第33話 満明との別れを要求する伊織
「お、生馬先輩だ」
「テニスの全国大会で優勝したんだって。すごいよなぁ」
登校するとやたら注目を浴びてしまう。
高校テニスの全国大会で優勝をしたのだ。
注目されてしまうのもしかたなかった。
「満明さん大人気ですね」
「いやぁ、ははは……けど、こういうのは苦手かな」
「満明さんは奥ゆかしい方ですものね」
「お、奥ゆかしいなんてそんな立派なものじゃないけど……」
単に陰キャなだけだ。
目立つことはどうしても苦手であった。
「ちょっと前まで全然、普通の人だったみたいだけど、なにがあったんだろう?」
「今まで本気じゃなかったんだよきっと」
周囲の生徒たちがそんなことを言う。
確かに今まで本気ではなかったというのも正しい。
アーウィナと出会う前の俺はなにに対しても自信が無く、本気を出してもたいした結果は得られないだろうと諦めていた。
しかしアーウィナの魔法に助けられて努力をして、これだけの結果を得られた。自分も頑張ればこんなにすごくなれるんだと、大きく自信を持てた。
こうなれたのもすべて……。
「アーウィナ」
「はい?」
俺はアーウィナの目をじっと見つめる
「俺が立派になれたのは全部、君のおかげだよ」
「いいえ。立派になられたのは満明さんががんばったからです。わたしは切っ掛けを与えただけですよ」
「そんなことはないよ。アーウィナがいなかったら俺なんて……」
「満明さんは素敵な男性です。自信を持ってください」
「う、うん」
アーウィナは初めから俺を素敵な男性と褒めてくれていた。
取るに足らない存在だった俺なんかを……。
「アーウィナ、これからもずっと俺と、その……一緒にいてくれる?」
「もちろんですっ」
そうはっきりと言ってもらい、俺はたまらなく嬉しかった。
―――半羽伊織視点―――
……大勢から羨望の眼差しで見られる満明を、わたしは遠くから眺めていた。
本当なら満明の隣にいたのはわたしで、同じように羨望の眼差しで見られていたかもしれない。しかし現実では別の女が隣にいた。
あの女がいなければ……。
あの女さえいなければ、満明はわたしのものになった。
本当に悔しい。鬱陶しい。あんな女いなくなってしまえば……。
「どうしたの伊織? なんか怖い顔してるよ?」
「本当、怖い顔、人でも殺しそうだよー」
「えっ? あ、いや……」
友達の2人、桜と雅に怖い顔と言われて、慌てて表情を落ち着かせる。
「ああ、生馬君とアーウィナさんを見てたんだ」
「なんか急に現れて生馬君と付き合い始めたって感じだよねー。あの人って悪い人じゃないんだけど、澄ました感じがちょっと苦手かなー」
「あたしもちょっとねぇ。伊織は?」
「ま、まあ……わたしもそんな感じ」
本音を言えば蛇蝎の如くに嫌いだ。
どうにかして満明と別れさせることはできないものか……。
と、そこでひとつ思いつく。
「ねえ、ちょっと手伝ってくんない?」
「手伝う? 別いいけどなにを?」
「なんか楽しいこと?」
「楽しくはないけど……」
わたしは2人に話をする。
うまくいけば満明とあの女を別れさせることができるかもしれない方法を……。
……
昼休みにアーウィナを空き教室へ呼び出す。
わたしたちは3人で、あの女が来るのを空き教室で待っていた。
「けどさ、伊織は星村先輩と付き合ってんでしょ? 生馬君とも付き合っていいの?」
「星村先輩とは別れるし」
桜の問いにわたしは即答する。
最近は部活でしか会っていない。
他の女に執心しているという噂もあるし、潮時だと思う。
「そっか。けど伊織がそんなに生馬君を好きだったなんてねぇ。付き合ってるころはそんな風に見えなかったけど」
「わたしがじゃなくて満明がわたしのことを好きなの」
「そうなの? 前はそう見えたけど、今はそんな風には……。むしろ生馬君がすごくなっちゃって、伊織が必死になって取り戻そうとしているような……」
「桜っ!」
「あ……」
雅が桜の言葉を制する。
隣でわたしが睨んでいたからだろう。
「満明は元々わたしの男なの。だから取り戻すとかじゃない。そう。あいつは浮気してるの。だから女のほうに厳しく言ってやるの。そういうことだから。わかった?」
「あ、うん……」
言い聞かせるように強い声音で言ってやると、桜は俯いて黙り込む。
満明はわたしの男だ。必要無いと思えば追い払うし、必要だと思えばわたしのもとへ戻って来る義務がある。他の女と仲良くなるなんて浮気だ。だからわたしには怒る権利がある。満明に近づくなとあの女に言う権利があるのだ……。
と、そのとき足音が聞こえ、教室の扉が開かれる。
「ご用とはなんでしょうか?」
教室へ入って来たアーウィナは開口一番でわたしへそう聞いてくる。
「ふん。単刀直入に言うけど、あんた、満明と別れてくれる?」
「嫌です」
即答される。
躊躇もなにもなく、まっすぐに拒否をしてきた。
「まあ、まだ正式に付き合っているというわけではありませんが、いずれはそうなるでしょう。そうなっても別れる気はありません」
「ちょっとあんたさ」
と、桜がアーウィナへ詰め寄る
「先に生馬君と付き合ってたのは伊織なの。あんたはあとからかっさらったったんだからさ、ここはおとなしく引き下がるべきじゃないの?」
「その気はありません」
「別れろって言ってんの」
今度は雅が詰め寄ってそう言う。
気弱そうな女だ。
こうやって3人で囲んで圧をかければ心が折れるはず……。
「嫌です」
しかし折れる様子はまったくない。
こちらがなにを言っても、アーウィナは強い眼差しで拒否をしてきた。
「このっ、いいかげんにしなよねっ!」
何度か問答が続いたのち、とうとう腹が立ったらしい雅がアーウィナの髪を掴む。
「はいって言えばいいんだよっ! 言わなきゃこの髪切って丸坊主に……えっ?」
そのとき不意に雅の身体が宙に浮く。そして……。
「あがぁっ!?」
床に強く叩きつけられた。
「丸坊主? できるものならどうぞやってみてください。できるものなら」
「ひっ……な、なんだこいつ?」
「な、なに? なにが起こったの?」
わたしは困惑する。
人が宙に浮くなんてありえない。
この女がなにかしたのか? 一体なにを……。
そのとき、周囲からガタガタを音がする。
「えっ? ええっ!?」
端に寄せられていた机やイスが宙に浮いている。
それらが少しずつわたしたちへと迫ってきた。
「わたしを丸坊主にするんでしょう? さあやってごらんなさい。その前にあなたたちは机とイスに埋められてしまいますがね」
「な、なにこいつっ? いやっ! き、気味が悪いーっ!」
「あっ!」
雅が教室から駆け出て行く。
「ちょ、ちょっと待ってよっ! わたしもっ!」
桜も続いて出て行ってしまう。
残されたわたしは腰が抜け、その場へへたり込んでしまう。
「あなたは満明さんにフラれたんです。もう余計なことはしないでくださいね」
そう言ってアーウィナはわたしに背を向ける。
「う……」
と、なにやら少しふらつきつつ、アーウィナは空き教室を出て行く。
それと同時に机とイスも宙から地面へと降りた。
「な、なんなのあいつ……」
普通じゃない。
恐ろしい目に遭って震えが止まらないわたしは、しばらくその場から動くことができなかった。
――――――――――
お読みいただきありがとうございます。
おとなしそうに見えても最強の魔法使い。
怒らせたら怖いですね。
☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。
次回はアーウィナが病気に倒れる。
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