第6話 脱出


 魔術師協会、居間。


 海兵隊から伯爵を救い出すピーチマン達。

 シズクが胸を踊らせながらページをめくる。

 この危機をどう乗り越えるんだろう!



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『よっこらせ、よいしょっ』


 匍匐前進で、草むらの中をピーチマンが進んで行きます。

 頭を打ってしまった御者は大丈夫でしょうか。


『おい。生きてるか』


『まだ大丈夫です』


『まだとか言うなよ。本当に死神が寄ってくるぜ。

 お前の位置はバレてない。このまま動くなよ。

 俺達が何とかって龍人族の伯爵を連れてくる』


『ありがとうございます』


『礼は生きて帰ってからだ』


 ゆっくり、ゆっくり、ピーチマンが馬車の向こうまで草むらを進んで行きます。

 途中で、矢がたくさん降ってきました。


『ちくしょう、海兵隊め、めったやたらに攻撃してきやがる。

 偵察は偵察でも、威力偵察じゃないのか』


 そこら中に矢が刺さります。

 でも、動かないわけにはいけません。

 何とか伯爵の所に行かないといけません。

 頑張れ! ピーチマン!


『まずい!』


 大変です! 火矢です!

 火矢が馬車に飛んできました!


『なーんちゃって』


 馬車の上に、雨が降り出しました。

 じゅわー。

 火が消えていきます。


『俺も少しは魔術は使えるんだぜ』


 よいしょ。よいしょ。

 ピーチマンが匍匐前進で進んで、街道の手前で止まりました。

 伯爵やドンクロウ達は、この街道を挟んだ向こう側です。


『どうしようかなあ。ママが心配するから、帰っても良いかな』


 街道には隠れる所がありません。

 ピーチマンが頬杖をついて考えていると、どかーん!


『ありゃ』


 頬杖をついたまま、爆発した方を見ました。

 空まで飛んでいく兵隊が見えます。


『楽しそうだな。俺は遠慮するが』


 どかん!

 また爆発です。兵士が空を飛んでいきます。


『最近は空を飛ぶのが流行ってるみたいだな』


 どかん!

 また兵士が飛んでいきます。

 正確に兵士の位置を掴んでいます。


『ははあーん。あの2人、伯爵を見つけたな』


 そうです。

 ドンクロウとバットが伯爵に兵士の位置を教えているのです。

 そこに、伯爵が魔術で爆発を起こしているのです。

 しばらく待っていれば、兵士は居なくなるでしょう。

 ピーチマンは仰向けに寝転がりました。


『あいつらが仲間で助かったぜ』


 どかん!


『シャンパンは俺が奢っても良いかな』


 どかん!


『せっかくだから、伯爵様に奢ってもらうか』


 どかん!


『大佐は褒めてくれるかなあ』


 どかん!


『帰ったらもう一回スリーサイズを聞いてみるか』


 どかん!


『伯爵様は美人かなあ。美人だったらスリーサイズ聞いてみるか』


 爆発を聞きながら雲を眺めていると、眠くなってきました。

 昨晩はよく眠れなかったので、仕方ありません。


『ふわーあ』


 ごすっ!

 あくびをしてうとうとしていると、ピーチマンの頭に蹴りが入りました。


『痛いなあ。何もそんなに乱暴に起こさなくても・・・』


 目を開けると、上から女の人がピーチマンを睨んでいます。


『終わったわよ! 早く起きなさい!』


『目は開けておくから、もう少し寝かせておいてくれ』


『さっさと逃げるのよ!』


『いやいや、あと5分』


『何を言ってるの!』


『頼むよ。この眺めを目に焼き付けたいんだ』


 なんという事でしょう。

 伯爵のスカートの中が丸見えです。


『ひいっ!』


 慌てて伯爵が下がりました。


『アニキ! 馬鹿な事を言ってねえで、とんずらしようぜ!』


『ピーチマンさん、余裕ありすぎっすよ』


『覚えとけ。心の余裕ってのは、戦場じゃ大事なんだ。

 ところで伯爵、そのドレスに黒のパンティは似合わないぜ。

 俺は水色が良いと思うけどな』


『傭兵共! 変態よ! 変態がいるわ!』


 よいしょ、とピーチマンが起き上がりました。


『俺も救援に来た傭兵さ。さて、馬車を起こすか』


 ピーチマンが倒れた馬車の所に歩いていきました。


『ほいっと』


 どすん!

 ひひーん!


 ピーチマンが倒れた馬車を片手で起こしました。

 これには皆も驚きました。

 馬車に近付いてきて、ピーチマンをまじまじと見つめました。


『ア、アニキ・・・すげえ力だな・・・知らなかったぜ』


『だろうな。特に広告は打ってないからな』


 龍人族の伯爵も、これには驚きました。


『貴方、とんでもない変態だったのね』


『おいおい、人聞きの悪い事を言わないでくれ。

 俺が変態みたいに聞こえるぜ』


『そう言ってるのよ』


『その変態のお陰で歩かなくて済むんだぜ。感謝のキスは口にしてくれ』


『やっぱり変態じゃない』


 ピーチマンは肩を竦めて、寝ている御者の方を向きました。


『御者を連れてくる。頭を打って目眩があるみたいだから、後ろに乗せる。

 ドンクロウ、代わりに馬車を頼めるか』


『任せてくれ』


 ピーチマンは寝ていた御者をおんぶして、馬車に乗り込みました。

 頭の下にピーチマンの荷物袋を敷いて、慎重に寝かせてあげました。


『よし! ドンクロウ、馬が気絶するまで飛ばせ! 1時間で交代だ!』


『行くぜ!』


 ぱしん! と鞭が入って、馬車が走り出しました。

 思い切り走っているので、がたがたと馬車が揺れます。


『ちょっと、ちょっと!』


『どうした』


『こんなに揺れる馬車なんてあるの!?』


『レディー・スティアン。今あんたが乗ってる馬車がそれなんだ』


『幌に穴が空いてるじゃない!』


『風通しが良くて良いじゃないか。

 ところで、揺れが気になるなら、おれの膝を貸してやってもいいぜ』


『御免こうむるわ!』


『そうかい? そのカワイイおしりが赤くなっても恨まないでくれよ。

 おしりの治療費は自前だぜ』


『おしりおしり言わないでくれる!?』


『やれやれ。バット、少し寝ようぜ。昨日はよく眠れなかったからな』


『ピーチマンさん、こんな時によく眠れますね』


『どこでも眠れるってのも、一流の兵士に必要な技術さ。

 と言っても、さすがにこの馬車は厳しいかな』


『眠れるわけないわ!』


 ピーチマンは真面目な顔をして言いました。


『目を瞑ってるだけでもいいさ。

 良いか。休んでおかないと、緊張が解けた瞬間にがくっとくるぜ。

 本職って奴らは、そういう時をじっと待って、狙って襲ってくるんだ』


 ピーチマンの目は真剣です。

 バットも文句ばかり言っていた伯爵も、黙り込みました。


『分かりましたっす・・・』

『分かったわよ・・・』


 がったんがったんと馬車が跳びはねながら、街道を走っていきます。

 セント大永劫の領地を出るまで、まだまだです。

 ピーチマン達が目を瞑ったまま喋ります。


『やーっぱり眠れないよなあー』


『当たり前じゃない』


『当たり前っすよ』


 石を踏んだのか、ばあん、と馬車が跳ねました。


『おおっとおー』


『きゃあ!』


『ひぇー!』


『おい、聞いたかバット。きゃあ! だって。

 レディー・スティアンもかわいい所あるじゃないか』


『ひゃははは!』


『お黙り!』


『オーケー、伯爵』


『すんませんした』


『そうだ。レディー・スティアン。念の為に聞いておく』


『何よ』


『おしりは痛くないか?』


『ひゃーはははー!』


『黙れと言ったはずよ!』


『そう怒るなよ。ちょっとリラックスさせようとしただけさ。

 俺は君のおしりを本当に心配してるんだ』


『やっぱり変態だわ! 尻執着者よ! 尻執着者が居るわ!』


『君はひどい誤解をしてるぜ。俺は胸も好きなんだ』


『変態!』


『さ、リラックス出来た所で休もうぜ』


『こんな変態と一緒でリラックスなんて出来ないわ!』


『死にたくなかったら、無理にでもリラックスするんだな。

 添い寝が必要なら言ってくれ』


『貴方、飛び降りてもいいのよ』


『俺は構わないぜ。1人で歩いて帰れる自信はあるからな。

 レディー・スティアン。ド派手に花火を上げてたが、魔力はまだあるのか』


『きいーっ!』

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