第35話 治療薬は材料調達が困難

「おやミスティラ。ノックもせずに入って来るとは、相変わらずじゃのう」


 その頭のようなものは言葉をしゃべると、足音を立ててこちらへ近づいて来る。


「えっ?」


 現れたのは短いツインテールの小さな女の子だ。

 たぶん6歳とか7歳とかそのくらいだろうと思った。


「君は……」

「その人が校長」

「ええっ!?」


 どう見ても子供だ。

 この大きな学校の校長にはとても見えなかった。


「初めはみんな驚くんじゃ。どう見ても子供じゃからのう」

「子供……ではないのですか?」

「わしは珍しい種族の血を引いておってのう。子供時代から見た目が変わらんのじゃ。こう見えても60は過ぎておるぞ」

「そ、そうなんですか」


 ここはラノベ世界だ。

 俺の世界には存在しない特異な種族もいるのだろう。


「ミスティラ、この男の子は君の従者かの?」

「違うわ。けどいずれはそうなる予定」

「いや、君の従者になる予定は無いって」

「ははは、どうやら嫌われたようじゃのうミスティラ。どうせ無理に連れ回しているんじゃろ。強引なところは変わっていないのう」

「うるさいわね。あんたもちょっとくらい話を合わせなさいよっ」

「いてっ」


 脚を軽く蹴られた。


「あ、お、俺は生馬満明って言います。こんにちは」

「わしは校長のシャルノアじゃ。よろしく。ふむ。その変わった名前……君はどうやら別の世界から来たようじゃの」

「はい」

「そうか。それでミスティラ、君はわざわざ彼を紹介しに来てくれたのかの?」

「違うわ。治療薬をもらいに来たの」

「治療薬?」

「魔力暴走の治療薬よ」

「君は元気そうじゃ。それに君の身体に魔力暴走が起きても治療薬が必要なほど重篤になることはないんじゃないかの?」

「相変わらず嫌味な校長ね。必要なのはあたしじゃないわ。治療薬が必要なのはアーウィナなの」

「ああ、アーウィナか」


 シャルノア校長はようやく納得の表情を見せる。


「あの子が魔力暴走を発症して、それで治療薬をもらいに来たってこと」

「納得したのじゃ。あの子は魔力の量が異常と言っていいほどに膨大だからのう。さぞ症状も重いことじゃろう」

「そうなんですっ! だから早く治療薬を……」

「ふむ。事情はわかった。しかし困ったのう」

「えっ? ま、まさか治療薬が無いんですか?」


 それは困る。


 ここへ来ればアーウィナを助けることができると安心していた俺の心が焦りに満たされていった。


「いや、治療薬はある。たださっきも言ったようにアーウィナの魔力は膨大じゃ。普通の治療薬では治し切れないじゃろう」

「じゃあどうすれば……」

「新たに治療薬を作る必要がある。ただ材料が足りない」

「足りない材料って……それは?」

「火竜の角じゃ」

「か、火竜の角っ!?」


 ミスティラが驚いたように声を上げる。


「なんじゃ、おぬしも魔法使いなのに治療薬の材料も知らんかったのか?」

「し、知ってるわよっ! 忘れていただけだしっ!」

「まあよい。通常の治療薬ならば火竜の角を少し削った程度の粉があればよい。しかしアーウィナほどに膨大な魔力を持つ者の暴走を治療するには、丸ごと1本は必要になるんじゃよ」

「ま、丸ごと1本……」


 火竜とはその名の通りドラゴンだろう。

 その角1本がどれほど貴重かはこの世界についてほとんど知らない俺でもなんとなく理解できた。


「その角はいくらくらいするものなんですか?」

「買えば金貨1500枚は必要じゃろうな」

「金貨1500枚……それって」

「あんたの世界で言えばだいだい2000万円くらいね」

「に、2000万円……」


 高級車が買える値段であった。


「アーウィナは偉大な魔法使いじゃ。金を払って救えるならば金貨1500枚など高くはない。しかし問題はこの竜の角、調達が難しくて滅多に市場には出回らないんじゃ。年に1本でも市場に出回れば多いほうじゃろう」

「じゃあすぐには手に入らないですか?」

「うむ。火竜の討伐を依頼しても、引き受ける者はなかなか現れんじゃろう」

「そんな……。あ、じゃあ勇者に頼めば……」


 アーウィナは勇者パーティのひとりだったのだ。

 勇者に頼めば彼女を救う手助けを必ずしてくれるはず……。


「うむ。それが最善じゃろう。よし。これからすぐに頼みに行ってみるかの」

「あ、その、俺も一緒に行っていいですか? 俺からも頼みたいしですし」

「構わんぞ」

「あたしも一緒に行くわ。お子様校長からの頼みじゃ聞いてくれないかもしれないしね」

「誰がお子様校長じゃ。まあよい。ほれ行くぞ」


 と、シャルノア校長が呪文を唱えると一瞬で場所が移動した。


「ここは……?」


 校長室から一転して、青空の下に出る。

 目の前には見上げるほどの豪邸があった。


「あれが勇者の家じゃ」

「あれが……」


 魔王を倒して世界を救ったのだ。これほどの豪邸に住んでいても不思議はない。ただ、同じく魔王討伐のパーティにいたアーウィナの家はすごく質素だったので、なんとなく違和感を覚えた。


「魔王討伐後はギルベルト王国軍名誉顧問を務めておる。とは言っても、業務は無いようでの。金だけもらって悠々自適の生活をしているようじゃ」

「そうなんですね……」


 あのラノベは勇者が魔王を倒して終わっていた。

 その続きを見ているようで、なんとも奇妙な気分であった。


 玄関の扉に近づいて校長が呼び鈴を鳴らすと、執事らしき男性が現れる。


「魔法学校の校長をしておるシャルノアじゃ。勇者清正はおるかの?」

「少々、お待ちください」


 執事は中へと戻って行き、やがて帰って来て俺たちを屋敷の中へ通す。

 それから奥の部屋へと案内された。


「旦那様、お連れしました」

「入ってもらって」


 中から声が聞こえて俺たちは部屋へと通される。

 そして目にしたのは、多くの女性を侍らせた男の姿であった。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 ロリババア校長は生徒からちゃんづけで呼ばれていそう……。しかし見た目は幼女でも60歳なので子供とか孫がいるかもしれませんね。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回は勇者清正に協力を頼むも……。

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