フィルム3枚目
静かな一部屋にコーヒーの深く芳醇な香りが漂う中、いつもカメラを持っている彼女、
憧れた人の好きに興味が湧くことも珍しくないが、その好きが自分とはかけ離れたモノだと勝手に寂しく感じてしまう……。昨日彼女の言った『私は写真撮るためじゃなくて、好きって思ったのを撮ってるから……』は、どういう感覚なのだろうか。旅行先でもないただの景色に心動かされる感覚は疲れたりしないのだろうか。
「
学校の制服姿でパイプ椅子に座り、ぼーっと机の辺を一点集中で見つめ思考を回していると部屋の入り口の方から声が掛けられた。
「……店長、少しゆっくりしてから帰ろうかと思って……」
「別にタイムカード押してんならいいけど」
バイト先の店長こと、
整った鼻に目尻の上がった美人の横顔を見つめながら、この人も写真を撮ったりするのだろうか。と思考を巡らせてみる。…………正直イメージは湧かない……。
「……どうした?」
僕の視線に気づいた店長は黒いブーツの足音を鳴らしながら隣のパイプ椅子に腰を掛ける。
「あっ……いえ、店長は写真とか撮るタイプなのかなっと」
「ああ、人よりは撮ってる方だと思うよ」
「見せてもらったりとかって出来ますか?」
「……別にいいけど、なんでまた」
「最近、綺麗な写真を撮ってる人と知り合って……人ってなんで写真を撮ってるのかなーって」
「それ私に訊いてもじゃない?」
「その人にも聞いたんですけど、いまいち共感できなくて……」
店長に、昨日梓乃と話した内容を軽く話すと、店長はズボンのポケットから携帯を取り出し机の上にそっと置く。
スマホの画面には、キラキラと輝く海。と、マスクをした店長。一つ横にスクロールすると、夕陽が照らすガラス越しの歩道。と、コーヒーを持ってキャップ帽子を被った店長。
思っていたものとは違うが、こう見ると店長ってやっぱり美人なんだと再度認識する。
「自撮りばっかりですね……」
「可愛いだろ」
「……そう、ですね」
素直に認めるには気恥ずかしく、口どもる言葉が緊張からか気まずさからかを見抜いたかのように店長は優しく微笑んでくれた。しかし、少しの気まずさが漂い始めると店長は話を続ける。
「写真を撮る理由だったっけ。私にとっては日記みたいなものかな」
「日記ですか?」
「その時見た風景と感情。写真を見ると思い出せるからね」
店長が写真を撮る理由には腑に落ちるところはあるが、いわば思い出の記録に過ぎない。それこそ人が旅行先で写真を撮る理由は基本的にはこれになるだろう。それ故に日常写真の意味が分からなくなる。
「コレなんかは今朝のやつ」
公園のブランコに座って自撮りをしている写真。凛とした空気感が美しく、とてもシンプルなモノだった。その写真に写る彼女はとても眠たそうでどこか思いにふけっているようにも見える。
「散歩中に偶然初めて見つけた公園なんだけど、なんか懐かしくて座ってみた」
「……それで自撮りですか?」
「そう。次にこの公園を見つけても同じ気持ちにはならないだろうし、全く違うものを感じるかもしれない。だから何でもいい。何でもいいから何か感じた時に写真を撮ってる」
気持ちには鮮度がある。新鮮な気持ちを少しでも長持ちさせたり久々に見た時、その気持ちを懐かしむためにも写真はあるということらしい。
店長にとっての写真は彼女自身も言っていた日々の日記であり、卒業アルバムの様なモノなのだろう。店長の撮影理由は梓乃に比べ僕でも納得のできるモノだった。感性の問題なのか、説明の得意不得意の問題なのか分からないが少しスッキリした気分だ。
そろそろ帰ろうと席を立とうとした時、店長に肩を下に押され少し浮いたお尻が再び椅子に触れると、店長はいつの間にか携帯のインカメラを起動させ僕たち二人を映し出している。そして僕が口を開く前にシャッター音が部屋に響いた。
「きゅ――急に何ですかっ! びっくりするじゃないですか!」
「今日の仕事が終わったら、悠太君のスマホに送っとくよ」
「いや、別に……」
「いつか、こんな話したなって思い出す写真にもなるはずだよ」
「…………はい」
俺は店長やホールで働いているバイト仲間に挨拶を済ませ、家に帰りお風呂から上がると携帯に通知が表示されていた。開いてみると店長から言われていた写真で、澄ましキメている店長の表情と、慌て見開いた目で店長をガン見している僕のツーショット写真だった。
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