無口な少女はカメラで喋る
ただの浅倉
フィルム1枚目
瑞々しい青葉のイチョウを見上げてカメラを構えている少女を、葉っぱの隙間を縫う夕陽が優しく照らす。
下校中のたった一瞬。その風景に僕は目が釘付けになった。
涼しげな制服を身に纏い、顎のラインから鎖骨に掛けて滑らかに線を描き、首までカールがかった髪が柔らかな風に煽られ、紫色の瞳を覗かせる。
そんな彼女に見惚れていると、チラっと横目に僕の姿を確認していた。
「……なに?」
儚くも落ち着いた声で僕は現実に引き戻される。
「えっと……写真、撮ってるなーって」
話しかけられるなんて思いもしなかった僕は一瞬で心拍数が上昇し、「見惚れていた」なんて言えるわけもなく焦る気持ちの中で言い訳のキッカケをカメラに見出した。
彼女は僕の上ずった声に首を傾げ、「……そう」と腑に落ちないような相槌を打つ。カメラの画面に目線を落としポチポチと操作して、先ほど撮ったであろう写真の画面を僕に向けて、「見る?」と首を傾げている。
「え……あ、りがと」
音が止まっていると錯覚するほどの状況から逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、ここで断るとより変な空気にもなりそうだし、ただカメラを持った少女を見つめていた変態になってしまう。……実際、状況だけ見るとそうなんだけど。
僕と同じ制服を着ているのだから緊張する必要もない。……わかっている。でも絵になっていた綺麗な彼女の一瞬が脳裏に焼き付いて離れずにいる。そこに人見知りも相まって言葉を繋げて話すのも一苦労なのだ。
そうやって絞り出した言葉を聞いて、彼女は首からぶら下げている高そうなカメラを外して僕に差し伸べる。
「……ん」
「……え?」
「見ていいよ」
「――っ! そ、そんな高そうなもの他人に渡しちゃダメだと思いますっ!」
「……」
彼女はカメラを静視して納得した表情を浮かべると、ストラップを黒い綺麗な髪に滑らせながら首に回す。
「そうだね、ありがと」
「いえ……――っ!?」
まるで猫のようにすっと僕の真横に近づく彼女。突然拡大された綺麗な顔に息が詰まる。
「反射するね…………見えてる……?」
「――っ」
「大丈夫?」
深呼吸で緊張を逃がそうとするが、小刻みに震えてしまい逆に乱れる呼吸が彼女にバレないように浅く息を吸い込む……。苦しい……。
カメラ、もといい彼女から背けていた視線を、ゆっくりとモニターに映し出された木陰の写真に向ける。すると呼吸の苦しさを忘れさせるほどに一瞬でその写真に引き込まれてしまった。
イチョウの葉が影になって深さを生み出し、葉の隙間からオレンジ色の眩い光が差し込んで少しの葉脈を浮き出させている。光と影のコントラストが生み出す深海のような神秘さ。
たった一枚の動きのない写真にこれほど魅了されたのは初めてだった。
「すごいです……」
「……うん」
話している時の彼女の表情はどこか固く、よく言えば凛とした女性だったが、写真を見ている時の彼女は力んでいた力が抜け柔らかく微笑んでいた。
その横顔を見て僕は大きく一歩後ろへ下がる。
「あ、ありがと……素敵なもの見れた」
「うん」
「じゃあ僕は帰るから……」
「そう、じゃあね」
彼女はまた凛とした表情に戻り、カメラを手に持ち同じイチョウの木を被写体に撮影を続けていた。
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