第38話 アーウィナのためなら命なんて
目の前にするとよりでかく見える。
学校の校庭に丁度収まるくらいの大きさがあった。
「マ、マスター火竜っ!?」
「本物かっ!?」
「あれは魔王と同等クラスの強さがあるって聞くぞっ! か、勝てるわけないっ!」
「あっ!?」
10人いた傭兵たちが一斉に逃げ出して行く。
残ったのは俺とミスティラ、そしてシャルノア校長だけだった。
「これはまずいのう」
「か、勝てないんですか?」
「普通の火竜ならば、ギリギリわしひとりでも勝てたかもしれん。しかし相手はマスター火竜じゃ。魔王を倒した勇者パーティでも倒すのには苦労するじゃろう」
「そ、そんな……」
ラノベを最後まで読んだから魔王がどれほど強かったかはなんとなくわかる。
あれと同等クラスなんて、とても俺たちだけで勝てるはずはなかった。
「シャ、シャルノア校長っ! 転移魔法で一時撤退をっ!」
「う、うむっ。ぐあっ!?」
「あっ!?」
転移魔法を唱えようとした校長の身体を火竜の手が薙ぎ払う。
「シャルノア校長っ!」
校長は岩の上を転がり、そのまま動かない。
まさか死んでしまったのか?
最悪の予想が俺の頭を過ぎる。
最大戦力のシャルノア校長がやられてしまったら、逃げることもできず、まさに絶体絶命だ。
「こ、こうなったらやるしかないわよっ」
「や、やるって……」
「校長はたぶん気を失ってるだけっ! 起こして転移魔法で逃げるのっ! あたしが火竜を引きつけるから、あんたは校長を起こしてっ!」
「わ、わかったっ!」
俺が返事をするのと同時にミスティラが火竜へ向かって魔法を放つ。
駈け出した俺は校長のもとへ向かう。
「シャルノア校長っ!」
「う……」
大丈夫だ。死んではいない。
大きな外傷も見当たらなかった。
「シャルノア校長っ! 起きてくださいっ!」
声をかけても起きる様子は無い。
ミスティラの魔法は火竜にまったく効いておらず、長く時間は稼げそうになかった。
このままでは全滅だ。
ここで全員が死んだら誰がアーウィナを助ける? アーウィナを助けるためにも、全員が死ぬわけにはいかない。
「ミスティラっ! 君はシャルノア校長を連れてここから逃げろっ!」
「えっ? あ、あんたはどうするのっ!?」
「俺が火竜を引きつけるっ! そのあいだに逃げてくれっ!」
「そ、そんなことできるはず……」
「ここで全員が死んだら誰がアーウィナに治療薬を届けるんだっ! 俺のことはいいっ! 君とシャルノア校長だけで逃げて、アーウィナを助けてくれっ!」
「あんた……」
俺は辛くて苦しいところをアーウィナに助けられた。少しのあいだだったが、楽しい毎日を送れた。
すべてアーウィナのおかげだ。
その恩を今返すときがきた。
「早くっ! 俺じゃそんなに時間は稼げないっ!」
「うう……満明っ」
ミスティラがシャルノア校長を背負う。
「アーウィナによろしくな」
そう告げて俺は2人から離れる。
「こっちだ火竜っ! お前の相手は俺だっ!」
ライオンやクマよりも恐ろしい生き物を大声で引きつける。
少し前の弱かった自分からは考えられない行動だ。
声に反応して火竜が俺のほうへと向かって来る。
しかし最後にアーウィナに会いたかった。
数秒後に死ぬだろう今この瞬間にも、俺はアーウィナのことばかり考えていた。
火竜はすでに目の前だ。
「ふっ」
ミスティラたちの姿はすでになく、俺は安堵して微笑む。
女の子を守って死ねるなんて、男の死に方としては悪くないだろう。
死の間際だと言うのに、俺は不思議と笑っていた。……そのとき、
「……勇気ある若者だ。懐かしいな」
「えっ?」
低い声が耳を震わす。
誰の声だろうか?
「なぜここへ来たか、目的を言え」
「えっ? ま、まさか……」
見上げると、火竜がじっと俺を見下ろしていた。
「あ……あなたがしゃべっているの……ですか?」
「いかにも」
竜がしゃべる。
ゲームやラノベではありがちなことではあるが……。
「あの、俺を殺すつもりじゃ……」
「気が変わった。お前の姿に懐かしい者を思い出したのでな」
「懐かしい者って……」
「それよりもここへ来た目的を言え」
「あ、あの、大切な人が魔力暴走で命の危機にあるんです。それで、その治療薬を作るのに火竜の角が必要で……」
「ほう」
頭に生えている角を折って寄こせと言っているのだ。
怒り出すのではと俺は緊張していた。
……しかし、
「ふははははっ!」
なぜか火竜は笑い出す。
「なるほど。ここへ来た理由もあの男と同じか」
「あ、あの男って……」
「700年ほど前のことだ。お前ほどの小僧がわしの前に来てな。大切な人を救うために角を寄こせと言ってきた」
「そ、それでその人はどうなったんですか?」
「角をくれてやった」
「えっ?」
「勇気に免じて角をくれてやったのだ。このようにな」
と、そう言って火竜は額に生えている角を掴み、ボキリと折る。
「さあ持っていけ。勇気ある若者よ」
「い、いいんですか?」
「角など100年もすればまた生えてくる。遠慮せずに持って行くといい」
「あ、ありがとうございますっ!」
深く頭を下げ、抱えるほどに大きな角を持ち上げる。
これでアーウィナを救うことができる。
俺の心は喜びに満ち溢れ、表情は自然と笑顔になった。
――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
竜さんは意外に良い人……いや、良い竜だったようです。アーウィナのために命を捨てる覚悟を持てる満明くんもたいしたものですね。
☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
次回は治療薬でアーウィナ回復です。
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