第36話 アーウィナを助けない勇者
あれが勇者の清正……。
年齢は俺と同じくらいだろうか? ラノベの表紙にもあった通り、外見は温和で優しそうな青年であった。
「ひさしいな勇者殿」
「ええ。おひさしぶりですシャルノア校長」
女性たちを侍らせたまま、ソファーから立ち上がることも無く横柄な態度で勇者清正は答える。
「シェラナ殿は元気かの?」
「さあ? 僕が彼女たちと寝ているところを見て癇癪を起しましてね。どこかに出て行ってそれっきりですよ」
魔王を倒したのちに結ばれた勇者と女騎士シェラナがそんなことになっているなんて……。アーウィナが知ったらどう思うか……。
しかしこの勇者と結ばれなかったからこそ、アーウィナは俺の前に現れてくれた。それを考えるとなんとも複雑な気持ちだった。
「それで今日はどのようなご用件でいらしたのですか? 見ての通り僕は女性たちの相手で忙しいのでね。手短にお願いしますよ」
……ラノベでは真面目な好青年であった。
外見は今もそうだが、女性を多く侍らせる姿からは真面目さが窺えなかった。
「アーウィナのことで話があっての」
「アーウィナですか。彼女がどうかしましたか?」
「うむ。実は魔力暴走の病にかかっての。死の危険がある状態じゃ。助けようにも治療薬を作るのに材料が足りなくての。それでその材料の調達にお主の力を借りようと思って来たのじゃ」
「僕に頼みに来るってことは、簡単に手に入る材料ではないのでしょう?」
「火竜の角じゃ。簡単ではないが、勇者であるおぬしならば難しくはなかろう」
「それはもちろんですよ。僕は勇者ですから」
と、清正はくっくっくっと嫌な感じに笑う。
「けど今はこの通り忙しくてね。手が離せないんですよ。なので無理ですね」
「な……っ」
清正の言葉に俺は絶句する。
アーウィナは共に魔王を討伐した彼の仲間だ。その仲間が死の危機にあるというのに、治療薬の材料調達を断るなんて想像もしていなかった。
「アーウィナの命よりも女の相手をするほうが重要なのかの?」
「ここにいる女たちは僕のハーレムに入ることを望んだ大切な僕の所有物だ。しかしアーウィナはハーレムに入ることを拒んだ。そんな女を助ける理由は無い」
「ともに魔王を倒した仲間じゃろう?」
「仲間だった、ですよ校長。魔王を倒した今、もう仲間ではありません。しかし僕の所有物になることを拒んだばかりに死んでしまうとはね。愚かななことですよ。ふははははっ!」
「こ、この……っ!」
あまりの言いように怒りが爆発した俺は、清正へと近づいて行く。
「なんだ君は?」
「俺が誰かなんてどうだっていい。お前、お前なんかをアーウィナは……」
こんな男のためにアーウィナが心を痛めたなんて。
自分のことではないが、悔しくて悲しい思いがこみ上げてくる。
「お前? ふん。誰だか知らない平民風情が世界を救った勇者である僕にずいぶんな態度じゃないか。なあ?」
「ええ。勇者様に対してあまりに無礼ですわ」
「これだから下賤な男は……」
「頭が高いんじゃない? 勇者様と話をするなら地面に額を擦りつけるべきよ」
周囲の女性たちが散々に俺へ言葉を投げてくるが、そんなのがどうでもいい。とにかく俺はこの男が許せず、雑音など耳に入らなかった。
「頭を地面に擦りつけて許しを請いなよ。僕は寛大だからね。それで許してあげるよ」
「ふざけるな」
俺は清正の胸ぐらを掴む。
「み、満明っ! やめなさいっ!」
俺を止めるミスティラの声が背中に刺さる。
しかし俺はやめなかった。
「満明? なるほど。君も異世界人か」
「ならどうした?」
「ふん。同じ異世界人でも僕と君では立場が違う。誰の胸倉を掴んでいるかわかっているのか? 僕は世界を救った勇者だ。君なんかが気安く触れていい存在じゃない」
「なにが勇者だ。女の子ひとり助けない男が……」
「君はアーウィナが好きなのか? くくっ、ずいぶんと面倒な女を好きになったね。自分ひとりだけを愛してほしいなんて面倒な女なんかをさ。まあ。君程度の男なら女ひとりで十分だろうね。僕のような強者ではないからさ」
「御託はもういい。アーウィナを助けろ」
「これが人にものを頼む態度かい? まあいずれにしろ助けるつもりはないよ。僕には関係の無いことだ。僕に股を開かない女なんて死んだらいい」
「この……っ」
俺は拳を振り上げる。
……だがその拳を校長の持つ杖が叩いた。
「いいかげんにせんか。その手を離すのじゃ」
「け、けど……」
「離せと言っておる」
強い態度で言われ、俺は清正の胸倉から手を離す。
「それで済むと思いますか校長? 彼はこの僕の胸倉を掴んだんですよ? 死罪を与えるべきでしょう?」
「ものを知らぬ若者じゃ。ここはわしの顔に免じて許してほしい。この通りじゃ」
そう言ってシャルノア校長は頭を下げる。
「シャ、シャルノア校長……」
「ほれ、お前も頭を下げんか」
「くっ……」
こんな奴に頭を下げたくなんかない。
しかし校長は俺のために頭を下げてくれているんだ。下げろと言われて俺が頭を下げないわけにはいかなかった。
「偉大な魔法学校の校長がそこまでするのでしたら、まあ今回は見逃してあげますよ。ただし次は無い。もしまた僕に対して不遜な態度を取ったら即刻、この男は殺しますよ。いいですね?」
「わかった」
「ふん。ではお帰りいただこう。さっきも言った通り僕は忙しいんでね」
そう言われ、俺たちは部屋から追い払われるように出て行った。
「しかしこれは困ったのう」
転移魔法で校長の部屋に戻って来た俺たちは当てが外れて困り果てる。
まさか頼みの勇者があんな男だったとは。
ガッカリを通り越して殺意すら沸いた。
「アーウィナを助けるには勇者の力が必要じゃった。断られてしまっては、火竜の角を確実に手に入れる方法は無くなったのう」
「す、すいません。俺があんな態度を取らなければ……」
下手に出続けて頼み込めば承諾させられたかもしれない……。
「いや、あの様子じゃどんなに頼んでも無理じゃろう。むしろおぬしが怒ってくれてわしもすっきりしたわい。おぬしがなにも言わなければ、恐らくわしがあの男を杖でぶん殴っていたじゃろうからな」
「あたしも本当ムカついたっ! 満明がなにも言わなければ魔法をぶっ放して屋敷を粉々にしてやってたわよっ!」
「そ、そうなんだ……」
俺の行動を擁護するために言ってくれているだけかもしれないが、本気だとすれば胸倉を掴む程度で済んでよかったのかもしれない……。
「あれでもこの世界へ来たときは真面目で心優しい少年じゃった。しかし勇者と持て囃され、魔王を倒して地位と名誉を手に入れたせいか、あのような男へと変わってしまった」
「……」
ここがラノベの世界なのか、それとも異世界なのかはわからない。
ただもしもラノベの世界だとしたら、続編はきっと無いだろう。あんな下衆な男が主人公ではまともな物語にはならない。
「けど、どうするの? 他に火竜の角を手に入れる方法はあるの?」
「うむ。こうなったらわしが行くしかないじゃろう。火竜を相手にするのはちときついがの」
「な、なら俺も行きますっ!」
足手まといになるかもしれない。
しかしなにか少しでも役に立てればと、俺は火竜退治への同行を志願した。
――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
大きな力と権力を手に入れると人は変わってしまうのか? 勇者としてこの世界へ来たときの真面目で心優しい清正君はもういないようです。
☆、フォロー応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
次回は火竜退治へ向かいます。
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