第41話 伊織を使った勇者の企て

 ―――半羽伊織視点―――



 あの女が満明のもとへ現れてからもう半年は経っただろうか?

 満明とはほとんど話すこともなくなり、最近は星村先輩との関係も冷めている。なにやら星村先輩も、あの女に執心しているという噂もあった。


 あんな女いなくなればいい。


 あの女がわたしから満明も星村先輩も奪った。


「あいつさえいなくなれば……」


 すべてうまくいく。

 しかし手段が無い。あの女を怒らせると妙なことが起こるため、下手に手出しはできない。


 なにもすることができず、わたしはただ自室で悔しい思いに歯噛みしていた。


「――あいつってのはアーウィナのことかい?」

「えっ?」


 どこからか男の声が聞こえた。


 今、家にいるのはわたしだけだ。

 男の声なんてするはずなどないのだが……。


「気のせい……?」

「気のせいじゃないよ」

「ひっ……」


 今度ははっきり聞こえた。


 わたしは怖くなって警察に電話をしようとするが、


「まあ待ってよ。僕は君の力になりたいだけなんだ」


 目の前に男の姿が現れる。

 温和で穏やかな表情の、おとなしそうな男であった。


「あ、あなたどこから入って来たのっ! け、警察呼ぶからっ!」

「落ち着きなよ。アーウィナを満明って男から遠ざけたいんでしょ? その力に僕がなってあげるって言ってるの」

「あ、あなた一体……」


 なんでそんなことをこの男が知っているのか?

 ますます不気味に思う。


「僕の名前は小牟田清正。異世界で勇者を……いや、それはいいか。君のことは調べさせてもらったよ。アーウィナを疎ましく思っているってこともね」

「だ、だからなに? あなたには関係無いでしょっ! 出て行ってよっ!

「君に協力してあげるんだよ。こういう力を使ってね」

「えっ?」


 男が右側に手を伸ばすと、その先になにかがぼんやり浮かび上がる。

 それは満明とアーウィナ……あと知らない女が自宅で食事をしている光景だった。


「こ、これは……」

「これは魔法だよ。僕の魔法を使えば、アーウィナとこの男を引き離せるよ」

「魔法って……」


 そんなもの存在するわけはない。

 しかし目の前に見えている光景は説明ができなかった。


「な、なんであなたがわたしに力を貸してくれるの?」


 得体の知れない奴だ。


 とにかく話を合わせて怒らせないようにしようと思った。


「いろいろあってね。アーウィナが必要になったんだ」

「必要になったって……」

「僕は多くの女性と付き合っていてね。それが気に入らないからって、恋人のシェラナが僕から逃げたんだ。それで僕は女癖が悪いってことが世間に広まっちゃってイメージがガタ落ち。本当に困ってるんだよ」

「それとあの女が必要な理由ってなんなの?」

「彼女は記憶を消す魔法を持っている。世界一の魔法使いである彼女だけが使える高等な魔法さ。それを使えば世間に広まった僕の悪いイメージを消せる」


 記憶を消すなんて、そんなことができるはず……。


 しかし以前にあの女を怒らせたら机やイスが宙に浮いたりと不思議なことが起こった。魔法を使えるというも、もしかしたら本当に……。


「ついでにシェラナと恋人関係だった事実も皆の記憶から消させて、アーウィナと恋人関係になる。魔王討伐パーティ同士の愛は世間のイメージが良いからね。最初からアーウィナを選んでいればよかったよ。彼女は僕にベタ惚れだったから、シェラナみたいに逃げたりしなかっただろうしね」

「そ、そう……」

「あーその顔は軽蔑しているね。けど僕はすごく優秀なんだ。地位も名誉も強さもある。多くの女性を愛してあげるのは義務だと思うし、みんなの期待を裏切るような悪いイメージもあっちゃいけないと思うんだ」

「……」


 魔王だとか魔法だとかぶっ飛んだ話は置いておくとして、ともかくこいつが身勝手な男だというのは理解できた。


 しかしあの女をどこかにやってくれるならなんだっていい。

 この男がなんであれ、自分の役に立つなら利用してもいいと思った。


「わたしはなにをしたらいいの?」

「お、僕のことを信じてくれるの?」

「あなたが何者だっていい。とにかくわたしはあの女が気に入らないから、どこかにやってほしいだけ」

「正直でいいね。君のようなまっすぐな女は好きだよ。僕のハーレムに入れてあげようか?」

「わたしは独占欲が強いの。だから遠慮しておく」

「それは残念だね」


 口ではそう言うものの、それほど残念でもなさそうに男は肩をすくめた。


「それでどうするの?」

「別に難しいことはないよ。君は僕の言う通りにすればいいだけだから」

「そう」


 あの女は満明にかなり惚れているみたいだ。

 それを引き離すのは簡単じゃないと思うが……。


 しかしうまくいけばあの女はいなくなって満明はひとりになる。そうなればまたわたしに惚れるだろうし、星村先輩もあの女を忘れてわたしを求めるようになるだろう。満明も優秀になったことだし、星村先輩と奪い合われるのは気分が良い。


 わたしは2人の優秀な男に求められる女王様。

 その状態を得られるならば、こんな怪しい男との協力も喜んでしようと思った。



 ―――生馬満明視点―――



 今日こそアーウィナに想いを伝えよう。


 そう決心していた俺は家に帰って来てとりあえず自室へ向かう。……と、


「えっ?」


 部屋に入るとそこにはアーウィナがいた。


 一緒に帰って来たアーウィナは、着替えるために両親の部屋へ行ったはず。

 それがなぜ俺の部屋にいるのか……?


「満明……さん」

「えっ……」


 アーウィナが俺へと抱きついて来る。


「わたし……満明さんのことが好きです」

「ア、アーウィナ……」


 今が決心を伝るべきときだ。


 俺は意を決してアーウィナの身体を抱き締める。


「お、俺も好きだよ」


 そう伝えた。……そのとき、


「満明さん?」

「えっ?」


 背後から声。

 振り返ると、そこにはアーウィナが立っていた。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 クズ勇者と浮気幼馴染という最凶タッグが結成。卑怯な罠が満明とアーウィナを襲います。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回は帰ってしまったアーウィナを追います。

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