第39話 治療薬入手でひと安心

「満明っ!」

「あ、ミ、ミスティラ……」


 ミスティラがひとりでこちらへ駆けて来る。


「やっぱり心配で、校長を向こうへ置いて戻って来たんだけど……えっ? なに? どういう状況なのこれ?」


 火竜を前に角を抱える俺を見てミスティラは首を傾げる。


「勇気あるこの若者に角をくれてやったのだ」

「そ、そうなの? てか竜って言葉を話せたのね……」


 確かにそれも驚きではある。

 まあしかし、しゃべる猫もいるのだから、竜がしゃべっても不思議は無い。


「ともかく角を手に入れたのね。それじゃあ急いで校長を起こして帰りましょう」

「うん。あの、火竜さん、ありがとうございました」

「我の名はビンデルだ。縁があったらまた会おう勇気ある若者よ」

「はい」


 俺は火竜ビンデルに別れを言いつつ頭を下げ、ミスティラとともにその場を離れた。



 ……



 転移魔法で校長室へと戻って来る。


 校長はさっそく材料を使って治療薬を作り始め、俺とミスティラは側でそれを見ていた。


「ほう、火竜がそんなことをのう」

「はい」


 俺は火竜から聞いた話をシャルノア校長に話す。


「実は初代勇者様にも同じ逸話があっての。恋人であった魔法使いの少女を救うために、まだそれほど強くも無かったのにひとりで火竜に挑んだそうじゃ」

「初代の勇者が……」

「まさかそのときの火竜があのマスター火竜だったとはのう」


 そう言いつつ、シャルノア校長は近くの壁に掲げられた絵へと目をやる。


「あの絵の人は?」

「あれは初代勇者様の肖像画じゃ」

「この人が……」


 勇者と言うには普通の顔立ちでパッとしない。

 どこにでもいる若者と言う様相であった。


「なんとも普通の顔立ちでパッとしないじゃろう?」

「あ、いや……」

「しかし心優しい御方であったと伝承されておる。勇者と言う高名な立場にありながら驕ることなく皆にやさしく、伴侶である魔法使いの女ひとりを生涯に渡って愛し続けたとか」

「あの勇者とはずいぶん違いますね」

「まったくじゃ」


 と、シャルノア校長はうんざりしたようにため息をつく。


「初代勇者って、満明に似てるわね。パッとしない凡庸な顔立ちが」

「それって褒めてるの?」

「褒めても貶してもいないわ。正直に言っただけ」

「そ、そう」


 まあパッとしない感じは似てなくもない。


「……よし。これでよい。ほれできたぞ持って行くのじゃ」


 と、液体の入った500mlペットボトルほどの瓶を渡される。


「えっ? あんなに大きな角を材料に使ったのに治療薬はこんなに少ないんですか?」

「角から治療に必要な成分を抽出すればそんなものじゃ。普通なら一滴もあればいいんじゃから、それでも十分に多いほうじゃ」


 確かに通常は一滴と考えればこの量は多い。


「そんなこと気にしとらんで、ほれ急いで戻ってそれをアーウィナに飲ませるのじゃ。グズグズしてる暇など無いじゃろう。向こうの世界へ帰るための本は持って来ておるのか?」

「あっ! アーウィナの家に置いたままだ……」


 持って来ておけばすぐに帰れたのにと、今さら気付く。


「しかたないのう。わしが転移魔法で送ってやるのじゃ」

「お、お願いしますつ!」

「うむ。ではゆくぞ」


 と、俺たちはシャルノア校長とともにアーウィナの家へと移動した。


 それから本を使って自分の部屋へと戻って来る。


「アーウィナっ!」


 俺のベッドで横になっているアーウィナへと駆け寄る。


「だいぶ症状が進行しているようね。早く治療薬を飲ませなさい」

「う、うん」


 身体を抱き起こし、アーウィナの口へ瓶を当てて治療薬を飲ませる。


「量が多いけど、これが薬だからがんばって全部飲み込んで……」

「んぐ、んぐ……」


 俺の言葉が聞こえたのか、アーウィナは苦しそうに治療薬を飲み込んでいく。

 そして……。


「あ……」


 ビンが空になると、アーウィナの表情が和らぐ。

 荒かった呼吸も落ち着きを取り戻し、ゆっくりとしたものになった。


「な、治った……のか?」


 辛そうだった表情も穏やかとなり、俺は安堵の心地となる。


「……み、満明さん?」


 名前を呼ばれた俺はアーウィナの手を握る。


「大丈夫? もう苦しくない?」

「はい。もうまったく……。あの、しばらくのあいだの記憶が無いのですが、一体なにがあったのでしょうか?」

「ああ……」


 アーウィナが魔力暴走を発症したこと。

 俺とミスティラがシャルノア校長の協力を得て、治療薬を入手したことをアーウィナへと話す。……しかし勇者とのことは省いて話した。


「そんなことが……。申し訳ありません。わたしのせいで満明さんとミスティラ、校長先生を危険な目に遭わせてしまって……」

「みんなアーウィナを助けたかったんだ。病気になったらお互い様だし、自分のせいだなんて考えなくてもいいよ」

「満明さん……ありがとうございます」

「あたしにもなにか言うことあるでしょ? ……まあ、あたしはそんなに役立てなかったけどね」

「ううん。ミスティラもありがとう」

「う、うん。ライバルが病気で死んだんじゃ、あたしも困るからね」


 こんなことを言っているが、本当はすごく心配していたのだろう。

 そうでなければあの火竜に立ち向かったりはできないはずだ。


「校長先生にもいずれお礼を言いに行かなければなりませんね」

「うん」

「けど、満明さんたちが危険を犯さなくても、勇者様とシェラナ様に頼んでいただければお力を貸していただけたのでは……」

「あ、その……」


 勇者があんなことを言っていたなんて話をしたら、アーウィナはひどく傷ついてしまうだろう。


「どうかされましたか?」

「いや……」

「勇者は極秘任務で所在がわからなかったのよ」

「えっ?」

「だから仕方なくあたしたちで行ってきたってわけ」

「そうだったんですか」


 ミスティラの言葉にアーウィナは納得の言葉を吐く。


 勇者の話を聞かせるのは酷だという思いは俺と同じだったのだろう。

 素直ではというだけで、心根は優しい子である。


「シェラナ様は?」

「あー……あやつも別の任務での」


 実際には勇者の家を出て行って以降、行方不明になってしまったのだ。

 捜しているが惜しいということで、協力は頼まなかった。


「おふたりともお忙しかったのですね」

「うん……。あの、アーウィナ」

「はい? なんでしょうか満明さん?」

「その……アーウィナは今でもあのおと……勇者のことが?」

「えっ? あ、その……」


 俺がなにを聞きたいかわかったのだろう。


 難しい表情でアーウィナは俯く。


「……今はもうなんとも思っていません。今のわたしには満明さんがいますから」

「そ、そっか」


 アーウィナは勇者をなんとも思っていないという。

 しかし口ではそう言っても、彼女の表情には迷いのようなものが見てとれ、俺はなんとも言えない苦しい気持ちになる。


 アーウィナにとって俺はあの男の代わりなのでは?


 そんな嫌な考えが浮かんできてしまい、俺は頭を振ってその考えを消した。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 あんな勇者でも、アーウィナにとってはかつて恋した男。まだ想いがあるのではと、不安に思うのはしかたないですね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回はアーウィナを迎えに勇者が来る。

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