勇者祭外典 ピーチマン
牧野三河
傭兵団
第1話 ピーチマン誕生
「皆さん皆さん! 凄い本がありましたよ!」
クレールが地下の書庫から飛び出してきた。
マツが驚いた顔で、
「何があったんですか?」
「ピーチマンの初版本です!」
「何ですって!」「まさか!」「本当ですか!?」
ザ・ピーチマン!
魔の国にも伝わる、子供向けの有名なおとぎ話。
桃の植人族が人族に拾われ、犬族、鳥族、龍人族を連れ、悪鬼を倒す物語。
龍人族1人で済むではないか、という話だが、この話に出てくる龍人族は臆病で、直接戦う事は出来ない。だが、その神算鬼謀で仲間達を助けるのだ。
イザベルが驚いた顔で、くすんだ背表紙を眺め、
「ううむ、随分と分厚いですね。元々は小説だったのですね」
「そのようですね・・・発行はいつですか?」
クレールが背表紙を開いて、
「ちょうど450年前です! 私と同い年だったんです!」
「450年前の本!? 発行された国はやはり!?」
「はい! 米衆連合国です! 本当だったんですね!」
「ううむ!」
皆がうなって古くなった表紙を見る。
これは貴重な文献だ!
「読んでみましょう!」
クレールが慎重に本を開く・・・
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米衆連合国の山の中。
ここにはとある退役軍人が住んでいました。
彼は隠棲していて、買い物の時以外は山から下りて来ませんでした。
ある時、備蓄の食料が無くなったので
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そこでイザベルが手を前に出して、
「クレール様! しばしお待ち下さい! 退役軍人!?」
カオルも不思議そうな顔で、
「あの、老夫婦ではないのですか?」
「はい・・・退役軍人です・・・」
クレールも困惑した顔を上げる。
イザベルが腕を組んで、
「う、ううむ・・・いや、子供向けに改変されたのでしょう」
「続き、読みましょう」
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ざわざわと人が川に並んでいます。
なんだろう。
退役軍人は近付いていきました。
『わっつざふぁっ、ぶろ』
(ブラザー、何してんだ)
『へい、るっくざっ』
(おい、あれ見てみろよ)
退役軍人が川を見ると、大きな桃が流れて行きます。
『わっつざへる? ピーチ?』
(何なんだ? 桃か?)
『いえあ。ばっとぅーびっぐ』
(ああ。だけどでかすぎる)
その時、は! と退役軍人が気付きました。
あれはおそらく魔族のタマゴです。
植人族のタマゴに違いないでしょう。
退役軍人は大声で叫びました。
『じーざす! へい、えびわん! ざっつえびるずえっぐ!
げらうぇいふろむひゃー! はりー!』
(畜生! おい、皆! あれは悪魔のタマゴだ! 離れろ! 早く!)
皆が驚いて川から離れて行きます。
退役軍人が1人だけ川に残りました。
『どんうぉり! あいるげろりろぶいっ!』
(心配するな! 俺が処分する!)
退役軍人が服を脱いで川に飛び込みました。
大きな桃を抱えて、何とか岸に辿り着きます。
『どんかむくろざ! どんむぶあんてぃるあいりぶ!』
(近付くな! 俺が離れるまで動くなよ!)
退役軍人が服を着て、大きな桃を抱えました。
そして、もう一度、皆に注意しました。
『でぃすピーチまいっえくすぷろしぶ! げっだん!』
(この桃は爆発するかもしれない! 伏せていろ!)
皆が頭を抱えてしゃがみ込み、退役軍人が離れるまで動きませんでした。
退役軍人は桃を抱えて山に戻って行きました。
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皆が変な顔で腕を組む。
「う、ううむ・・・台詞の方言が凄いですね。台詞以外は普通なのに」
「ええ・・・まあ、小説ですし・・・」
「読みづらいですね。改変されても仕方ないと思います」
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山小屋に戻った退役軍人は、桃を下ろしてほくそ笑みました。
退役しているとはいえ、まだ若かったのです。
彼は参謀本部で働いていました。
軍事増強の為、魔族を取り入れるべきだと度々意見していました。
しかし、米衆連合国はそれを頑なに受け入れませんでした。
彼は優秀でしたが、魔族迎合主義と言われ、軍を退役させられたのです。
この植人族のタマゴは軍に戻るチャンス。
この国の軍に大きな影響を与えるはず。
戻るだけではなく、必ずや私を参謀本部の上役につけてくれるだろう。
彼の野心は燃え上がりました。
彼は固く決意しました。
生まれた植人族を鍛えに鍛え、優秀な兵として育て上げてみせる。
そして、この国は世界の警察となるのだ。
我欲もあれど、愛国心も強かったのです。
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「・・・」
皆、呆れて言葉も出ない。
「これがピーチマン? 悪鬼を倒す正義のヒーローではなかったのですか?」
「き、きっと、これで鍛えられて悪鬼を倒すんですよ!」
「ううん・・・」
「続きを読みましょう!」
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あれから15年が経ちました。
植人族のピーチマンは、人族では考えられない力を持っていました。
食事もほとんど水だけで良いので、食費もほとんどいりません。
若木があっという間に育つように、ピーチマンも人族と同じくらいに育ちました。
そして、ついに退役軍人の訓練が始まります。
彼は長い年月を掛けて、訓練場を作っていました。
退役軍人はピーチマンの前に立ち、真剣な顔をしました。
『ふろむとぅでいふぉわあ、あいるのっこんしだゆうまいさん』
(今日からお前を息子とは思わん)
『わっちゅうせい?』
(なんですって?)
『ゆうますびざべっそるじゃ』
(お前は最強の兵士になるのだ)
『わっ? べっそるじゃ?』
(は? 最強の兵士?)
『いぇす』
(そうだ)
『だど、わらーゆとーきんあばう?』
(父上、何を言っているのですか?)
『あいるとれいんゆう』
(俺が鍛えてやる)
『はあ?』
(はあ?)
ピーチマンの肩に、退役軍人の手が優しく置かれました。
退役軍人は泣いていました。
15年も一緒に暮らしてきました。
退役軍人も、最初こそはただの軍の復帰の為と思っていました。
しかし、今はピーチマンを息子のように思うようになっていたのです。
息子を戦場に送りたくはないのです。
しかし、この息子がいれば、この国は負け知らずになるでしょう。
きっと、多くの人が平和になるでしょう。
退役軍人は涙を流して泣きました。
ピーチマンも退役軍人の涙を見て、言葉を失いました。
背筋を正して、退役軍人を真っ直ぐ見ました。
『だど。あいあんだすたん』
(父上。分かりました)
『ゆうあんだすたんみ』
(分かってくれたか)
ピーチマンの目からも、涙が流れました。
退役軍人は後ろを向いて、涙を拭きました。
振り返った時、彼の顔は厳しい顔になっていました。
『どんくらい! そるじゃどんにーえもしょん!』
(泣くな! 兵士に感情は必要ない!)
『いえす! だど!』
(はい! 父上!)
『のう! こーるみさー!』
(違う! サーと呼べ!)
『いえっさー!』
(はい! サー!)
『おうけえい・・・らん!』
(宜しい・・・走れ!)
『はうめにらっぷす?』
(何周ですか?)
『あんてぃるあいせいなっふ! らん!』
(俺が良いと言うまでだ! 走れ!)
『いえっさ!』
(はい! サー!)
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カオルが首を傾げて、
「・・・何か、違う気がしますが・・・」
イザベルは深く頷き、
「ううむ、訓練時代を思い出します。回数が決まっていると人は頑張れます。
回数が決められていないと、いつまでやれば良いのかと、中々」
マツが呆れて、
「イザベルさん。そこではないと思いますけど」
「いえ! このブートキャンプを終え、彼は本物のピーチマンになるのです。
なるほど、生まれ持った能力だけでヒーローにはなれない、納得です」
「そ、そうでしょうか?」
「最初の理由こそやましいものでしたが、15年。
もはや親子も同然になっていた。
されども、涙を流して戦場に送る・・・なんと美しき話」
「そうでしょうか・・・」
皆が涙ぐむイザベルを見つめる。
ピーチマンはそういう話だったのか?
クレールが困惑した顔で、
「あの、続き、読みますか?」
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