フィルム4枚目
陽の光がオレンジ色に染まり始めた頃、僕は職員室から解放された。
二日の休みが明けた最初の学校で居残りする羽目になるとは幸先が悪い……。
進路希望調査の空白について担任に呼び出されていたが、進展することもないままに話し合いは終わってしまった。高校だってなんとなくで選んだ僕にとって高校生生活最難関の壁ともいえるだろう……。次のバイトの時にでも頼れるお姉さん こと、
正直厄介以外の何物でもないが、決めないわけにもいかないのが事実。頭を抱えながら教室に置きっぱなしの荷物を取りに行こうした時、窓の外を眺めながら歩く
彼女の持つ悠然とした雰囲気が魅力的に見せるのか、
その視線に気づいたのか、彼女の優しく澄んだ目が僕を捉えると視線を外すことなくゆっくりと拡大されていく。
「良い写真撮れた?」
「写真……?」
「撮りたがってたから」
僕が彼女の様に景色に心を動かされ、撮影を楽しみたいと望んだことを覚えていてくれたのだろう。しかし、進路希望調査同様こちらも進展は無いというのが正気なところだ。
「それが全く……。バイト先の店長にも相談はしてみたんですけど、先輩とはスタンスというかベクトル? が違う感じで……それも面白かったんですけどね」
「違う?」
「店長自撮りばっかりで。それと写真は日記だって言ってました。その時の感情や出来事を思い出すためみたいな……」
「……なるほど。――素敵だね」
梓乃は穏やかに口角を上げるとカメラを構え、レンズ越しに僕を覗いている。
カメラを見続けるべきか、何かポーズをするべきか。そもそもなぜ急にカメラを向けられたのか――。僕の脳が理解をするよりも前にシャッター音が廊下に響いた。
「――来て」
状況を理解できずに呆然としていると、彼女は何の説明もないままに僕の横を通り過ぎる。さらに付いて来てというわりには止まる気配もなく、疑問符の足跡を残しながら彼女の背中を追いかけることにした。
たどり着いた先は三年もといい、梓乃先輩が普段使っているただの教室。
「崎口君は、綺麗のハードルが高いのかも」
彼女は僕の事を見ることなく教室の後ろから黒板をカメラに収め、モニターに映る切り取られた景色を僕の方へ向ける。
そこに映っているのは夕陽に照らされたただの教室ではなく、いつもは使われている教室には誰かがいて一人になることはない特別感。窓のサッシが落とす影はメリハリを生みだし、より夕陽の温もりと、誰もいない静けさを生み出している。――綺麗な教室だった。
改めて肉眼でその景色を見ると、彼女の写真ほどではないがただの景色が意味を持った景色に変化を見せる。
「……綺麗に意味はないよ。ただ綺麗なだけ」
「え……意味、ですか?」
「カメラは景色を形にしてくれるから、形があると意味を作りやすい」
確かに、彼女の写真を見る時『綺麗』だけではなく、単純に綺麗だと思うだけで終わらず、そこに映っているモノの意味を見つけようとばかりしていたかもしれない。
その考えが、形になっていない景色に魅了されにくくして、綺麗と思うハードルが高くなっているのだと彼女の言葉で自覚する。
「それも悪い事じゃない。感性も高いってことだと思うし、素敵だと思う。でももう少し感覚に頼ってもいいかも」
「はい……ありがとうございます……」
「ついでに日記撮ろっか。スマホ出して」
梓乃さんはカメラを首から垂らし、僕の右肩に張り付くほどに近づいて黒板が背景になる様に移動して、僕のスマホで内カメラを起動するよう催促する。果たしてツーショットである必要はあるのか……。高鳴る鼓動に震える手で綺麗な夕陽の照らす教室を背景に僕と彼女を一つのフレームに収まった。
無口な少女はカメラで喋る ただの浅倉 @asacura
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