第4話 合鍵


 1時間より少し前。

 待ち合い時間の10分前には待っておくのが大人の礼儀です。


 ですが、ピーチマンはまだ来ません。

 ドンクロウとバットはひやひやしながら集合場所で待っています。


『アニキ、まだ来ねえぜ。そろそろ大佐が来ちまう』


『どうする? 見に行くか?』


『バカかお前。もう大佐が来るって。見に行ったら俺らが』


 かつん! かつん!

 大佐の靴の音が近付いて来ました。


『げっ』


 慌ててドンクロウとバットが敬礼しました。

 大佐がむっつりした顔で2人の前に立ちました。


『おいイヌ面! あの鉄板顔はどこに行った!』


『知りません!』


『コウモリ野郎!』


『知りません!』


『ちっ! 大口を叩いておいて、尻尾を巻きおったか!』


 大人の礼儀を守らないピーチマンに、大佐は怒ってしまいました。

 そこにピーチマンが弁当箱を抱えてやってきました。


『よ、大佐! ぴったり時間通りだな!』


『愚か者が! 10分前には集合しておけ!』


『なら最初から50分前って教えてくれよ』


 ドンクロウとバットは、どきどきしながらピーチマンと大佐を見ていました。

 今度は平手打ちではなく、蹴りが飛んでくるかもしれません。

 大佐のブーツは鉄板が入っているし、大佐は狼族ですごい力です。

 思い切り蹴ったら、木も倒してしまうでしょう。


『ええい、時間が惜しい! 任務の説明を始める!』


 ほ、とドンクロウとバットが胸をなでおろしました。


『もうすぐ馬車が来る! 救急馬車だ!

 それに乗り、目的地に到着次第、怪我人を運べ! 以上!』


『怪我人って誰だい? 適当に死にかけの奴でも拾ってくれば良いのか?』


『行けば分かる!』


『背中に旗でも付けてるのか』


『行けば分かる! 他に質問は!』


『はい!』


 ドンクロウが手を挙げました。


『何だ!』


『救急馬車で行くのに、なぜ戦闘準備が必要なのでしょうか!

 救急馬車は戦場でも攻撃禁止です!』


『要人護衛だ! 戦闘準備は当然だ! 他に質問はあるか!』


『はい!』


 バットが手を挙げました。


『何だ!』


『回収地点と搬送地点を教えて下さい!

 襲撃され、御者が倒れた場合、我々では運ぶ事が出来ません!』


『御者も護衛の対象である! 御者が倒れた場合は任務失敗とみなす!

 その場合、生きて戻っても最前線送りとなる! 覚悟しておけ!』


『護衛対象は御者と怪我人の2名でしょうか!』


『そうだ!』


『了解しました!』


『他にあるか!』


『あるぜ』


 ピーチマンが手を挙げました。


『ぬう・・・言ってみろ!』


『君のスリーサイズは教えてもらえないのか?』


『き、き、き、貴様、やる気があるのか!?』


『ああ。君の為なら、魔王の城にも乗り込んでもいいぜ。

 でも白馬は貸してくれ』


『貴様、貴様は、一体何を考えておるのだ!?』


『行けば怪我人は分かるんだろ。そいつを乗せて運ぶ。簡単じゃないか』


『要人の護衛であるぞ!?』


『そいつが死んでたらどうする』


『死体を運べ!』


『おいおい、冗談だろ?』


『要人であるぞ! 例え死んでおっても、確実な戦死報告が必要だ!

 MIA(戦闘中の行方不明・生死不明)では許されん!

 死体が見つからなければ、墓を掘り返せ!』


 きらりとピーチマンの目が光りました。


『今、戦死報告って言ったな。戦死。MIA。言ったな』


 怒った大佐が、うっかり口を滑らせてしまいました。

 そうです。行き先は戦場なのです。

 ドンクロウもバットも驚いて目を丸くしました。


『むう』


『なあんだ。行き先は戦場か。失敗しても戦場じゃ変わりないな。

 馬車で行くって事は南の国境か? ここからじゃちょっと遠いな』


『くそ、良いだろう。教えてやる。南であるが、国境ではない。

 セント大永劫で反乱が起きた。

 反乱軍から領主のシバン=スティアン伯爵を救うのだ』


『大佐。セント大永劫は海軍基地がいくつもありますが、援軍は来ますか』


『来ない。反乱軍は海兵隊だ』


『げえっ!』


『安心しろ。スティアン伯爵は反乱軍から逃げ、生存確認も取れている。

 昨日の報告ではの話だが。どちらにしろ伯爵はそう簡単に殺す事は出来ん』


『なんでだい。相手は海兵隊だろ?』


『海兵隊でも簡単には殺せん』


『だから、それはなんでだ』


『伯爵は龍人族だ。これは機密事項であるから忘れろ』


『ええっ!?』


『龍人族なら飛んで逃げて来ればいいじゃないか。

 なんで馬車でお出迎えが必要なんだ』


『人族として生きる為、羽をもぎ取り、角を切り落とし、この国に来た。

 この事を知る者は限られた者だけだ。

 下手に喋るなよ。喋った者も聞いた者も、首が飛ぶ』


『何言ってるんだい。今喋ってるじゃないか』


 大佐が少しだけ悲しい顔で溜め息をつきました。


『お前達は死ぬからな。そして、この救出作戦に失敗したら、私もそうなる。

 ここに居る皆が、数日後には死ぬのだ』


『そんな悲しい顔するなよ。言ったろ?

 君の為なら、魔王の城にも乗り込んでやるさ!』


『お前は楽観的で良いな。羨ましいものだ』


『君が悲観的過ぎるのさ』


 その時、がらがらと馬車の音が聞こえてきました。

 馬車は白く、赤い十字の紋章が付いています。

 救急馬車です。


『おっと、地獄行きの救急馬車が見えてきたぜ』


『伯爵を頼む』


『なあに、簡単な事さ。疲れた伯爵を馬車に乗せる。

 一休みさせたら叩き起こして、ありがとうって言わせる。

 な? たったこれだけじゃないか』


『アニキ、いくらなんでも』


『海兵隊相手じゃ無理っすよ』


『大丈夫さ! ドンクロウ! バット! 地獄の観光に行こうぜ!

 海兵隊相手なら少しは楽しめるさ!』


『ア、アニキ』


『ピーチマンさん』


 ピーチマンはにこにこしながら馬車に乗りました。

 ドンクロウもバットも怖くて馬車に乗れません。


『さあ乗れよ! 帰ったらシャンパンを奢るぜ!

 おっと、次はドンクロウの奢りだったな!』


 ドンクロウは震えていましたが、馬車に乗りました。


『よおし、行くぜ! 俺はアニキについてくって決めたんだ!』


『おい、待てよドンクロウ! ピーチマンさん! 俺も行くっす!』


 バットも慌てて馬車に乗りました。


『よし、出発だ! 馬車を出してくれ!

 大佐、ドアの合鍵は作っといてくれよな!』


 がらがらと大急ぎで馬車が走って行きました。

 大佐は馬車を見送って、がっくりと肩を落としました。

 とてもあの3人が帰って来るとは思えません。

 いくら無頼の傭兵部隊とはいえ、仲間なのです。

 それを戦場に送り出す大佐の気持ちは、とても悲しいものでした。


『生きて帰れるなら、帰ってみろ』


 かつん、かつん、と靴を鳴らして、大佐は部屋に戻りました。

 ドアノブに手を掛けた時、くす、と笑いました。


『ふふふ。合鍵を作っておいてやるか。死体代わりに墓に入れてやる』

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