第32話 種を発見したけど……

 魔物が襲ってきたのはさっきの一度だけで、以降はなにもしてこない。

 最初と同じく霧の中を彷徨っているだけだった。


「なんか襲ってこなくったな」

「うん。普通は襲ってこないはずなのよね」


 じゃあさっきのはなんだったのだろう?


 ……まあいいか。

 それよりも魔法力増強の種だ。


「どこにあるんだぁ?」


 見つかる様子がまったくない。

 霧でほとんどなにも見えないし、この森の中から種ひとつを探し出すなんて……。


「ねぇ、なにか聞こえない?」

「えっ?」


 ミスティラが足を止めて首を巡らす。

 俺も耳を澄ませて周囲に意識を配った。


「なにか……足音が聞こえるような……」


 大きな足音だ。

 ドスンドスンと少しずつこちらへ近づいて来ていた。


「……えっ?」


 その正体が姿を現す。


「な、なんだあれ……?」


 巨大な骸骨。

 それがこちらへ向かって走って来ていた。


「キ、キングドクロっ!?」


 ミスティラがそう叫ぶ。


「えっ? キングドクロって?」

「ドクロ系最強の魔物よっ! 普通は魔王城の側とかにいるっ!」


 それだけ聞けば、あの魔物の恐ろしさがわかる。

 その辺を歩いている骸骨連中よりも圧倒的に強いのだろう。種を見つけた人を追っていた魔物というのもあれではないかと思った。


「うおおおおおっ!!!」

「あっ!」


 そのドクロに追われて誰かがこちらへ走って来る。


「あれ? あの人、どこかで見たような……」

「とにかく空を飛んで逃げるわよっ!」


 ミスティラが魔法を唱えた……そのとき、


「ぐおああああっ!!!」


 ドクロキングが咆哮を上げる。

 その瞬間、周囲にいたドクロたちがバラバラとなってドーム状の形となり、閉じ込めるように俺たちを囲んだ。


「ちょ、これじゃ逃げられないじゃないっ! このっ!」


 ミスティラが雷の魔法を放ってドームに穴を空ける。しかしすぐに別の骸骨がバラバラになって穴を埋めた。


「わはははっ! これでお前も終わりだなっ!」

「あっ! お前は確か、アーウィナを連れ戻しに来た兵士っ!」

「そうだっ! お前さえいなくなればアーウィナ様はこちらの世界へ帰って来るのだっ! だからたまたま現れたこの魔物に殺されてもらうぞっ!」

「な、なんだって? いや、この状況だとお前も死ぬぞ?」

「えっ? うおおっ!?」


 キングドクロに掴まれた兵士はものすごい勢いで投げられ、ドームを破ってどこかへと飛んで行ってしまう。


「うわーっ! なんでこんなぁぁぁ……」

「自分で連れて来たんだから自業自得じゃないか……」


 とは言え、こいつを倒さないと俺たちもあぶない。


「ミスティラ、こいつを倒せないか?」

「高位の魔法なら倒せないことはないけど、呪文の詠唱に時間がかかるのよ」

「えっ? けど、アーウィナはそんなに長い呪文なんて……」

「呪文の短縮は難しいのっ! とにかくあんたは時間を稼ぎなさいっ!」


 そう言ってミスティラは呪文の詠唱を始める。


「じ、時間を稼げって……」


 ミスティラから意識を逸らさせるしかない。


「おいこっちだっ!」


 落ちている石をキングドクロにぶつける。


「ぐおおおおっ!!」

「うわあっ!?」


 すると、すぐにこちらを向いたキングドクロの手が襲って来て慌てて避ける。


「な、なんども避けていられないぞこんなの……」


 しかし詠唱の完了にはまだ時間がかかりそうだし、なんとか逃げ続けなければ……。


 俺は酒瓶を抱えて眠っているクロイツを抱えながら必死で逃げ回った。


「ぐおおおおっ!!」

「うああっ!? もうダメかっ!?」


 ものすごい勢いで腕を振られ、もうダメかと思ったとき、


「……しゃーないな」

「えっ?」


 抱えている酒を飲んだクロイツが、キングドクロへ向かって息を吐き出す。


「ぐ……おおお……」


 その息を食らったキングドクロは動きを鈍らせた。


「えっ? な、なにをしたんだ?」

「このマヒ毒酒を飲むと、息がマヒ毒になるんや。せやからあぶない思て家帰るまで飲まんかったんやけど、こうなったらしゃーないやろ」

「そ、そうだったのか」


 言われてみれば俺もなんか身体が痺れてきたような……。


「それよりもあれ、探してたやつやないか?」

「えっ?」


 クロイツがキングドクロの右目あたりを指差す。そこからは木の枝みたいなのが垂れ下がっていて……。


「あっ!」


 なにやら先端に種のようなものがあった。


「あ、あれが魔法力増強の種かっ!」

「たぶんな」


 恐らくここへ走って来るまでのあいだに、種のなってる木にぶつかってああなったのだろう。


「よ、よし、マヒで動けなくなってるうちに……」

「詠唱完了よっ! 下がってっ!」

「えっ? あ、ちょ……」


 種を取るからちょっと待って。


 そう言おうと思ったのも虚しく……。


 ズガァァァンっ!!!


 ものすごい勢いの雷がキングドクロの頭上に落ちる。


「ぐおおおおおっ!!!?」


 そして一瞬で種もろとも粉々となった……。


「ああ……」


 キングドクロの脅威は去った。

 しかし同時に種を手に入れるという目的も未達成で終わってしまった。


「あらどうしたの? キングドクロを倒して安全になったのに?」

「いや実は……キングドクロの目に種のなった枝が引っ掛かっていたんだ」

「そ、そうだったの? まあでも……しかたないわね」

「うん……」


 残念だがしかたない。


 これ以上ミスティラを付き合わせるのも悪いし、ここは諦めるしか……。


「そないしょんぼりせんでもええやろ。ほれ、努力賞をくれたる」

「えっ?」


 腹巻の中へ手を突っ込んだクロイツがそこからなにかを取り出す。


「こ、これって……」

「魔法力増強の種じゃないっ!?」

「ええっ!」


 クロイツの手にあったのは、俺たちが探していた魔法力増強の種であった。


「ど、どうしてこれをクロイツが持っているんだ?」

「家の庭で拾たんや。酒買う金にしよ思て拾といたんやけど、お前にくれたるわ」

「そ、それなら最初から……」

「これはわいが拾ったわいのものや。理由も無くお前にやるわけないやろ。だから言わんかっただけや。けどお前はすごいがんばったからな。うまい酒も買えたし、まあええかってくれてやろ思たんや」

「そ、そっか……」


 確かにクロイツの言う通りだ。


「ありがとうクロイツ」

「んにゃ」


 クロイツから種を受け取る。


「まあとにかく種が手に入ってよかったわね」

「うん。ミスティラも付き合ってくれてありがとう」

「ふん。感謝の気持ちがあるなら、あたしの従者になりなさいよね」

「い、いやそれはちょっと……」

「そんなことより、はよ帰ろか。こんなけったいなところにいたら気が滅入るわ」

「そうね。じゃあ帰るわよ」


 ミスティラの魔法で空を飛び、俺たちは森から帰る。


 これでアーウィナへのプレゼントが手に入った。


 アーウィナは喜んでくれるだろうか?


 俺は種を握りしめつつ、アーウィナの誕生日を待ち遠しく思った。



 ……



 そして1週間が経ち、アーウィナの誕生日を迎える。

 俺は秘密裏に誕生日パーティーの準備をし、


「まあ……」

「誕生日おめでとうアーウィナ」


 驚くアーウィナに祝いの言葉をかけた。


「ありがとうございますっ。けど、どうしてわたしの誕生日を……あっ」


 アーウィナの視線がミスティラへと向く。


「あのときわたしに誕生日を聞いてきたのはこういうことだったんですね?」

「まあね」

「あ、プレゼントがあるんだ」


 俺は種の入った小箱をアーウィナへ渡す。


「開けてみて」

「は、はい」


 アーウィナが小箱を開く。


「これは……」

「魔法力増強の種。魔法使いはみんなほしがるってミスティラに聞いてさ」

「ありがとうございますっ。けど、こんなに高価なものをもらってはなんだか悪い気がしてしまって……。手に入れるの大変ではありませんでしたか?」

「買うことはできなくてドクロの森まで行ったんだけど、そこでも手に入れることができなくてね。それでクロイツからもらったんだ」

「んにゃあ……せや。ワイがやったんやぁ」


 クロイツはパーティーが始まる前から酒を飲んですでに酔っぱらっていた。


 ドクロの森では助けられた。

 ただの飲んだくれに見えて、さすがはアーウィナの使い魔である。


「クロイツがこんな高価なものを? けど、この子がこんなものを持っていればお酒を買う足しにしそうですけど、どういう風の吹き回しでしょう?」

「努力賞だって」

「努力賞?」

「うん。俺からのプレゼントというか、俺、ミスティラ、クロイツからのプレゼントってことで」

「はい。ありがとうございます満明さん。ミスティラとクロイツも」

「構わないわよ。あたしの誕生日には種を2つもらえればいいしね」

「ふふ、わかりました。なんとかします」


 嬉しそうに笑うアーウィナ。


 誕生日のプレゼントは喜んでもらえたようでよかった。


「クロイツの誕生日にはお酒……けど、マヒ毒のお酒はダメですよ。あなたあれを飲むと1日中、マヒして留守番ができなくなるんですから」

「んにゃ。まあほどほどにしとくわ、ヒック」

「満明さんのお誕生日はなにがいいでしょうか?」

「えっ? いや、俺は別になんだって……」

「本当ですか?」


 ずいと俺のほうへアーウィナは寄る。


 大きな胸に身体を押されて、緊張が高まっていく。


「満明さんのお誕生日には……わたしの大切なものをあげてもいいですよ?」

「た、大切なもの? それって……」

「それはお誕生日のお楽しみです」


 そう言ってアーウィナは俺へと抱きつく。


 アーウィナの大切なもの。

 それがなんなのか? 


 大きな胸の感触が俺の思考を奪い、考えることができなかった。


 ――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 アーウィナがくれる大切なものとは……?

 ご想像にお任せします。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。


 次回は伊織がアーウィナに満明との別れを求める。

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