フィルム2枚目
人間、琴線に触れると脳裏に焼き付きその音が鳴っているしばらくの間はソレに魅了され、もう一度目にしたいと思ってしまうものだろう。
あの心臓から指先へじんわりと痺れて行く感動が夢だったらなんて想像すると物悲しくなりつつ、どこか納得感をも感じられる過去一のトキメキ。
朝礼の間、教室の中を眺めても黒髪の彼女は見当たらず、友人にカメラを持った女子を見たことあるか聞いてみるも不発に終わった。
休憩時間に廊下で誰かとすれ違うたびに期待を寄せるが、彼女に出会う事なく学校も終わり帰路に着いた。とはいえ、同じ学校の制服だったのだから焦って探す必要もないだろう......。
......やっぱり昨日見た彼女は夢だったのかもしれない。
電柱に寄り添う変な人……いや、電柱の根元で背中を丸くしてしゃがみ込む昨日の彼女らしき後ろ姿が見えた。
木を撮影するのは写真を撮らない僕でも分かるが、電柱の根元……。猫でもいるのか? それとも僕が知らないだけで電柱の根本って木漏れ日ほどのポテンシャルがある場所なのか?
そんな疑問を抱きつつ、想像を膨らませながらゆっくりと可愛く背中を丸める彼女に近づき視線の先を確認する。
「……花?」
「……?」
細い茎の先端に咲く、青くて名前も分からない小さい花。ひとつまみ程度咲いているその花を不思議そうに凝視する僕を、不思議そうに彼女は見つめ、ぱっと目を丸くした。
「あー、昨日の…………」
「は、はいっ……! 昨日はその、急にすいませんでした。」
「うん、大丈夫」
昨日の出来事は彼女からすれば、ただ通行人と駄弁っただけと認識されていると予想していた分、顔を覚えられていたことに胸が高鳴る。
彼女は僕の服装を確認すると、じっと顔を見つめ静かな時間がゆっくりと進む。それとは裏腹に全身をめぐる血流が速度を上げ身体が急速に火照り、見つめるだけで言葉を発しない彼女に対し疑問だけが反芻し、首を一粒の汗が流れていく――。
「あ、あの…………?」
「何年生?」
「二年生……です」
「そっか」
……耐えきれなくなり緊張の栓を抜くために発した言葉で、彼女は一人勝手に満足したらしく再び無言になってしまった。
一体なんなんだ、心臓が持たない。
「えっと……同級生ですか?」
「ううん、三年。
「先輩っ――だったんですか……。すいません、同級生だと思ってました。僕は
「うん、大丈夫。今日も見る?」
「は、はい! 見てみたいです」
彼女、梓乃日向が上級生だという事に面喰いつつ、今撮影された写真に胸を膨らませながらモニターを覗き込む。
……綺麗だ。とは思うが昨日ほどの衝撃は感じられなった。電柱を背景にひび割れたアスファルト、そこにひっそりと咲く青くて小さい花。静寂の中にある可憐さと同時に力強さを感じる一枚。
「落ち着いた綺麗な写真ですね……先輩はどうしてこれを撮ったんですか?」
「綺麗だったから。それだけ」
「……」
「私は写真撮るためじゃなくて、好きって思ったのを撮ってるから……改めて理由考えると、難しい」
梓乃の返答に物足りなさを感じている事に気づいたのか、続けて彼女なりのモットーを続けて話してくれたが、それも僕にはしっくりこなかった。そんな探してもいないものが偶然見つかるなんて滅多にない。高校の中で、目を引いた景色なんて昨日の一度だけで、彼女のように二日連続で見つかるようなものではないはずだ。
「僕にはこの花の魅力がそこまでわからないです......」
「感性なんて人それぞれ。問題ない」
「でも先輩みたいに見つけられたら楽しそうで……。どうやったら見つけられますかね?」
梓乃は少しの沈黙の後、口を開く。
「余裕を持つ......とか? 私、テスト近いと写真撮れないから」
「そう、ですか......」
彼女の日常にトキメキを見つけ出す能力は才能なのかもしれない。憧れが遠のいたようなむず痒さと虚空感が喉に引っかかる。
「崎口くんは、下校時間に何か考えてる?」
「えっと……帰ったらゲームしたいとか、明日バイトだな。とかですかね」
「そっか」
「……」
「そういうの考えてると景色の変化、見逃しちゃうよね……」
梓乃は寂しそうにモニターに映る小さい花を見つめながらそう呟いた。
ただ歩くだけではなく、周りを見て歩く。足元の花や雲の形、前を歩く人の靴にガラスの前で止まる猫。それはテストやバイトに追われている時には見逃してしまう日常に溶け込んだトキメキ。彼女は無自覚にそういう景色の変化を求めているということなのだろうか。
いつか僕もそういう景色の変化に心動かされる日が来ることに期待しながら立ち上がり、彼女に一声かけて周囲を見渡しながら帰路を辿るが何も見つからないまま家に着いた。
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