爵は人族へのフォローも忘れません。

 貴族はちゃんとした他者への礼儀も欠かせないのです。


『あと、貴族なんて私以外は変態しかいないわ』


『他の貴族も同じ事を考えてると思うぜ』



----------



「ははは!」


 シズクが声を上げて笑う。

 面白い本ではないか。


「マツさん! この本、すごい面白いよ!」


「うふふ。そうですか? ピーチマンはどうなりました?」


「スティアンって伯爵を助けたんだ!」


「スティアン伯爵? もしかして、シバン=スティアンですか? 龍人族の?」


「そうだよ。知ってるの?」


「知ってるも何も、冒険者ギルドの創設者ですよ。

 まだお会いしたことはありませんけど、一度お会いしてみたい方ですね」


「あ、分かった! これ、実在の人物を入れた創作物ってやつなんだ。

 今じゃ出せないもんね。それでピーチマンって変わっちゃったんだね」


「あ、なるほど。確かにそうかもしれませんね。

 昔はそういう所は緩かったですし」


「そうか! 面白くなってきたな! へえ、冒険者ギルドの創設者かあ!」

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