伯爵救出

第5話 伯爵はいずこ


 次の日の朝になりました。


 夜通し馬車を走らせて来たので、ピーチマン達はよく眠れませんでした。


『ふあーあ。スイートとまではいかなくても、もう少し何とかならないのか』


『音もうるせえし、がたがた揺れるし』


『全然寝れなかったっす』


『全くだ。おい、御者さん。居眠り運転するなよ。交代してもいいぜ』


『大丈夫です!』


『そうかい? じゃあ大急ぎで』


 どかーん!


『なんだなんだあーっ!?』


『うおお!』


『ひええー!』


 すごい爆発の音がして、馬車が転がりました。

 ひひーん、と転んだ馬が鳴きました。


『うわあー!』


 御者が馬車から放り出されたようです。


『いてて。たんこぶにならなきゃ良いが』


『くそっ!』


 さ! とドンクロウが飛び出しました。


『うわっ! なんだこりゃあ!』


 ドンクロウが驚いています。

 ピーチマンとバットも転がった馬車から出ました。

 馬車の陰から、前の方を見て驚きました。


『おいおい・・・』


『なんてこった・・・』


 なんと、馬車の向こうに大きな穴が空いていました。

 砂煙がもうもうと立っています。


『さっきの音はこれか? 爆発で空いたのか』


『だろうぜ・・・アニキ、なんだこりゃあ』


 バットが翼を広げました。


『ピーチマンさん、上から見るっすか』


『いや、飛ぶな。こいつは魔術で空いた穴だ。

 下手に飛ぶと狙い撃ちされるぜ。伏せながら、馬車から離れるんだ。

 こういう時は早く動くと見つかるぞ。ゆっくりな』


『分かったぜ』


『合点っす』


 ピーチマンは街道の脇の草むらを指差して、


『よし。あの草むらの中に入って行くんだ。いいか、ゆっくりだぞ。

 俺は御者を引っ張っていく。絶対に立つなよ』


 3人が匍匐前進で進んでいきます。

 どかん!

 また向こうで大きな音がしました。


『全く、まだ花火の季節じゃないってのに』


 ピーチマンが倒れた御者の所に辿り着きました。

 見た所、怪我はなさそうです。


『おい、もう朝だぜ』


『うう、すみません。頭を打ったようで、目が回って』


『よし。俺がそこの草むらまで引っ張ってく。自分で動こうとするなよ』


『はい』


 ピーチマンが御者を引っ張って、ゆっくりと草むらの中に入っていきます。

 まず、頭に治癒の魔術をかけました。

 そして、草から頭を出さないように、慎重に御者を見ていきます。


『怪我はないようだな。目眩はまだあるか』


『少し』


『じゃ、そこでしばらく休んでるんだ。

 俺達以外の誰かが来ても絶対に動かず、音を立てるんじゃないぞ。

 動かなきゃ、真横を歩かれても意外と気付かれないからな』


『分かりました』


 ピーチマンはゆっくりと匍匐前進で草むらの中を進んで行きます。


『ドンクローウ。バットー』


 小さな声で2人を呼びます。


『アニキー』


『こっちっすー』


 そーっと、そーっと、草をがさがさしないように這っていきます。

 ゆっくり進んでいくと、ドンクロウが見えました。


『ドンクロウ。何か臭うか』


『砂がすごくて臭いが良く分かんねえが、向こうの方だ』


 ドンクロウが馬車の向こうを指差しました。

 バットも同じ方を指差しました。


『俺の耳にも聞こえるっす。向こうに誰かいるっす。

 多分1人すけど、さっきの音で耳が結構やられたっすから、自信ないっす』


『1人? 魔術師が1人か。ちょっと考えづらいな。

 砂が収まるまで待とう。軍は魔術師を絶対に1人で動かしたりしない。

 最低でもスリーマンセルだ。必ず周りに何人かいる』


『他はすげえ隠れるのが上手い奴らっすかね。なんせ海兵隊だ』


『あれか。リコンってやつか』


『馬鹿言うな。リコンでこんなド派手に暴れるわけないだろ。

 リコンってのは偵察の事だ。見つかっても暴れたりしない。

 まず、隠れるか逃げるかだ。戦うにしても、静かにが基本だ』


『そうなんすか?』


『アニキ、詳しいじゃねえか』


『俺も軍の訓練は受けたからな。正規軍じゃあないが』


『さすがアニキだ』


『すごいっすね』


『静かにしよう。死体の確認にくるはずだ。やり過ごすんだ』


『分かった』


『了解っす』



----------



 1時間経ちました。

 何も来る気配がありません。


『おかしいな。ドンクロウ、何か臭うか』


 ドンクロウが頷いて、鼻をつんつんしました。


『ああ。臭ってきたぜ。女だな。これは女の香水の匂いだ』


 バットも頷きました。


『俺にも分かるっす。1人っすね。間違いないっす』


『てことは、海兵隊じゃないな。戦場に香水なんかつけてくる奴はいない』


『アニキ』


『結構近いすよ。200mって所っす』


『だが、凄い魔術師だ。迂闊に動くのは危険だな。

 視界に入った瞬間、ポケットに入れたクッキーみたいに粉々だ』


『逃げるっすか』


『馬車を何とかしなきゃいけないからな。逃げはしない。

 相手は海兵隊と一緒に蜂起したゲリラ・・・』


 あ、とピーチマンが気付きました。


『ちょっと待てよ。香水の匂いがするのか? てことは貴族か?』


『そうか。香水なんて馬鹿高えもん、貴族様って事だよな』


『それにとんでもねえ魔術って』


『アニキ、ゲリラにしても、わざわざ戦場に香水つけてくる馬鹿はいないぜ』


 はあ、と3人が溜め息をつきました。


『おいおいおい、もしかしてこれ、噂の龍人族か? 護衛対象の?』


『アニキ・・・』


『いや、かもしれねえってだけっすよ・・・多分・・・』


 ふう、と、もう一度3人が溜め息をつきました。


『やれやれ。狙われてると分かってビビっちまったか。

 近付く奴をお構いなしにぶっ飛ばしてたってわけだ。とんだ伯爵様だぜ。

 反乱軍がかわいそうになってきたのは俺だけか?』


『一応、確認だけはした方がいいんじゃねえか。ゲリラかもしれねえし』


『ドンクロウ、それはねえと思うけどな』


『で、どう確認する? 伯爵様に俺達の事は伝わってるのか?』


『どうだかなあ』


『救援が出たって、伝わってるんすかね。先行は欠員(死亡)してるっすし』


『海兵隊の変装だ! どかん! なんて勘弁だがな。

 ま、ここはお前達が行けば解決するさ』


『俺達が!? なんで!?』


『簡単さ。海兵隊に魔族はいないだろ。

 この辺じゃ、俺達の傭兵団くらいしかいないんじゃないか?』


『あ、そうか!』


『さすがっす!』


『じゃ、頼むぜ。堂々と俺達は魔族だぞ、傭兵団だぞって言えば済む』


『さすがアニキ!』


『すごいっす! ドンクロウ、行こうぜ!』


 2人が立ち上がって、がさがさと草むらを歩いて行きました。

 街道まで出て、


『おーい! 伯爵ー! 救援だぞー!』


『見ての通りの魔族だぞー! 海兵隊じゃないぞー! 傭兵団だぞー!』


 ぶすぶすぶす!

 2人の足元に矢が刺さりました。


『うわあ!』


『やべえ!』


 2人が草むらに飛び込みました。

 ぶす!

 またドンクロウの目の前に矢が刺さりました。


『うひぇー!』


『ドンクロウ! 声を上げるな!』


 ピーチマンが叫びました。

 ぶす!

 ピーチマンの顔の前にも矢が刺さりました。


『あらーっ!』


 刺さった矢を取って、かさり、かさり、とゆっくり匍匐で下がっていきます。


『くそ、海兵隊だ。こんな近くまで来てたとはね。帰りは歩きかな。

 馬車は護衛対象じゃなかったよな』


 ぶす!

 ゆっくり下がっていたピーチマンのおしりのすぐ隣に矢が刺さりました。


『やーれやれ。尻の穴はひとつで十分だぜ』

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