第3話 初仕事
魔術師協会、居間。
世に知られていなかった、ピーチマンの真の姿。
最初こそあまりの違和感で「なんだこれは?」と思ったシズクであった。
だが、読み進めると実に魅力に富んだ物語であった―――
----------
翌朝の事でした。
ちりりりり!
目覚まし時計が大きな音で鳴りました。
ピーチマンがぱん、と時計を叩くと、音が止まりました。
ピーチマンがあくびをして、ベッドから起き上がりました。
とんとん。とんとん。
ドアがノックされています。
『朝からうるさいな! 新聞なら間に合ってるぜ!』
『俺だよ、アニキ!』
『はあー?』
がちゃ。
ドアが開きました。
そこには、ドンクロウが立っていました。
ピーチマンが急いで病院に連れて行ったので、助かったのです。
『生きてたのか。しぶとい奴だな』
『アニキ! 昨日は助けてくれて、感謝してるぜ!
詫び入れに来たんだ! いきなりナイフ抜いて済まなかった!
この通りだ、許してくれ!』
ふわあ、とあくびをして、ピーチマンは頭をぼりぼりかきました。
『それはもういいよ。でも、店の弁償代はお前持ちだぜ』
『当たり前だろ! ちゃんと払っとくよ!
それと、今日は奢らせてくれよ!』
『ええ? お前、財布大丈夫か?』
『店の方は分割払いにしてもらうから、平気だよ!
それと、もう1人いるんだ』
『もう1人って誰だ? 妖精さんか?』
ドンクロウが廊下の方を向きました。
『おい!』
声を掛けると、あの鳥族の人が入ってきました。
『ピーチマンさん! 昨日はすんませんした!』
『いいさ。原因はどうあれ、怪我をさせたのは俺だしな』
ピーチマンは困ってしまいました。
もうすぐ朝礼です。
『それより早くシャワーを浴びたいんだ。朝礼があるんだろ?
初日から遅刻じゃあ印象悪くしちまうじゃないか。
出世コースから外れるのは御免だぜ』
『あ、すんませんした!』
『アニキ、朝礼終わったら、ここら辺案内するぜ。
俺もここらじゃそこそこ顔は売れてるんだ』
『お前、顔の話して墓場行かなかった奴はいねえって言ってたろ。
自分で顔がとか言うなよ』
『あっ! それもそうだな!』
『ひゃーっひゃっひゃ!』
シャワールームの戸を開けた所で、あ、とピーチマンが気付きました。
初日の大事な朝礼です。
服装はどんな格好でしょうか。
『ここの朝礼ってのはタキシード着用なのか?』
『いや、決まった服装はねえんだ。得物も持ったままで構わねえ』
『寝坊して下帯一丁で来る奴もいるんすよ』
『ははは! 俺も寝坊には気を付けなきゃな!』
ピーチマンはシャワーを浴びて、着流しに着替えました。
服装はどうでも良いと聞いたので、楽な服装です。
ナイフだけにしようかと思いましたが、念の為に剣も帯びて行きます。
ここは泥棒が多そうですから、ちゃんとお財布も持って行きましょう。
『アニキ! 行こうぜ!』
ドアを開けると、ドンクロウと鳥族が待っていました。
そういえば、この鳥族の人の名を聞いていません。
一緒に歩きながら、ピーチマンが質問します。
『あのさ、まだ名前聞いてなかったよな』
『俺はバットっす』
『バット? 野球が得意なのか?』
『ははは! 違う違う! 俺、鳥族すけど、夜目がきくんすよ』
『へーえ。蝙蝠のバットか』
『鳥族で夜目がきくって、結構珍しいんすよ』
『そうだったのか。魔族って会ったことないから、良く知らないんだ。
お前達に会ったのが初めてだったのさ』
『人族の国じゃ少ないすからね』
『知ってるか? 蝙蝠って鳥じゃなくて鼠なんだぜ』
『ええっ!? そうだったんすか!?』
『ははは! で、アニキはどこの出なんだい?』
『米衆連合だよ』
『いやいや、ここも米衆連合だぜ。どこなんだい?』
『あれ? そうだったのか? しまった、迷子になっちまったのか。
ロストエンジェルっていう国はどこだい?』
『違うよ! ロストエンジェルって、国の名前じゃなくて領地の事だよ。
地方の名前みたいな感じかな。ここがロストエンジェル領さ。
いっぱい領地が連合して集まった国が、米衆連合って国なんだ』
『なんてこった。知らなかったぜ。ド田舎の山の中から出てきたからな。
今のは内緒にしといてくれよ。しーっ! だぜ』
『ははは! アニキも面白い所あるな!』
話しながら廊下を歩いていくと、大きな建物に着きました。
がちゃん。
ぎいー、と大きな鉄の扉が開きました。
『あらら』
昨晩の食堂の様子からは想像も付きません。
皆が整列して、気を付けの姿勢で綺麗に並んでいます。
ですが、皆が悪党みたいな顔なので、思わず笑いそうになってしまいました。
『なんだあー、こりゃあ』
『しっ! アニキ、もうすぐ始まるぜ。整列しよう』
笑いそうになるのを我慢しながら、ピーチマンはドンクロウの横に並びます。
隣にバットも並んで、気を付けの姿勢を取りました。
ピーチマンは懐手のままだったので、バットが注意します。
『ピーチマンさん! 気を付け、気を付けすよ』
『りょおーかい』
ぴしっと気を付けをすると、壇の上に誰かが立ちました。
あっ。あれは軍人です。
女の人ですが、とても怖そうです。
ピーチマンは訓練を思い出して、綺麗に気を付けをしました。
『清聴! ゴミ虫共! 昨日の任務で2人の欠員が出た!』
こそっとドンクロウがピーチマンに囁きました。
『欠員ってのは死んじまったって事だ』
『あらら』
『欠員の補充をしたい! 希望者はいるか!』
しばらく待ちましたが、誰も返事をしませんでした。
『アニキ、こりゃやべえ仕事みてえだ』
『そおか。デビュー戦には丁度良さそうだな』
『アニキ』
ピーチマンが手を挙げました。
『おいおい、アニキ・・・』
『まじすか・・・』
ドンクロウもバットも驚きましたが、笑って頷きました。
『いや、俺はついてくぜ』
『俺もすよ』
ドンクロウとバットも手を挙げてくれました。
ピーチマンを手伝ってくれるようです。
この2人と仲良くなって良かった、とピーチマンは思いました。
でも、危ない仕事に友達を誘いたくありません。
『おいおい、ピクニックじゃないんだ。3人もいらないぜ』
『アニキ、水臭い事は言いっこなしだぜ』
『へへ。そうすよ』
壇上の軍人がピーチマン達の方を見ました。
『希望者が出たか! 珍しい事だ!』
軍人は壇上から下りて、かつん、かつん、とブーツを鳴らして歩いて来ました。
そして、軍人はピーチマンの前に立ちました。
ドンクロウとバットが敬礼の姿勢を取りました。
ピーチマンも敬礼の姿勢を取りました。
『見ない顔だな! 貴様、新入りか!』
『ああ。昨日も全く同じ事を言われたよ』
『ほう・・・中々良い身体をしている。鍛えているな』
『そうかな? バストとヒップには自信がないんだが』
『ふははは! それに肝も座っている! 良かろう! 貴様の参加を許す!
新入り! 貴様の名を聞こう!』
『ピーチマンさ』
『この任務は厳しいぞ。やれるか』
『やれるも何も、任務の内容を知らないからな』
『だが希望したな』
『ああ。新人デビュー戦には丁度良さそうだろ?』
『過信は死を招くぞ』
『そこは見てのお楽しみってやつさ』
『宜しい! その肝っ玉に免じて、サービスで墓石を用意しておいてやる!』
『墓石は無駄になるぜ。それより君の部屋のドアの鍵を用意しておいてくれ』
『図に乗るな!』
ばしん!
ピーチマンの顔に平手打ちが飛びました。
『あいたあーっ!』
『貴様・・・!』
平手打ちが当たりましたが、ピーチマンの顔は動きませんでした。
軍人が痛そうな顔をして、手を振りました。
『こういう時って、ありがとうございますって言わなきゃ駄目か?
正規軍じゃないから、別にいらないのか?』
『ちっ! 1時間後に戦闘準備をして集合だ!』
『はいはい』
『返事は1度だ!』
ばしん!
もう一度、ピーチマンの顔に平手打ちが飛びました。
『つっ・・・貴様、顔に鉄板でも入れているのか!?』
『おい、大丈夫か? 良いハンドクリームがあるから貸してやろうか?』
『馬鹿にするな!』
ふん! と軍人は拗ねてしまいました。
かつんかつんかつん!
早足で歩いて行って、もう一度壇上に上がりました。
『本日の朝礼は終了! 解散!』
軍人がぎろりとピーチマンを睨んで帰って行きました。
ドンクロウとバットが心配そうにピーチマンの顔を覗き込みました。
『アニキ、大丈夫かい?』
『ほっぺ赤くなってない?』
『赤くなってるぜ。ハンドクリーム塗っときなよ』
『ひゃひゃひゃひゃ! あの大佐の顔ったらなかったぜ!』
なんと、あの女の軍人さんは大佐でした。
大佐というのは、とても偉い軍人の事です。
『え? あの子、大佐なの?』
『うちには階級ってないけどな。あいつは元軍人で、大佐だったのさ。
それで、皆から大佐って呼ばれてて、まとめ役もしてんだ。
実際、ここに来てからすげえ実績もあるしな』
『へーえ』
『でも、ピーチマンさん、よく踏ん張りましたね? あれ、狼族すよ』
『え!? あの子、狼族だったってのか!?』
『そおだよ。ビンタされた時、首折れるんじゃねえかって心配したぜ』
『全くすよ。ピーチマンさん、もしかして鬼族って事はないすよね?』
『頭を見ろよ。ほら、角は生えてないぜ』
『すげえな、アニキ・・・』
『ピーチマンさんと一緒なら、どんな任務もいけるぜ!
うひゃひゃ! こいつはがっぽり稼げそうだ!
ピーチマンさん、これからも仲良くして下さいよ!』
『ああ! 宜しく頼むぜ! さて、1時間後に集合だったな。
そろそろお弁当の準備しなきゃな』
『よっしゃ!』
『頑張りましょう!』
『ところで、どこに集合するんだ?』
あら、とドンクロウとバットがずっこけました。
『おいおい、そんなに驚くなよ。俺は今日が初日なんだぜ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます