第2話 スキトロウ傭兵団


 あれから1年。

 ピーチマンは厳しい訓練を積みました。


 夜中に叩き起こされ、朝まで対奇襲訓練をして、そのままを訓練しました。

 素っ裸で山に放り出された事もありました。

 全身鎧にフル装備で、25町(約100km)の山中行軍もしました。

 気を失うまで魔術の訓練をしては、水を掛けられて起こされました。

 その全ての訓練を、ピーチマンは乗り越えてきました。

 それは退役軍人と流した涙があったからなのです。


 1年後、彼は最高の殺戮兵器となっていました。

 退役軍人は一流の兵士に育ち上がったピーチマンの前に立ちました。


『おうけい! ふろむなうおにゅあひゅーまん!』

(宜しい! 今から貴様は人間だ!)


『いつまいおなー!』

(光栄であります!)


『ばっ! ゆあいねくすぺりんすどあざそるじゃ!』

(だが! 兵士としては経験不足だ!)


『いえっさ!』

(はい! サー!)


 退役軍人がポケットから手紙を出しました。

 彼はこの1年間、各地の傭兵部隊に連絡を取っていました。

 魔族であるピーチマンを雇ってくれる所は、中々ありませんでした。

 しかし、ひとつだけ彼を受け入れてくれる所があったのです。


『でぃしゃるびぱーてぃんぎふと』

(これは餞別だ)


『さんきゅべりまっち!』

(ありがとうございます!)


『ごうロストエンジェル領、スキトロウ町』

(ロストエンジェル領のスキトロウの町に行け)


『いえっさ!』

(はい! サー!)


『ていくでぃすれたー、あんどごうとぅざまーせなりぜあ』

(この手紙を持ち、そこの傭兵団に行くのだ)


『いえっさ!』

(はい! サー!)


『あふたげいにんえくすぺりえん、じょいんざれぎゅらあーみー』

(経験を積んだら、正規軍に入れ)


『いえっさ!』

(はい! サー!)


『おけ。ゆきゃんこーるみだど、なう』

(宜しい。今より私を父と呼んでも良い)


 その時、感情を無くした殺戮兵器、ピーチマンの目から涙が流れました。

 これまでの15年、1年の厳しい訓練。

 彼の脳裏に、退役軍人と過ごした日々が一瞬で蘇りました。


『せんどみれたーわんしなわいる』

(たまには手紙を送れ)


『いえす、だど』

(はい、父上)


『おけ。ぱっきゅあばっぐさんりーぶ』

(宜しい。荷物をまとめて出発するのだ)


『いえす、だど』

(はい、父上)


 そして、ピーチマンは泣きながら山を下りて行きました。

 ピーチマンが見えなくなっても、退役軍人は見送っていました。

 退役軍人の目からも、涙が流れました。



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 うむうむ、とイザベルが頷く。


「ううむ、傭兵団で経験を積ませ、実績も上げろと。

 実績があれば、正規軍にも入れるかもという考えですね」


 マツが眉を寄せて、


「何だか、殺伐としてきそうですね。ロストエンジェル領のスキトロウと言えば、昔から治安の悪い所で有名です。そこの傭兵団って、怖そうですね」


 カオルは頷いて、


「されど、名を上げるにはうってつけ、という所でしょう。

 仕事には困りますまい。奥方様、この退役軍人、中々です」


「ピーチマンって、そういうお話でしたっけ?」



----------



 半年かかって、ピーチマンはスキトロウの町に着きました。

 途中で襲いかかってきた野盗を返り討ちにし、武器や鎧を揃えました。

 正義の兵士として彼らを全て打ち首にし、奉行所に差し出しました。

 賞金首もいたので、それでお金も貯まりました。



----------



「野盗から装備を剥ぎ取ってきたのですね・・・」


「現地調達は基本です」


「その通りですね」


 イザベルとカオルが頷く。

 マツは微妙な顔だが、クレールは固い笑みで、


「で、でも、正義の為に働いていますよ!

 野盗と賞金首! 正義です! 正義ですよ!」


「そう、ですよね・・・正義の兵士としてですもの」


「続きを読みます!」



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 スキトロウ傭兵団に着いたピーチマンは、手紙を受付に差し出しました。

 これで、ピーチマンは無事に傭兵団に入ることが出来たのです。


 ですが、スキトロウの傭兵団は荒くれ者達の集まりでした。

 まるで野盗の巣窟かと見間違える程でした。

 長旅でお腹が空いたピーチマンは、食堂に行きました。

 まだ若いので、ピーチマンはお酒を飲めませんでした。

 ピーチマンがミルクを注文すると、皆が大笑いしました。


 ピーチマンは何故笑われたのか分かりませんでした。

 そこに男が近付いてきました。

 あっ! ピーチマンは驚きました。

 なんとこの傭兵団には、魔族が居たのです!


 ここまでの旅でも魔族と会うことはありませんでした。

 ピーチマンはとても嬉しくなりました。

 犬族の男はにこにこしながら隣に座りました。


『ようミルク小僧! 俺がお子様ランチを奢ってやるぜ!』


 皆がまた笑いました。

 ピーチマンはずっと山で暮らしていました。

 ですから、お子様ランチが何だか分かりませんでした。

 でも、この人は新人のピーチマンに奢ってくれると言ってくれました。

 この人は優しいので、仲良くなりたいな、と思いました。


『新人か? 見かけねえツラだ』


 反対側に、鳥族の人が座りました。

 また魔族です。ピーチマンはとても嬉しくなりました。

 犬族の男がピーチマンの肩に手を置きました。


『消えな。そこは新人が座って良い席じゃねえんだ』


 席に序列があったのは知りませんでした。

 それをこの犬族は教えてくれたのです。

 この親切な犬族とは仲良くなれそうです。


 ロストエンジェル領は都会なので、ピーチマンの方言が通用しません。

 ピーチマンは言葉遣いに気を付けよう、と思いました。

 ピーチマンはにっこり笑ってこう言いました。


『仲良くしようぜ。おれは犬みたいな顔をした人が好きなんだ』


『なんだと?』


 犬族の人が怒り出しました。

 鳥族の人が立ち上がって、席を離れて行きました。


『あ~あ知らねえ! ドンクロウが一番気にしてる事言っちまいやんの』


 すらりとドンクロウと呼ばれた犬族がナイフを抜きました。

 同じ魔族同士、仲良くしたかったのに、何故でしょう。

 ピーチマンは困ってしまいました。


『おい、抜きやがれミルク小僧』


『はあ?』


『今まで俺の顔の話をして墓場に行かなかった奴は1人も居ねえ』


 言葉遣いが悪かったと気付いて、ピーチマンは慌ててしまいました。


『誤解しないでくれ。俺は別にあんたが犬みたいだなんて言ってないよ』


『何?』


『犬があんたに似てるんだ』


『このビチグソ小僧が!』


『決まった! 血まみれナイフのドンクロウを本気で怒らせやがった!』


 皆が2人から離れて行きました。

 さっきまで笑いで包まれていた食堂が、静まり返ってしまいました。



----------



「このピーチマン、大丈夫でしょうか? 情景が目に浮かびます」


「この食堂、壁に賞金首のポスターが並んでいるのでは?

 で、その賞金首達が堂々とお酒を飲んでいるっていう」


「両開きの戸のお店ですよね。開けると皆の視線が集まる感じの」


「ううむ・・・」


「これで言葉遣いに気を付けようとは、良く分からなくなりますね」



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 ドンクロウがナイフを突き出してきました。

 危ない!

 ピーチマンは背を逸らしました。

 ドンクロウのナイフはピーチマンの顔の前を掠めていきました。


『危ないなあ。そんな物振り回すんじゃないよ』


 勢い良く突っ込んできたドンクロウが、ピーチマンの足につまずきました。

 ドンクロウはカウンターの上に倒れ込みました。

 勢い良く転んだドンクロウは、カウンターを滑って行きました。

 カウンターからコップやお酒の瓶が、がちゃがちゃと落ちてしまいました。


『おいおい、大丈夫かい? 壊した分はお前持ちだぜ』


 ピーチマンが歩いて行くと、ドンクロウの胸にナイフが刺さっていました。


『こりゃ参ったね。俺持ちかよ』


 ドンクロウはぴくぴくと動いていました。

 まだ、治癒魔術で助かります。


『よいしょ』


 ピーチマンがナイフを抜くと、血が吹き出ました。

 さっと治癒魔術を掛けると、傷口が閉じましたが、辺りは血の海です。

 流石に食欲もなくなりました。


『オヤジ。つけといてくれ。また来るよ』


『へい!』


 ピーチマンが立ち去ろうとした時、後ろで剣を抜く音がしました。


『てめえ! よくも俺のダチコーを!』


『はあ?』


 先程の鳥族が剣を抜いていました。

 ピーチマンも驚いてしまいました。


『よせよ。俺は気が小さいんだ。後ろから剣を突き付けて脅かすなよ』


 もうドンクロウの傷は塞がったし、まだ死んではいません。


『お友達はまだ生きてるよ。早く輸血しないと本当にあの世行きだぜ』


『おめえもあの世に送ってやるぜ! 地獄でドンクロウに詫び入れな!』


『おいおい』


 友達のドンクロウはまだ生きています。

 早く病院に行かないと、本当に死んでしまいます。

 これは急がないと大変です。


『死にやがれ!』


 鳥族の人が剣を振り上げました。

 ピーチマンがナイフを投げると、鳥族の人の胸に突き刺さりました。


『うっ!』


 ばたんと鳥族の人が倒れてしまいました。


『そんなに死に急ぐもんじゃあないぜ』


 刺さったナイフを抜くと、また血が吹き出ました。

 ピーチマンは急いで治癒魔術をかけて、ドンクロウの所に行きました。

 友達の鳥族も倒れてしまったので、ピーチマンが病院に連れて行きます。


『よっと』


 両肩にドンクロウと鳥族の人を乗せて、ピーチマンは店を出ていきました。

 顔も服も、2人の血で真っ赤でした。


『初日からこの調子じゃあ、シャワーと洗濯代で貯金が無くなりそうだ』


 ピーチマンは食堂に振り向きました。

 お店の中は血まみれですから、掃除も大変そうです。

 きっと掃除代もかかるでしょう。


『やれやれ、ツケ払えるかな。参ったねこりゃ』



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 す、とクレールが栞を挟んで、静かに本を閉じた。


「これが本当のピーチマンなんですね」


「ううん、ハードボイルドというのでしょうか・・・

 マツモト様がお若い頃は、こんな感じだったのでは」


「元々は大人向けの小説だったのですね。

 子供向けにも読みやすく改変され、今のピーチマンになったんでしょう。

 それにしても、その・・・なんと言いましょうか」


 イザベルが頷く。


「分かります。どうしてあんな話になったのか。

 と言うか、そもそも、何故これを子供向けにしようと考えたのか」


 カオルも頷いて、


「全くです。どうねじ曲がって今のピーチマンになったのか・・・

 皆様、茶が冷めましたので淹れてきましょう。紅茶で宜しいですか?」

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