第40話 アーウィナの想いに応えるべきか……

 ……その日の夜、俺が自室のベッドへ入って眠ろうとしたとき、


「うん?」


 扉の開く音が聞こえ、俺は目を開いて身体を起こす。


「アーウィナ?」


 部屋に入って来たのはアーウィナだ。

 彼女は少し迷うようにこちらへと歩いて来る。


「眠れないの?」

「あ、いえ、そういうわけではなくて……その」

「?」


 ベッドの側へ来たアーウィナは目を逸らしてなにやらごにょごにょと呟いている。


「あの……今日は一緒に寝てもいいですか?」

「えっ?」


 アーウィナに手を握られてドキリとする。


 大好きなアーウィナ。

 一緒に寝たいという気持ちはもちろんあるのだが……。


「い、いや、その……ダメだよ。俺はアーウィナのことをすごく大切に思っているけど、まだ恋人同士という関係になっているわけじゃ……」

「それじゃあ今から恋人同士ですっ!」


 顔を近づけてくるアーウィナ。

 その肩を俺は掴む。


「ど、どうしたんだアーウィナ? なにか変だよ?」

「変ではありませんっ! 満明さんはどうしてわたしの想いを受け止めてはくれないのですか?」

「そ、そういうわけじゃ……」

「わたしは満明さんのことが好きですっ。満明さんは……どうなんですか?」

「俺は……」


 もちろん俺だってアーウィナのことが好きだ。

 けれど、彼女の心の中にはまだ……。


「……もういいです」

「あ……」


 アーウィナが俺から離れて部屋を出て行ってしまう。


 彼女の中にはまだあの男……勇者への想いがある。

 あの男はどうしようもないクズであった。しかし世界を救った勇者であることは違いない。俺みたいな凡庸な男では勇者の代わりにはならないと、そんな卑屈な思いがアーウィナの想いに答えることを留まらせていた。



 ……



 昨夜のことが影響してか、アーウィナとは朝から少しギクシャクしている。

 会話は最低限しかしてくれず、笑顔を向けてくれることもなかった。


「なんかあったの?」

「えっ?」


 朝食を食べながらミスティラが聞いてくる。


「あーいや……」

「別になにもありません」


 アーウィナが答えて俺は黙り込む。


 やはり怒っている。

 当然だろう。俺は彼女の想いを無下にしてしまったのだから……。


 なんとか仲直りできないだろうか? いや、仲直りできる方法はわかる。

 しかし彼女の想いに答える勇気が、俺にはまだなかった。


 やがて朝食を食べ終わり、そろそろ学校へ行く準備をしようかと思った……そのとき、


「えっ?」


 不意に誰かが目の前に現れる。

 その姿には見覚えがあり、俺は咄嗟に警戒をした。


「やあひさしぶり」


 勇者清正。

 ラノベの世界で会ったクズ男が目の前に現れたのだ。


「お前……」

「ゆ、勇者様……」


 俺がなにか言う前にアーウィナが声をかける。


「やあアーウィナ。元気だったかい?」

「は、はい」


 勇者に声をかけられたアーウィナは緊張している様子だ。

 その様子を前に、俺の心が重たくなる感じがした。


「ど、どうしてこちらに?」

「ギルベルト王国国王からの伝言があってね」

「国王様からの伝言……ですか?」

「君に戻って来てもらって、魔法省の大臣に就任してもらいたいって。けどそれはついでだよ。僕にとって君が必要な存在だと気付いたんだ」


 それを聞いて俺の心はさらに重たくなり、同時に怒りも湧いてくる。


 今さらアーウィナが必要になっただって?

 アーウィナが命の危機にあるとき、助けることを拒否したくせに……っ。


「君が無事だって聞いて安心したよ。助けになれなくて悪かったね」

「いえそんな……」

「ちょっと待ちなさいよっ!」


 と、そこでミスティラが声を上げた。


「アーウィナが魔力暴走で危険な状態だから、治療薬に必要な火竜の角を手に入れてほしいって頼んだら、あんた断ったじゃないっ! 自分のものにならない女を助ける理由は無いとか言ってさっ!」


 勇者の言葉が我慢ならなかったのだろう。

 アーウィナに隠していたことをミスティラすべてぶちまけた。


「ミ、ミスティラ、勇者様は極秘任務があるからって……」

「そんなの全部嘘っ! 言ったらあんたが傷つくだろうからって、あたしと満明は黙ってることにしたのっ!」

「そ、そうだったの……」


 アーウィナの表情が暗く落ち込む。


 愛する勇者が自分を見捨てたという事実を知ってしまったのだ。

 気持ちが辛くなるのは当然のことだろう。


「だからこんな奴とっとと追い返して……」

「アーウィナ、本当に悪かったね。君を見捨てるなんてどうかしていた。本当はシェラナじゃなくて君のことが好きだったんだ。けれど昔の僕は本当の愛に気付けなかった。僕が愛しているのは君だけだ。だから僕と結婚してほしい」


 それを側で聞いていた俺の感情が複雑に絡み合って困惑する。


 この男はアーウィナを見捨てた。それなのに今さら愛しているから結婚してほしいだなんてふざけるなという怒り。

 しかしこの男はクズだが間違い無く勇者ではある。俺よりも強く、地位も名声もあり、アーウィナが恋した男であるということには変わりない。


 アーウィナが喜ぶならば祝福してあげるべきなのか?

 けど俺は……。


 そんな男と結婚なんてダメだ。


 喉まで出かかったその言葉が、俺の口からは出ない。


 俺にそんなことを言う資格はあるのか?

 勇者でもなんでもない。単なる男の俺が……。


「わたしは……」


 アーウィナはなんと答えるのか?

 愛する勇者からの告白だ。答えなんてもう……。


「お断りします」


 しかしアーウィナの口からは俺の予想と違う言葉が出た。


「……どうしてだい?」


 威圧するような笑顔で勇者が問う。


「わたしにはもう……愛する人がいます。勇者様の想いに答えることはできません」

「愛する人? まさかこのパッとしない男のことか?」


 俺を見た勇者は嘲るような笑いを見せる。


「僕の告白を断って、この男を取るなんて君は本気で言っているのか?」

「もちろんです」

「はっ、僕は勇者だよ? 強さも地位も名誉もある。こんなモブ男なんかとはくらべものにならないくらい優秀な男だ。わかっているのかい?」

「はい」


 迷うことなくアーウィナは答える。


 彼女はこんなにも俺のことを強く想ってくれている。

 それなのに俺は気持ちをはっきりさせず、彼女の心を傷つけてしまった。


 深い反省の念が、俺を苛んだ。


「……そうか。わかった。けど気が変わったら戻って来てくれ。僕は君の家で君が帰って来るのを待っているからね」


 そう言い残して勇者は姿を消した。


「ふん。ようやく帰ったわね。せいせいしたわ」


 ミスティラは勇者がいた方向へ向けて舌を出す。

 せいせいしたという思いは俺も同じであった。


 しかしアーウィナはどうだろうか?


「アーウィナ……」


 本当によかったのか?


 そう聞こうとした俺を見て、アーウィナは笑う。


「これでよかったんです。わたしが好きなのは、満明さんだけですから」

「ア、アーウィナ……」


 勇者よりもはっきりと俺を選んでくれた。


 もう迷うことも無い。

 今夜はっきり言おう。君のことが好きだと、愛していると、アーウィナに……。


 そう決心した俺は、アーウィナとともに家を出て学校へと向かった。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 満明がアーウィナを好きなのは間違いありません。しかし自分でいいのかという、勇者に対する劣等感が彼の想いを留まらせてしまっていたようです。アーウィナの想いを聞いた満明は、留まっていた想いを前に進ませることはできるのか……?


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回は勇者の卑怯な企てに嵌り……。

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