第30話 アーウィナの誕生日

 アーウィナの誕生日っていつだろう?


 庭で洗濯物を干すアーウィナの背を見つめながらそんなことを思う。


 誕生日が来たらプレゼントをあげたい。

 しかしプレゼントと言えばサプライズだ。誕生日を聞いたら俺がプレゼントをあげたいということが察せられて驚かせなくなる。


 どうにかしてアーウィナに知られず、誕生日を知れないものか……。


 と、俺は隣でポテトチップスを食べているミスティラへ目をやる。


「ん? なに?」

「あーその……ミスティラさ、アーウィナの誕生日って知らないかな?」

「知らないわよそんなの」

「そ、そうか」


 魔法学校時代も別に友達ってわけでもなかったみたいだし、誕生日を知らなくてもしかたないか……。


「アーウィナの誕生日が知りたいんだったら聞けばいいじゃない?」

「サプライズでプレゼントをしたいんだよね」

「ふーん。じゃ、あたしが聞いて来てあげる」

「えっ? ちょ……」


 立ち上がったミスティラが庭へと出て行く。

 それからアーウィナに話し掛け、すぐに戻って来た。


「一週間後だって」

「い、一週間?」


 思ったよりもすぐだ。


 ミスティラのおかげで誕生日はわかった。

 しかし一体なにをプレゼントしたらいいものか……。


「アーウィナのほしいものってなにかわかる?」

「知るわけないでしょ。さすがにそれを聞いたら勘繰られるわよ?」

「そうだな……」


 女の子が喜びそうなものと言ったら指輪とかネックレスとかか? しかしそれじゃありきたり過ぎる気がするし……。


「アーウィナがほしいものはわからないけど、魔法使いならみんなほしがるものなら知ってるわよ」

「えっ? なにそれって」

「魔法力増強の種」

「魔法力増強の種?」

「うん。食べるだけで魔法の効果が上がるから魔法使いはみんなほしがるの」

「そ、それってどこで手に入るんだ?」

「うーん。ギルベルトの王都で手に入ることもあるけど……」

「じゃあ行ってみようっ! アーウィナっ! 俺ちょっとミスティラと2人で買いものに行ってくるからっ!」

「あ、はーい」


 俺はミスティラを連れて自分の部屋へ。

 それからラノベを使って向こうの世界へと行った。


「それじゃあ早くギルベルトの王都に行こう」

「ちょっと待って。慌て過ぎ。最後まで話を聞きなさいよ」

「えっ?」


 アーウィナの家に移動してから、呆れたようにミスティラが俺を見上げてくる。


「手に入ることもあるけど、滅多には売ってないのよ。だからギルベルトの王都に行っても買えるかどうか……」

「そ、そうなんだ……」


 それじゃあ買いに行くだけ無駄足になるかも……。


「けどまあ、行くだけ行ってみるのはいいんじゃない? もしかしたら売ってる可能性だってあるし」

「う、うん」


 そうだ。売ってないと決まったわけじゃない。

 とりあえず行ってみる価値があると思う。


「けど売っていても安くはないんじゃないの? その種」

「そりゃまあね。あんたお金は……持ってないわよね?」

「うん。こっちですぐに稼げる仕事でもあればいいんだけど……」


 もちろん俺はこの世界の金など持っていない。

 なのでこっちで日雇いでもして購入資金を稼ぐつもりだった。


「しかたないわね。あたしが買ってあげるわ」

「えっ? でも……」

「あんたには迷惑かけたし、世話にもなってるからね」

「あ、ありがとう」


 礼を言うと、ミスティラは恥ずかしそうに顔を背けた。


「あ、じゃあ転移魔法でギルベルトまで頼む」

「……」

「うん?」


 しかしミスティラはなにも返事をせず、転移魔法も使おうとしない。

 なぜか目を逸らし続けて黙り込んでいた。


「どうしたの? 転移魔法を……」

「……ないの」

「えっ?」

「使えないのよっ! あたしは転移魔法がっ!」

「そうなの? けどアーウィナは使えるし……」

「転移魔法は超高等魔法なのっ! 使える人間なんて指で数えるくらいしかいないほどにねっ!」

「そ、そうだったんだ」


 アーウィナは簡単そうに使っていたので、魔法使いなら誰でも使える魔法なのかと思っていた……。


「じゃあどうやって行こう? 歩いて?」

「空を飛んで行くわ。飛行魔法なら使えるから」

「あ、うん」


 飛行魔法とは以前、ギアナの根城に行ったときにアーウィナが使った魔法のことだろう。転移魔法ほどではないけど、歩くよりは早そうだ。


「んにゃあ」

「あ、クロイツ」


 隣の部屋から腹巻を巻いたクロイツがのそのそと歩いて姿を現す。


「なにこのデブ猫?」

「アーウィナの使い魔だよ」


 留守番を続けているらしいが、ちゃんとできているのかは疑問である。


「なんやお前ら、ギルベルトの王都に行くんか?」

「うん。魔法力増強の種を買いに行くんだ」

「ほうか。せやったら、ついでにあれ買って来てほしいんやけど」

「あれって?」

「あれやあれ。酒や。なんちゅー酒やったかな? 銘柄、忘れてもうたわ。とにかく、なんとかゆー酒を買って来てほしいんや」

「なによそれ? なんとかじゃわかんないわよ」

「しゃーないな。わいも一緒に行くわ」


 そう言ってクロイツは俺の腕に飛び乗った。


「しょうがないな。クロイツも一緒でいい?」

「まあ買い物に行くだけだし、別にいいわよ。それじゃあ行くからね」


 ミスティラは俺と自分に魔法をかける。

 そして空を飛んでギルベルトの王都を目指した。


 ……1時間ほど空を飛んでようやくギルベルトの王都につく。


「わあ、ここがギルベルト王国の王都かぁ」


 眼下に広がる巨大な都を見て俺は感嘆の声を上げる。


 ラノベでも王都の大きさは書かれていたが、その通りであった。


 俺たちは王都の中心へと降り立つ。


 俺は今、ラノベの中にある街にいる。

 すごく不思議な気分であった。


「それじゃあまずは道具屋に行ってみましょうか」

「うん」


 ミスティラと一緒に道具屋へ向かう。……が、


「……無かったわね」

「うん……」


 道具屋から出て来た俺は肩を落とす。


 それからも売ってそうな場所をいくつが回ったが、魔法力増強の種はどこにもなかった。


「これやこれ。これが飲みたかったんや」


 酒瓶を抱えてクロイツは嬉しそうに目を細める。


 あったのはクロイツのほしい酒だけだ。

 なぜか酒屋ではなく、道具屋に売っていた奇妙な酒だが……。


「て言うかそれ、お酒の匂いで魔物を誘き寄せてマヒさせる道具でしょ?」

「えっ? じゃあこれって毒なんじゃ……」

「ええねん。その痺れる感覚がたまらんのやから」

「いやでも、飲んで大丈夫なのか?」

「もう何本も飲んどるから大丈夫や。むしろ身体が慣れ過ぎてな。痺れが弱なって残念やでほんま」

「そ、そう」


 まあ大丈夫ならいいか……。


「そんなことより全然無いわね」

「うん……」


 最後に行った店にも無くて、俺とミスティラは同時にため息を吐く。


「他の町とか村には無いかな?」

「あるかもしれないけど、ここより可能性は低いわよ。ギルベルトの王都がもっとも高く魔法力増強の種を売れるからね」

「どこになってるとかってわかる? 種だし、どこかになってる木があるんじゃないかな?」

「あの種はどこにあるかわからないのよねぇ。神出鬼没って言うか、どこか特定の場所になってるものじゃないから」

「そうなんだ……」


 完全に詰んでしまった。

 今から世界中を回って探す時間は無いし、諦めるしか……。


「お前さんたち、そんなに魔法力増強の種がほしいのかい?」

「えっ?」


 道具を売ってるおじさんがそう声をかけてくる。


「あ、はい。俺たちどうしても種を手に入れたいんです」

「だったらドクロの森に行ってみるといい。このあいだうちへ来た客が種のなってる木を見たと言っていてな。魔物に追われている最中だったから、採ることはできなかったそうなんだけど」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」

「ミスティラっ」

「そうね。行ってみる価値はありそうだわ」

「うんっ! ありがとうございますおじさんっ!」


 俺はおじさんに礼を言い、ミスティラとともに店を出た。



 ―――兵士長ジェルミ視点―――



 ……兵舎で兵士の稽古を見てやっていたとき、


「ジェルミ様っ!」


 兵士のひとりが駆け込んで来る。


「どうした?」

「は、はい。実は街であの男を見かけまして……」

「あの男?」

「アーウィナ様と一緒にいたあの凡庸な男です」

「あいつがっ!? ア、アーウィナ様もかっ?」

「いえ、アーウィナ様はおられませんでした。代わりに別の魔法使いが一緒でしたが」

「そうか……」


 なぜあの男がこっちの世界へ来たのかはわからない。

 しかしこれはチャンスだ。


「別の者にあとをつけさせておりますが、いかがいたしましょうか?」

「うん。あの男を亡き者にして、アーウィナ様を連れ戻せば国王様からお褒めの言葉をいただける。俺の評価も上がることだろう」


 もしかすれば爵位をいただけるかも。


 そう考えた俺は、あの男を始末する方法を考える。


「しかしジェルミ様、私たちが殺してそれを見られたらまずいですよ。一緒に魔法使いもいますし、アーウィナ様に知らされでもしたら……」

「うーん……」


 それもそうだ。

 兵士の自分たちがこっちで殺人を犯すのはまずいし、アーウィナ様に知られるのもまずかった。


「どうしたら……」


 考える俺の頭にひとつの案が思い浮かぶ。


「魔物使いを使うか」

「魔物使いですか?」

「そうだ。魔物使いを使って、魔物に奴を殺させるんだ。そうすれば俺たちが手を下す必要は無いし、魔物にやられたのならアーウィナ様も諦めるだろう」


 我ながら良い案を思いつけたと俺は鼻を鳴らす。


「さっそく魔物使いを雇って連れて来い」

「わかりました」


 俺の命令に返事をして、兵士は兵舎から駆け出して行った。


 ――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 今回も兵士長ジェルミが悪いことを考えていますね。

 アーウィナはいませんが、はたして悪い企てを看破できるのか……。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回は種を求めてドクロの森へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る